第12話 意識の実感
「……っぉ!?」
身構えていた白い怪人を目前に振るった刃を直前で止まっていた。
「……ぇ……っ!?」
受け身の態勢を崩して思わず窺った蜘蛛怪人の身体から黒い煙が立ち昇る。
突如、怪人の腹部には黒く炭化して広がった穴が空いていたのだ。
「ぐふっ……!」
怪人は両手から剣を落として血を吹き出すと後方を引き下がる。
「なっ……何だ!?」
声高に白い怪人がそう呟くと辺りを見渡すと遠くの屋根や、
蜘蛛の巣の編み目から見えた真下から狙撃銃を構える人々が銃口を向けていた。
魔法使いが蜘蛛の巣の周囲を包囲していたのだ。
地上から上空に出来上がった蜘蛛の巣に鉛弾を撃ち込み、固まった糸を一本ずつ溶解することで丁寧に除去していく。
そうして広がった空間から狙撃することで、蜘蛛の巣の網目から光の弾が引火することなく通り抜けた。
そして蜘蛛の怪人は再び急所を貫かれたのだ。
彼らは決して弱くはない。ましてや愚鈍ではない。
今まで彼らは準備していたのだ。
怪人が蜘蛛の巣を拠点化した事を理解し、
地道な調査を重ね、対策を練って有効打のある武器を揃えていたに過ぎない。
真下から構える銃口から光が瞬くと、今度は怪人の胸と腹部の中心を貫いた。
怪人は「がはぁ……!」と口から血を吐いてふらつき始める。
「――――アンロック。」
唐突にその声が聞こえた。
「COLD LIBERATION」
後方から女性の声の様な機械音を鳴る。
その声に振り向いた怪人と白い鎧の右方には白髪の少女。
青い宝石の魔法使いに変身したアヤ・アガペーが銃を構えている様子を窺えた。
向けた銃口からは青い光が蜘蛛怪人へと射し込んでいる。
その後方には前髪を真ん中ではっきりと分けた女性が立っており、
彼女の後ろにはいつの間にかカズラが隠れる様に様子を窺っていた。
「モモカさん。その子をお願いします……!」
視線を逸らすことなく背後の女性へ促す。
「はい!」
頷いたモモカはすぐさま少年カズラを見て言った。
「一緒に行こう!お母さんの病院に!」
病院という単語に「えっ……?」と声を出して戸惑うカズラ。
彼の手を掴んだ彼女はそう呼び掛けた。
「君のお母さん、これからすぐに手術するの!
だから今、君が傍にいなきゃ……お母さん可哀想だよ!」
カズラは戸惑いながらも確りと頷きつつ返事をした。
「……う、うん!行くよ!」
慌てた様子のカズラを連れてモモカはその場を去って行く。
「魔法少女ぉお……!」
口から血を流す怪人は怒りに声を震わせる。
青く瞳を発光する白髪の少女は静かに言った。
「もう……終わりにしましょう…………。」
銃口を揺らして声を震わせる少女。
「このままじゃ……誰も救われない。
貴方の世界も。貴方自身の心も……。
誰かを傷付けることでしか願いが叶わないのなら、誰も幸せになんてなれない……!」
そう言い放ったアヤの青い瞳からは涙が伝って流れた。
カズラという子どもを匿っている間に彼らのやり取りを見ていたからだ。
「お前はひたすら、うるせえぇぇ……なぁあっ!」
撃たれた腹の辺りを両手で抑える怪人は声を絞って怒鳴りつける。
「お前等には同情なんてされたくねぇんだよ……。
いつも誰かから守られているお前等が……!
俺たち地球の人間の何を分かっているってんだぁああっ!!!?」
するとまた不意に飛んできた光が怪人の足を貫くと「あがぁ……!」と悶えて足を崩した。
咄嗟に膝を着く怪人。
蜘蛛の巣の真下や建物の屋上から他の魔法使いによって再び狙撃された。
不安や焦りによる軽率な計画。純粋な世界の平穏に対する願い。
地球の人間達によって居場所をなくした彼は本当に悪人だったのか?
生まれながらの悪など在り得るのか?
それらは否。物事には必ず原因がなくては辻褄が合わない。
立ち膝で「ぜぇぇ……はぁぁ……」と荒い呼吸をしながら顔を上げてアヤを睨む。
「立ち聞きなんかしやがって……。
こんな生温い世界で生きてきた奴らなんかに……。
苦労知らずの連中なんかにぃ……!
俺達の苦労がぁ……、分かってたまるかぁああああっ!!!!」
怒りに任せて立ち上がる怪人が感情的な叫び声を上げたと同時に突如、
怪人の首に下がっているハートの形をした宝石が黒い光を発して辺りを真っ黒い光で照らした。
するとその光に呼応するかのように、
アヤと白い怪人のネックレスにぶら下がった宝石も黒に発光する。
「な、何だ!?」
思わず白い怪人はその光に手を翳す。
「これは……!」
銃を下ろすアヤは咄嗟に声を上げる。
「これを見てはいけません!目を瞑って下さいっ!!!!」
薄っすらと目を開くアヤは白い怪人呼び掛けた。
するとその光はその場から蜘蛛の巣全体に広がる様に暗闇に包み込まれると、
白い鎧と白髪の少女は視界を真っ黒に染めていった。
2人の見ていた情景は歪み、移り込んだ景色に変わっていく。
それは窓のない白い壁だけが周囲を囲う薄暗い無機質な廊下。
「嫌だぁああ……!!!!嫌だぁぁああああっ!!!!」
頭に包帯を巻いた白い患者衣の少年が大声を上げながら走っている光景だった。
「外に出してくれぇえっ!!!!ここから出してくれよぉおおおおっ!!!!」
廊下を走る少年の背後には3人の白衣の男性が追い駆ける中。
「彼は既に失敗作に認定されています!直ちに拘束し!鎮静剤を投与して下さい!」
後方から1人の黒いスーツを着た男性が声を上げて追い駆けている。
「どこから外に出られるんだよぉぉおお!!!!くそぉぉおおおおっ!!!!」
大声で叫び狂い、窓のない長い廊下を駆け回る少年。
その情景を目の前にする白い鎧は、
呆然と立ち尽くして「何だ、これ……?」と呟く。
「これは……あの怪人の記憶の中です。」
白い鎧の横に歩み寄ったアヤは、俯きがちに答えた。
「き……記憶の中?」
呟いた白い鎧に彼女は目の前で少年を追い詰める白衣の男達に指をさした。
「そのまま抑え込んで!頭を!低い体勢に!」
白衣の男の内、2人が少年に飛び掛かっては床に抑え込み、
つかつかと歩み寄る1人は医療用のポーチから注射器を取り出した。
「…………ぅっ!?」
思わず目の前の少年に駆け寄る白い怪人は「や、止めろぉおおっ!!!!」と言ってすぐさま駆け出して手を伸ばした。
しかし、針は白い怪人の手甲が透明になったかの様にすり抜ける。
「……ぁっ…………!?」
当然、針は抑え込まれた少年の肘の内側に刺さった。
「ぅわぁあああ!?」
恐怖に声を上げて、直ぐに男の手首を掴んだ瞬間――――。
「うあああぁあぁあああああっ!!!!」
既に押し込まれたガスケットは筒先まで到達し、見事中身は静脈から血管内に注射される。
頬に涙を流す少年は怯えた身体を震え上がる前に意識は曖昧となり、
全身から力が抜け落ちていくかの様に後ろから上体を静かに倒して手足を無防備に広げて仰向けになった。
「殺してくれぇ…………!殺してぇえ…………!」
徐に目を閉じて掠れた声で往生する包帯頭の少年。
「なん……、で……?」
まるで目の前で立体映像が流れているかの様な光景を見てそう呟いた。
「なんで、こんな……っ!」
静かに首を振る白髪の少女は目を背けながら憂いを帯びた顔をして答える。
「この光景は……目の前で映像が流れている状態なんです。
だから、私達は黙って見ていることしか出来ません。」
呆然と立ち尽くした怪人は眠った様に動かなくなった少年が男達に運ばれていく姿を暫く眺めていた。
その背中は視界が霞んでいく様に遠のいていくと次第に情景が変化していく。
真っ黒い空間の中。
黙って情景が変化していく様子を見詰める白い怪人は、
思わず両手を握り絞めると込み上がる感情に打ち震えていた。
「…………。」
白髪の少女アヤ・アガペーもただ黙って見詰めている。
憂いに満ちた表情でただ目の前で流れる映像の様な光景を眺めることしかできないのだ。
暗い光を放つ黒いハートの宝石だけその静寂を包み込み、その場の情景を支配していた。
真っ黒い情景が包み込んだ景色は一変して、
彼を追い駆けていた黒いスーツの男と患者衣の少年が大人しく椅子に座り、机を挟んで対談している。
「JPN7378140。
不思議なことに。
君は大脳半球接続テストで合格し、片方が人工脳であるにも関わらず。
実に感情的に自己を主張し、非合理的な行動が度々目立った。
機械側の脳に君自身の記憶や個性という意識そのものの移植には成功したというのに…………。
非常に残念だが、我々は君を失敗作だと判断した。」
男性は淡々と話を切り出し、包帯頭の少年は腰の後ろに組んだ手首を手錠で拘束され、
後方に警備服を来た男が2人立っている状況だった。
ダブルフレックスの結束バンドで簡易的に拘束された少年は男性のスーツの襟にあるボタンホールに人の手の平に乗せられた地球を象ったピンバッジをじっと見つめながら黙って話を聞いている。
「君の場合、遺伝子変異による脳細胞の後転的な異常があった訳でもない。よくある問題さ。
適合手術後に自我を持ち続けてしまうのは大抵、感覚的意識が強いからだ。
つまり、君自身が人工ニューロンによる人工意識と共有することを感覚的に拒んでいるからだ。
だから自分の意識を機械の脳に接続していても一つに統合させることが出来ない。
元はと言えば君が望んでマインドアップロードした意識だというのに。
つまり情報社会に適応できないのではなく、現代社会を受け入れるつもりはないということだろう?
これは世界政府への立派な反逆行為だよ。
統一社会に不満があるのなら自分自身の意識を変えたまえ。
それが嫌だというのなら君の脳と記憶情報は半永久的にマインドアップロードした機械に共有されたまま、
統合意識が出現するまで我々の管理下に置かれる。
最も、君はそれが受け入れられないからこの様な事態に陥っているのではないのかね。」
淡々とした口調で語る男性を漸く顔を上げて睨み付けた少年は言い放つ。
「だったら最初から失敗作として保護区域に連れて行ってくれればよかったじゃないか!」
彼の興奮気味な態度に対して、男性は両肘を付いて手を組むとうんざりとした様子を見せる。
「それは出来ない。我々は適合者と失敗作の接触を全面的に禁じている。
収容保護区域にいる失敗作達は適合手術をしたところで自意識を維持し続けてしまうと診断された、生まれながらの出来損ない達だよ。
もしも君が保護区域の人間達と接触し、
共に生活を送るのだとしたら犯罪に利用される可能性は十分に考えられる。
何より、ネット上を介して君達の情報に並列分散処理を実行された場合、
情報社会そのものが破綻し、あらゆるテクノロジーが停止してしまう。
当然、君の意識は今度こそ君自身が制御できるものではなくなってしまう訳だ。
何も自分の意思で選ぶことが出来ないということが不自由であるとは言えない。
その点君は恵まれているのだよ。社会的な立場と地位による自由を自覚したまえ。」
言葉の終始に少年は直ぐに「そんなこと出来るのなら最初からやっているさ!」と言った。
「分かっていても出来ないからこんなに焦っているんじゃないか!
……他に人間として生きていく方法はないんですか!?」
激しい感情の波を抑え込むかの様に弱弱しく訊ねる少年だったが男性は即座に首を振って静かに言った。
「それは無理な話だ。人間として生まれてしまった以上、人は社会に適応するしかない。
現時点で君の脳半球には既にナノデバイスと伴にマイクロワイヤーで脳に接続されている。
つまり、今の君が行動していられるのは脳と機械の脳が独立し合って自分の感覚的意識だけを統合してしまっているからだ。
これが拒絶反応なのならば君の脳活動は止まり、意識を保てずに死んでいる筈だ。
要するに現状は統合出来ないふりをしているだけの防衛本能なのだろう?あくまでも君は人間だからね。
そしてそもそも君達、新人類はブレインマシンインターフェースに適応する為に胚子の段階からゲノム編集で生み出された個体だ。
君達デザイナーベイビーは幼少期から能力向上教育を施した上で遺伝子操作による人工知能との統合が認められている。
本来そこで遺伝子格差など起こらない上に遺伝子的に劣るなど有り得ない。
あるのは個体別の意識から生まれた個性だけだ。
君は自分さえも否定しようというのかね?」
「それでもし、このまま俺の意識が統合しなかったらどうなる!?この身体はどうなるんですか!?」
「その時は君の脳は別に保管されて、身体は別の人間に移譲される。
そうなれば今そこにある君の意識はネットワーク上の虚空の空間の中で独り言を呟くことしか出来ない意識だけの存在になる。
それでも意識が統合されないのならば君の脳梁に埋め込んだ通信装置に何らかの接続障害があったと判断される。
早急に人工の脳に置き換えられることで君がアップロードした意識から新たな意識が出現することだろう。
どちらにしてもゲノム編集で生み出された君達の平均寿命は50年程度だ。
身体を入れ替えることを前提に生み出されているのだから、
必然的にバックアップが欠かせないのは理解できるだろう?人間の肉体には限界がある。」
案の定、彼が思った様な人道的な返事が来ることはなく、見開いた目を向けて口を慌ただしく開閉させる少年。
「…………じゃあ、今まで施設で受けてきた教育は何だったんだよ?
まともに社会に出たこともない子供たちが仮想空間のシミュレーションだけで満足するような子供の社会の中だけで生きてきたんだぞ!?
それが何だ?あんた達の特別な権力で使い物にならなくなったら人間の尊厳なんて無かったことになるのか!?」
「それはそうだ。君は新人類なのだから。我々の力など借りる必要もないんだよ。
他の人には出来て君には出来ないなんてことはない――――にも関わらず、
君は自分だけの意思で社会に対する反感を抱いている。
機械の判断にも頼らずに、自分の感情を優先している。
このまま君を社会に出す訳にはいかないが、再教育をする必要もない。
君自身の意識が今の現状を受け入れることによって、
君の脳梁を通じて二つの意識を一つの意識にしてしまえば良い話なのだから。
君は全てを理解し、全てを受け入れることができる。
分かるかね?あくまでも我々は君自身に自意識が強いことを問題視している訳ではない。
人工脳と君の右脳が接続されていることがされているにも関わらず、
互いの意識が未だに単独で独立してしまっていることが問題なのだよ。
本来であれば君自身の生体の脳と機械の脳で統合された意識が生まれる筈なのだから。
人工意識と人間の意識が統合することで初めて新人類と認められる。
こうして我々が個別に時間を割く手間さえ省けるのだからね。
初めから君自身が受け入れていれば良いだけの話なのだ。」
終始に呆れた様子で吐き捨てた男性に対して少年は「…………何が新人類だよ……!?」と数瞬の沈黙を破る様に捲くし立てる。
「そうやって遺伝子操作で生まれてきた子供たちをずっと騙してきたのか!?
自分の意思が機械に乗っ取られることを教えもしないで!
施設では散々、大人になれば将来何にでもなれるだの!
自分が好きなように何でも自由にできる人間になれるだのと夢だけ見せておいて!
あんた等が作った都合の良い社会の為に洗脳して!
必要最低限のことしか教えないで人間ロボットに仕立て上げたくせに!
俺達が自分の意思で生きることを望むだけで不良品の様に扱うのか!?
これのどこが人間なんだぁああっ!!!?」
言葉の終始に床に叩き付ける様な地団太を踏んだと同時に、
ぽたぽたと机上に涙を零れ落とす少年。
「乗っ取られるわけではない。機械と一つになる。今までの意識が記憶と伴に共有されるだけのことだ。
肉体という入れ物は失ったとしても、君達の魂は永遠なのだよ。
そして騙すも何も、そういった社会の下で生まれてきたのだから当たり前のことだろう?
君一人の為に人間社会が維持されている訳ではないよ。
人体の寿命による限界や何らかの事情や事故によって肉体という意識の入れ物を失った人間は多い。
ならば必要としていない人間が必要としている人々に与えるのは我々の義務だ。
最も、君の様な若く健康な肉体を求めている人は多い。
どれだけ長く生きていられたとしても老化と伴に脳が萎縮してしまえば生き永らえる意味がないだろう?
ならば最後まで社会に貢献するのが人間の務めというものだよ。
君の右脳もいずれは人工脳に置き換わるのだから。」
すると少年は腰を捻り、背中を向けて拘束された手首を見せると
「あんたこれで本当に人間扱いしているつもりなのか!?」と声を震わせて涙ぐむ。
「じゃあなんであんた等だけ人間のままなんだよ!?」
その言葉を聞いた途端。
男性は僅かの間、硬直したかの様に動きを止めると、
何事もなかったかの様に警備服の男性2人に向かって声を掛ける。
「暫くの間、容態の看る必要があります。連れて行ってください。」
すると少年の右後ろに立っていた男性が頷いて少年の手錠を持ち上げながら「立て。」と呼び掛ける。
「嫌だぁあ……!嫌だぁああああ……っ!!!!俺はまだ人間なんだぁあっ!!!!」
対して少年は椅子に座ったまま床を踏み締めて必死に大声を上げてスーツの男性に訴え掛けるかのように騒ぎ立てる。
「放してぇええっ!!!!!放してくれぇえええっ!!!!」
強引に両手で手錠を掴み上げる男性は軽々と少年を立ち上がらせると踵を返してそのまま引き摺られていく。
「…………なんでこうなるんだよぉ……!
俺は……、俺はただ!人間として生きていたかっただけなのに……!」
足で踏ん張りながらも虚しく扉の前まで引っ張られる少年を見向きもせず、
男性はドアノブに手を掛けてそのまま開こうと捻った。
「わあぁああああぁあああああっ!!!!」
すると発狂する少年に反応するかの様に、その様子を少年の左後ろで立ったまま黙って見詰めていただけの男性が唐突に速足で動き出す。
つかつかと迷いのない足取りで少年を引っ張る男性の真横まで急接近すると、彼が握る手の上からハンドカフを強引に掴み取った。
「…………急にどうした?」
手を握り潰される様な勢いに思わず手渡して問う男性を無視し、今度は少年をそのまま背中から押し倒す。
当然、受け身さえ取れない状態の少年は「うわぁっ!?」と声を上げて右肩を床に打ち付ける他ない。
そして今度はあろうことか、何の脈絡もなく彼の制帽を左手で乱暴に奪う。
「……ぅっ!」
表情を変えることもなかった彼が動揺を見せると男性は勢い良く右手でその頭を鷲掴みした。
「な、何をす――――」
いきなり何をするんだ、と言う前に突如彼の頭から放電現象が起きた。
稲光の瞬きと伴に一瞬にして電流が迸り、男性は白目を剥いて立ったまま身体を痙攣させると声もなくその場で倒れ込んだ。
「うわぁあああっ!?」
起き上がろうとしていた少年が余りにも理不尽で不条理極まりない出来事に声を上げざるを得なかった。
その一部始終を眺めていたスーツの男性は椅子から立ち上がりながら目を丸くして言う。
「…………いっ……、いったい何だというのかね!?彼に何をした!?」
今まで黙って見詰めているだけの人形の様な男に及ぶ凶行。
正気の沙汰とは思えない行動であるが、それ以前に地球の様な管理社会で他者に危害を及ぼすこと自体が説明のつかない事柄である。
「有り得ない……!適合者が非合理的な行動を起こすなど……!
いったいどうしてしまったというのだ……!?」
動揺を隠せずにいられない彼は後退りしながらジャケットの内側から何かを取り出そうとするが、
既に正面まで接近していた警備服の男は間髪を入れずに右手で頭を鷲掴みし、再び放電を伴う発光現象が起こる。
「……っ!?」
声を上げる前に視線を上向きにしたまま全身を小刻みに震わせると鼻から僅かに血を流して倒れ込んだ。
「うわっ!?うわあぁああああっ!!!!」
未だ起き上がれずに横たわる少年は次々と倒れていく男達の姿に驚愕した。
その声が上がったと同時に振り向いた男は恐怖に竦み上がった彼に黙って近寄ると背中の後ろにかけられたハンドカフに触れた。
「……うぅぅぅっ!?」
思わず男を突き放すように両手を動かすと、拘束が解けていることに気が付いた。
手首から砂の様にボロボロと崩れ落ちるプラスチックの破片を見詰めて思わず男の顔を見詰める。
「これで自由です。」
そう言って徐に頷いた男の身体は瞬く間に歪んでいた。
まるでその一帯を覆う空間をぐにゃぐにゃに捻じ曲げるかのように変形していく。
変化する男の身体は警備服の男性の姿ではなく、
大きな三角帽子を被った黒いコートの青年に変わっていた。
目の前で起こった非現実的な現象。
「……あ、あんたいったい何なんだ!?」
一瞬とはいえ状況の変化を受け入れざるを得ない少年は思わず目を丸くしながらも青年に問い掛ける。
「私は異星人。貴方がたにとって系外惑星に当たる天体。
惑星スフィアからこの地球という太陽系惑星を観測し、調査していた者です。
先程までの姿はKOR3739という男性の個体だった人物に擬態していました。
地球人の社会情勢に適応する為の人体機能の拡張性が伴っていないことを理解し、
人間個々人の自己意識の有無に関する認識を改める必要があると解釈しました。
貴方は人間として生きていたいと言いました。
これから貴方は何処でどの様に生きていたいのですか?」
一度聞き取っただけでは理解し難い言語を淡々と並べる青年の問い掛けに「いきなり何言っているんだよ……!」と困惑した様子を見せるも即座に答え出す。
「何処でどの様に、って…………もう見れば分かるだろ!?
何処にもないんだよ!生きられる場所も!選ぶ権利も!俺の意思も!自由も!
俺はもう人間として生きてはいけないんだよ!
……本当は知っていたんだよ。
このまま受け入れていたら自分がどうなるのか。だから自分から失敗作として振る舞っていたんだ。」
現状を吐き出した途端に落ち着いた様子で語る少年は床に倒れている男達を眺めながら言った。
「俺もそいつらみたいに殺してくれよ。俺が脳みそだけの存在になってしまう前に。」
静かに頷く青年は「そうですか。貴方にとってあれが最後の抵抗だったのですね。」と言った。
「確かにこのままでは貴方は先程と同じ様に扱われてしまうでしょう。
ですが、貴方が人間であることには違いはありません。
何故なら貴方は人間という一個人としての感情による意思表示が出来ているのですから。
実際に試してみましょう。貴方が人間としての意識があるのか、否かを。」
歩み寄った青年が「……私は貴方の様に人として生きようとする者の味方です。」と話しながら少年の胸元に右手を押し当てる。
彼の一連の行動を見ていた包帯頭の少年はその添えられた手が何を意図するのかを悟って徐に目を閉じる。
「及ばずながら……、出来る限りの対応をさせていただきます。」
発された言葉と同時に少年の瞼の奥で一瞬の光が瞬いた。
目を閉じた暗闇の中で身体が揺らぐ様な感覚が続くと、真っ黒い光景と伴に再び霞んでいく景色が変化を始める。
それはまるで少年の意識が途切れた直前の様子を俯瞰的な映像として見ているかの様に。
人が眠りに落ちていく様な情景が捻じ曲がっていくと、
辺りを包み込んでいた靄の様な光景が元居た現実の風景へと移り変わっていった。
日の光の下に張り巡らされた、蜘蛛の巣の舞台へと。




