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魔法少女と鎧の戦士  作者: 森ノ下幸太郎
第2章 双尾の人魚

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第5話 諦念と忘却に生きる虚無





 霧に包まれた街の中。


 KEEP OUT立ち入り禁止と表記された黄色いテープで封鎖された喫茶店の前で、

 1人の女性が正面に見える水路を眺めている。


 水路を挟んだ向こう側の景色は霧によって遠くに見える建物の輪郭が、

 ぼんやりと黒いシルエットの様にゆらゆらと揺れている。


 その動きと伴って水位の上がった水路の水面もゆらゆらと揺れると、

 女性のふくらはぎの辺りまでザブザブと波を打って灰色の綿のズボンを濡らす。


 冷たい水が足元を浸かっていくと思わず女性は後ろに振り向いて建物を眺めながら呟いた。


「ハヤセさん………どこ行っちゃったんだろう…。」


 南区 喫茶店スタードロップ。


 事件発生から10時間以上経過し、

 水位の上昇が進行した事によって街の路上はすっかりと冠水してしまった。


 女性の眺める喫茶店の扉からは浸水した水が溢れ出し、

 まるで水源から流れる川のように波を打って店の外へと水流が出来ている。


 ザバザバと流れ落ちていく水を見た女性は、

 ザブザブと水を掻き分けるように脚を動かして店の扉まで近づくと、

 そっとテープで封鎖される状態で開いている扉から店内を覗き込んだ。


 浸水した床に浮かび上がった割れた食器の破片や、

 入り口付近まで流れ着いて倒れた椅子。


 異様な光景を見詰める女性は「……これじゃあ、打ち合わせどころじゃないし。」と再び呟いて視線を店の外へと戻すと足元に広がった水を見詰めた。


「………大丈夫かな……本当に…………。」


 行方不明者のハヤセ・ミズキの身を案じる女性アメリア・ミオは、

 街に起こった怪異と知人と一向に連絡の着かない状況に不安を募らせていた。


 俯くアメリアという女性が再び佇んでいると、ふと水路が淀んだように波を打った。


 揺れる水面を見詰める女性は思い詰めた様子で警察官の到着を待っていると、

 今度は押し寄せるように揺れ動く波が女性のふくらはぎから膝の辺りまで浸かっていくとふと顔を上げた。


 すると冠水した水面はまるで満杯になったお椀が揺れて水が零れる様に、

 ちゃぷんちゃぷんと水音を立てて水路の水を左右上下に跳ね上げる。


 不審に荒れる波を見てアメリアは思わず数歩引き下がりながら見詰めていると、

 大きな揺れは激しさを増して次第にザバッ!と大きな水音と飛沫を上げた。


「えっ………!?なに……っ?」


 突如として噴き上がった水飛沫にアメリアは表情を曇らせて思わず両腕で顔を隠す様に警戒する。


 まるで水面に重たい物を空中から落としたかのような噴水が目の前で、

 何の脈絡もなく出来上がると徐々にその弾けるような水の中から人影が現れた。


 ゆらりゆらりと霧の中で揺れるその影は徐々に近づいてくると、

「あぁぁぁ…………ぁ……ぁぁぁ……。」と呻き声を上げてふらつきながら姿を現した。


 それは青く透明な結晶のように美しい鱗を纏った双尾の魚人間だった。


「えっ……!?あっ……、あぁぁぁっ……!」


 不気味な呻き声上げて霧の中から姿を見せた人魚に動揺して声を震わせた女性は、

 目を見開くと畏怖と困惑に陥り思わず数歩引き下がりながら呟いた。


「か、怪人……っ!」





 一方、中央区から南区へと移動したアヤ・アガペーは、

 水上バイクに搭載されたナビゲーション機能を利用して霧の中の水路を進んでいく。


 鉛色の濃霧の中、漸く目的地を示す地点に辿り着くと、

 アヤは視線をナビの画面から見えてきた喫茶店に視線を戻してスロットルレバーを離す。


 店の手前で低速した水上バイクが水の抵抗によって自然と停止していくと、

 ストップスイッチを押してテザーコードのつめを外したその時。


 水上バイクの動きが完全に停止されたと同時に、店前辺りからザバッ!と水が弾ける音が聞こえた。


 思わず視線を送る先は案の定、霧に覆われて何も見えて来ない。


 だが直ぐに「か、怪人……っ!」と女性がどよめく声が聞こえてくると思わずアヤはバイクから飛び降りて冠水した路面をザブザブと水に抵抗するように走って行く。


 駆け付けるアヤが水面を乱暴に弾く様に近付いていくと、

 霧の中で女性は思わずその音に警戒した様に振り向いた。


 薄っすらと姿を見せていく少女は女性を見て、

「中央署の魔法使いです……!アメリア・ミオさんですね?」と呼び掛ける。


 漸く到着した魔法使いの制服姿を見た女性は思わず駆け寄って「そうです……!」と慌てて返事をすると、霧の中を指差しながら言った。


「今そこに!怪人が現れて!」


 怯えた様子の女性が指先を震わせたと伴って、

 2人が向けた視線の先ではゆらり、ふらりと覚束ない足取りで影が近寄って来る。


「ぁぁ……ぁっ………。ぅぁぁ……ぁ……っ。」


 息を詰まらせたような不気味な声にアヤは思わず女性を庇う様に腕を出して身構える。


「下がってください。」


 魔法使いである彼女の指示に頷く女性は距離を取る様に引き下がっていくと、

 アヤはゆっくりと数歩引き下がりながら呻き声を上げながら姿を現した怪人の様子を窺う。


「ぅぅぅぅ……ぁ……。ぁぁ…………ぁ……。」


 ゆっくりと霧の中から美しい鱗で覆われた旗袍の様な装束が煌めいた。


 口の形状のない白い仮面の中から呻き声を上げて、

 ふら付きながら赤い眼光を女性に向けて片手をだらりと前に出す怪人。





 (いつもとは様子がおかしい。襲う訳でもなく……どうして苦しそうに……?)





 引き下がりながら何処か苦しそうに呻く怪人の様子を窺うものの、

 後ろでたじろいだ様子の女性を見るアヤは一先ず避難させる為に声を掛けた。


「水路に水上バイクが停まっています!


 今のうちに乗ってください!」


 女性は戸惑いながらも「は、はい!」と返事をすると霧の中に姿を晦ましていく。


 それを見た怪人は視界から消えていく女性を見て手を伸ばしながら、

「ぁあっ……!ぅぁぁああっ!」と声色を変えて叫んだ。


 しかし怪人は叫びながらも、足をふらつかせて数歩程度にしか進めずに、水音をちゃぷちゃぷと音を立てるだけだった。


 襲い掛かるどころか全く敵意がないのだ。


 挙動不審でありながらも不可解な行動を見せる怪人にアヤは気を取られていた。

 何故ならば魔法使いという警察組織の中で保護及び捕縛する命令があったからだ。


 無論、怪人に敵意がある場合は射殺の対象と見做される。

 つまり彼女の報告次第で魔法使い達は怪人を殺さなくてはならないのである。


 だがしかし、今は民間人を避難させることが最優先でもある。


 その判断を状況次第で早急に下さなくてはならないのだ。


「……何か、言いたいことがあるのではないのですか?」


 戸惑いながらもアヤは覚束ない足取りの怪人に訊ねた。


「とても苦しそうに見えます……。」


 数歩進みながらゆっくりと接近する怪人を見て再び問い掛ける。


「何か訳が、あって――――」


 彼女がそう問い掛けた、その時だった。


「っ……!」


 彼女の頬に何かが掠り、血が流れた。




 (なにっ……!?……何かが、飛んできた!?)





 ほんの僅かに頬を切り裂かれて思わず怪人を見詰めるが、

 先程から目の前でゆっくりと歩み寄るだけで精一杯の様子を見て直ぐに誤解を解く。





 (違う……!この怪人じゃない!)





 思わず3歩引き下がってホルスターに手を掛けるアヤは、

 辺りを警戒する様に見渡すが濃霧に包まれている街の中で遠くを視認することは不可能だった。


 一先ず頭部と首元を守る為にその場でしゃがむと、

 腰のホルスターから宝石のトランシーバーを取り出した。


 すると再び彼女の頭上を目掛けて何かが2つ飛んでくると、

 彼女の揺れた長い髪の先端が僅かばかりに切り裂かれる。


 ふわりと散る細かい髪を見て屈むアヤはそれが音もなく、

 刃物の様な物体を頭上に目掛けて投擲されたことを理解する。


 すぐさま彼女はトランシーバーの側面部にあるスイッチを長押しして、

 ピピッという電子音と伴に「OVER?」と女性の声の様な電子音を鳴らす。


 音声と同時に素早く「バリア。」と短い音声を入力した。


 その声に反応したトランシーバーは女性の機械音声で、

「SUPERIOR BLOCK」と鳴り、青く発光した宝石の装飾部を掲げる。


 側面のスイッチから指が放されると、

 発光する宝石から更に強い光が辺りを照らして、

 アヤの真正面には高さが3メートル程の青い光の壁が出現する。


 眩く発光する光の壁は正方形の青い宝石の様な形状に変化すると、

 光の届かない更に奥の霧の中から3本のナイフが飛んでくる。


 それは再び屈み込んだ状態のアヤの首元に向かって来るが、

 青い光る宝石の壁が彼女を守る盾と成って弾き飛ばす。





 (的確に首を狙われた……!誰かが……!怪人が、もう1人……いるの!?)





 透き通る宝石型の光の壁から転がったナイフを見た。





 (もう、これ以上の詮索はできない!今はアメリアさんを避難させないと……!)





 すぐさま立ち上がるアヤはその場から駆け足で立ち去った。


 宝石の壁の前に立ち尽くす人魚の怪人は「ぁぁっ……。」と呻いて立ち止まると、

 その奥で水上バイクの振動音が鳴った。


 次第にバイクは水を噴き出した推進力でその場から退避していくと、

 光の壁は効力を失ったのか光の粒子を溢して徐々に消滅していく。


「まさか、まだ自意識を保てるとは思ってもいなかったよ。」


 光の壁が消えていくと同時に霧の中からその声が聞こえた。


 人魚の怪人の背後からざっぷざっぷと水を膝で掻き分けながら、

 皮膜の翼に身を包んだ蝙蝠の怪人が姿を現した。


 自分を貶めた蝙蝠怪人が現れても尚、

 相も変わらず人魚は「ぁぁ……。」と呻いて水上バイクが向かった行き先を眺めていた。


 意味のある言葉を発せない人魚を見た蝙蝠怪人は翼の中から腕を出すと、

 林檎の形をした赤い宝石を握り絞めて歩み寄る。


「魔法使い。いや……今のは、例の魔法少女呼ばわりされている奴か。


 あいつに助けて貰おうとでも思ったのか?


 それともさっき騒いでいた女に用でもあったのか?」


 人魚の怪人が見詰める先に視線を向けながら語り掛ける蝙蝠怪人は、鱗を纏った肩を叩いて言う。


「だが、お前達にはいい加減目を覚まして貰わないとなぁ……。


 この世界での殺人ゲームやおままごとよりも、

 俺たち人間にはもっとやらなくてはいけないことがある筈だ。」


 振り向いた人魚は「ぁ……ぁぁ。」と苦しそうに鈍い動作を見せるが、

 蝙蝠怪人は発光する林檎の宝石を見せ付けて構わずに語り続ける。


「疲れただろう?あれから10時間以上経っている。俺も疲れたさ。


 だが、お前にはあと少しだけ怪物になってもらわないと困るんだ。


 あと少しだけ……この街の水位を上げて貰う必要がある。」


 眼前に掲げられた真紅に怪しく光る宝石を見詰める人魚は、

「ぅっ……ぅぅぅぁ、ぁ……。」と白い仮面をカタカタと震わせながら声を上げると、身体の鱗が発光して全身の表面から水流が溢れ出した。


 霧の中で赤い目を発光させる人魚の怪人は先程までの弱っていた様子とは打って変わり、突如として水を得た魚の如く発生した水流を利用して瞬く間に水路へと移動して水の中へと消えていった。


 活発に動き出した人魚の怪人を見送る蝙蝠怪人が手に持った林檎の宝石が点滅を始めると、突如として罅割れて内側から弾ける様に砕け散った。


 それを見た怪人は手のひらに残る赤い宝石の破片を見詰めて、

「……もって半日程度か。」と呟いた。


 次第に破片が光の粒子を溢して消滅すると、

 彼の背後からちゃぷりと水が弾ける音がした。



「………?」


 頭部に蝙蝠の様な大きな耳のある彼が当然聞き逃す筈もなく直ぐに振り返る。


 だが、霧の中とは言えども聞こえてきた音に対してその姿は見えなかった。

 蝙蝠怪人は注意深く警戒するように音の方向を注視して様子を窺う。


 その音はまるで駆け寄って来る様にじゃぶじゃぶと冠水した水面を泡立てながら力づくに押し寄せてくる。


 それ見た蝙蝠怪人は素早く懐からハートの形をした小さな宝石を取り出す。


 そして青く発光させたその宝石を向かって来る水飛沫に投げ付けた。


 向かっていく宝石は途中で何かにコツリと当たって弾け飛ぶ様に宙を舞った途端、宝石は瞬く間に青く眩い光で辺りを照らし出した。


 濃霧を晴らすような眩い光が辺りを包むとその水飛沫は止まり、

「っぅ……な、んだ!?」と声を上げて接近していた何かが姿を現す。


 正体は怪人だった。バケツ頭の西洋甲冑を模した姿をしていた。

 甲冑の怪人は目の前で瞬く光の眩しさに十字印の盾を掲げて遮る。


 それは以前地球で、久遠彼方という少年を殺害した甲冑の姿と酷似していた。


 しかし、右手の人差し指には三角形の中に目玉を模した指輪が嵌っており、


 胸に赤い十字のマークが付いた白い外套と、左腕に西洋の凧の形状をした十字マークの盾を装備している。


 当時よりも整った身なりをしており、かつて地球で国際銀行の原形を作ったと言われる神殿騎士を彷彿とさせる容姿をしていた。


 光が徐々に弱まり、掲げた盾を下す十字の怪人は剣を構えて蝙蝠怪人を襲おうとした。


 だが、目の前には何もいない。喫茶店の前は再び霧に包まれている。


 奇襲を狙おうとしていた十字怪人は思わず辺りを見渡して、

「逃げたのか……?」と呟いて振り返ろうとした次の瞬間――――。


 首筋から血が流れた。その激痛に思わず剣を水の中にポチャリと落とす。


「ぅっ……!」


 急所を引き裂く鋭い痛みに声を上げて背後に視線を向けると、

 彼の背中には既に蝙蝠怪人が首元にナイフの刃を突き立てていた。


 振り向こうと僅かに首が動くと更に血が噴き出して首筋から流れていく。


 やっと状況を理解して動きを止めた十字怪人に蝙蝠怪人は静かに言う。


「誰だ、お前?新入りか……?


 いきなり襲い掛かるとはどういうつもりだ?」


 思わぬ介入に問い掛ける蝙蝠怪人は刃を首に押し当てて血を流させると、

「この世界に来て気でも狂ったか?」と脅しを掛ける。


「気が狂った……?」


 鎖帷子の様な素肌の筋肉質な首筋から鮮血を流す十字怪人は、

 聞き返すかの様にそう呟くと「ふ……!ふはははは!」と噴き出して嘲笑う。


「あんたさぁ……!


 人工地震で津波を引き起こしてこの街を滅茶苦茶にしようとしているんだろ?


 地球の人間を魔法の力で全員殺して!新しい世代の人間を創る為に、……って!

 この世界に来て早々、先輩方からそう聞いたぞ?


 いったい気が狂っているのはどっちなんだ……!?なぁあ!?」


 バケツを逆さにした様な兜の面からせせら笑いながら怒号の様な声が響く。


 それを聞いた蝙蝠怪人は「成る程、今ごろ反対派が出てきたという訳か。」と独りでに納得する。


「なら教えてやる。


 地球の人間にもはや洗脳による意識改革は不可能だ。


 お前達は根本的な部分で勘違いをしている。」

「はぁ……?なにが勘違いだぁ?」


 否定的な見解を持つ相手から誤りを指摘された事で、彼は理解に追い付けずに攻撃的な態度を示した。


「この世界だって洗脳されているから人間が平和な社会を維持しようとしているんだろ?


 今更なに訳分かんねえこと言ってんだよ?頭沸いてんのか?」


 自分が命を奪おうとするほど見下し、存在そのものを否定している相手だ。


 特に蜘蛛怪人の様に他人から傷付けられて育った人間が良い例であるように。

 自分を傷付けるものに対して過剰に反発して心を守ろうとするのは無理もない。


 そんな自分の気持ちを保てない未熟な彼に対して、蝙蝠怪人は構うことなく飄々とした口調で言う。


「そもそも、この世界は50年前の戦争で土地そのものや、

 人口が激減したから全ての人間を洗脳できているに過ぎない。


 生まれながらに優秀な人間達の言い成りになる為に生み出されたロボット人間の失敗作であるお前達に今更何ができる?


 既に人口削減が行われた今の地球ならば次に生まれた世代の人間は洗脳を受けていないのだから、

 残ったお前等だけで次世代の地球人を統制していける……とでも思っているのか?


 仮に今の総人口である5億人未満から1億人にでも減らしてみせたとして。


 お前達のように碌な教育も受けずに自分勝手に生きようとする人間が溢れれば、

 同じ歴史を繰り返すこととなるのは目に見えているだろう?


 お前達は互いにいがみ合い、逃げ隠れしながら呑気に資源の奪い合いでもするのか?」


 彼の言う通り、論理的に考えなくとも自明の理だった。


 かつてこの異世界スフィアは魔法の力で戦争を止めて世界を平和にした。


 だがしかしその魔法の力でさえも、

 多くの国や人々が滅んだ犠牲によって生まれた対価に過ぎない。


 大を捨てて小を救ったのだ。厳密には小だからこそ救えるのだ。


 残された少人数だからこそ人々が団結し、洗脳によって植え付けられた価値観は、

 必然的に次世代への守るべき倫理観や思想として受け継がれる事が出来ただけに過ぎないのである。


「お前達がこの世界で魔法を玩具にして遊んでいるのは結構だが、

 地球には俺達よりも何をしでかすか分からない人間なんてごまんといる。


 そいつらが先に地球やこの異世界の人間を支配するのはもはや時間の問題だ。」


 統一した教育が無くしては人間が人間を支配する。


 人間の心や感情を必要としない思想は不平等な歴史を繰り返すのだ。


 故に世界中に多人数もの人間が蔓延る地球という星では、

 例え世界中に洗脳を掛けたところで次世代にその思想が受け継がれなければ、


 強欲な人間たちは必ず生まれ、同じ歴史の繰り返しとなることは明白である。


「分かるだろう?どこに行ってもお前たちに逃げ場なんて無い。


 今の腐った人間たちを正しい思想と思考を持った人間に置き換えない限り、

 結局は弱肉強食の世界だという訳だ。


 お前たちのように過程ばかりの理想を押し付けて、

 碌な成果も出せない世界はいずれ、力のある奴に乗っ取られて終わるだろうな。


 お前達の創りたい世界は所詮、世界征服ごっこに過ぎないということだ。」


 それは正義と悪の鼬ごっこが不毛であると同じ様に、現状を維持するだけの一時しのぎに過ぎない。


 つまり、どんなに魔法の力で人々を洗脳することが出来ても完璧ではないのだ。


 だからこそ人間には教育や宗教観による統一した価値観と倫理観が必要なのである。


 ただし、それは心や感情を必要とする人間の場合の話である。


「ぷっ……!」


 当然、他人がどんな目に遭おうとも自分さえ良ければいいと思う人間はいる。



「ふははははっ……!はははははっ!!!」


 そんな蝙蝠怪人の胸の内に秘めている人間としての誠意を嘲笑うかのように、

 十字怪人は笑い声を上げた途端――――ナイフが首元から離れていた。


「…っ!?」


 押し当てていた筈の刃がカタカタと力一杯に震えながら、

 宙で見えない力が働いて蝙蝠怪人の手首を押さえ込んでいた。


「世界征服ごっこ…?」


 思わずナイフを持った手に視線を向けると、

 いつの間にか十字怪人の右腕が無くなっていた。


「ああ!そうだよ!それがどうした!?だから俺は!この世界に来る前にぃ!


 地球人同士で殺し合いをさせるように洗脳してきたぁ…!!!」


 しかし、手首を抑え込む様に押し返す見えない力に気が付いた彼は、

 それを見て思わず「…っ、透明になる、魔法か…!」と呟いた。


 その腕は言葉通りいつの間にか剣を落とした方の片腕が透明になっていたのだ。


 すぐさま手首を捻るように回して握り絞める不可視の手を払うが、

 先に動いていた十字怪人は左腕の盾を彼の顔面に叩き付ける。


「ぐぅっ……!」


 視界を覆う程の平たく堅牢な殴打を受けつつその場から引き下がると、

 十字怪人はすかさず不可視の手で水の中に在る剣を拾い上げる。


「願いを叶えてあの国のルールを変えてきたんだよ…。


 自分の為に人殺しをしても良いってルールになぁ…!」


 互いに距離をとる2人は睨みあって身構えると、

 十字怪人の透明な右手に握れた剣は無色透明に同化した。


「強い奴が生き残る弱肉強食の世界?結果だけ求める成果主義の世界……?


 そんなどこの誰だかも分からない人間が勝手に創った意味のないルールに縛られているからぁ!!!」


 気違いの様に高笑いをしていた十字怪人は先程までの態度とは打って変わり、

 興奮気味に激昂して地団駄を踏んだ。


 「だからぁあ!俺達人間はいつまで経っても自由に成れないんじゃねえかぁ!」


 鋼鉄の脚でばしゃりと水面を力強く踏み付けて水飛沫が上がった。


「無駄なんだよ……!


 そんなものの為に使う時間も!人生も!あの世界の全てがぁあ……!!!」


 そして宙に舞った水を雨の様に打たれながら十字怪人は静かに歩み寄る。


 「人間の欲望を満たす為だけに、

 結果さえあれば何をしても許される世界だって言うんだったらな………!」


 ざぶざぶと乱暴に水音を立てて盾を掲げながら透明な剣を構えると、

 蝙蝠怪人はナイフを握りなおして一歩引き下がりながら背筋を伸ばした。


「始めからなぁあ!!!


 人間の心や感情なんて必要のない世界になれば良かったんだよ!!!!」


 矛盾した言動。屈折して狂った思想。心や感情が必要のない世界への望み。


 そして地球で人が人を殺しても良いと洗脳を掛けてきたと言う。


 まるで人間の全てを捨てて駆け出していく彼は、不可視の剣を大きく振るって吠える様に発狂した。







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