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酔っ払い人






 あー、くそ。

 失敗した。なんで俺は酔っ払い人を選んじまったんだ。


 ガヤガヤとうるさい酒場の片隅で、1人酒の杯を傾けながらそんな事を考える。


 選ぶ時、この人生は天国のように思えた。

 酔っ払い人の仕事はほろ酔いか、酔った状態で酒場かギルドにいる事。主人公達が酒場に入って来た時、嗅覚を刺激してここは酒場なんだと感覚で分かるようにする為と、酔っ払いらしく絡んでいく為である。絡んで行くのは一部の人間だけではあるが。

 酒は元々好きだったから、好きなだけ飲んで過ごせるこの人生を見つけた時は喜んで飛びついた。


 ……だがこの人生、全然甘くはなかった。


 第一に、酒を飲むには金がかかる。

 勿論、誰かが出してくれる訳もなく自分で働いて買わなければならない。

 酔っ払い人を選んだ以上酒を飲まなければならない。それには何の問題もなかった。だが、いざ働くとなると酔った状態で仕事なんて出来るはずもない。この職業のベテランと言い張る奴は、酔った状態で冒険者をこなしたりとテキパキ働いてる奴もいるが…。それでもカツカツの生活らしい。俺には無理だ。

 しかも酒なんていうのは馬鹿高い。酔っ払い人の高給取りなんて聞いた事がない。


 第二に、この世界では全ての行動を決められているわけではない。当然のようにアドリブがある。だから主人公達がここへいつ来るかなんて分かる訳がないのだ。しかも、主人公達の行動次第によっては一生ここには現れない可能性だってある。街にある酒場をゲームの如く全て周っていく訳じゃないからだ。

 酔っ払い人を選んでしまった以上、自分で選んだ場所で酒をチビチビ飲みながら待つしかないのである。来るか来ないかも分からない勇者を待つ為に。もし来たとしても、ただの背景となるか、絡むだけの為に。

 酔っ払い人達は、行きつけの店でずっと待ってる事もあるし、色々と店を変える者もいる。


 あー、考えてたらイライラしてきた。残った酒をグイッと一気に煽る。そして、声を張り上げた。


 「オヤジィ!おかわり!!!」

 「追加を頼む前に今までのツケの分、払いやがれぇ!」

 「悪りぃ!やっぱいい!帰るわ!」


 さっさと扉へと向かう途中で、ごつい手で肩を掴まれる。

 そろそろと後ろを見ると、馴染みのこの店の大将がそれはそれはイイ笑顔で俺を見下ろしていた。


 「今日の分の金は?」


 それに対して俺も爽やかな笑顔を浮かべる。


 「ツケといてくれ」






* * *






 参った。なんとか大将に納得してもらい店を出て来たのはいいが、金が無いのは事実だ。

 でも、酔っ払い人である以上、飲んで酔っ払っていなければならない。

 今まではちょっとした仕事の手伝いをして、生活費を削りに削った金で細々とした飲んだくれ生活を送っていたが、それも厳しくなってきた。

 ここは本格的に働かなくてはいけないだろう。俺が働いてる間に主人公達が云々言ってる場合ではないのだ。自分自身の生活がかかっている。


 さて、何をしようか。


 いつも裏路地を通って帰るのだが、曲がり角を曲がろうした時、コソコソと話す声が聞こえた。そっと伺ってみると、どうやら2人組のようだ。

 何となくそのまま隠れ、耳をすます。


 「─は、──だ?」

 「──どこそ大丈夫だ」

 「本当だろうな?」

 「ああ。誰にも漏れてない。周りの奴らは勿論、お上も知らないだろう。初めから、こうすりゃ良かったんだ。俺達はただのモブなんかじゃない。主人公にだってなれるんだって証明してやる!」

 「そうだ!──なら、この計画を知ってるのは俺達の組織とお前だけで間違いないな?」

 「ああ、間違いない。なんせ徹底的に隠しているからな」

 「なら、実行は予定通り勇者がこの街を出る前に」

 「分かった。俺はもう少し勇者達の行動を調べておこう」

 「任せる」

 「次は?」

 「次の満月の夜だ。今度はいつもの橋の下で」

 「了解」


 話は終わったようで、片方の足音がこちらへ近づいて来る。俺は咄嗟に更に奥へと続く小さな裏路地に滑り込んで身を隠した。

 俺の判断はどうやら正しかったようだ。

 さっきまで俺のいた、少し大きめの裏路地を通って男が去って行くのが見えた。


 どうしようもない奴らもいるんだな。初めて見た。


 さて、俺も帰ろうと自分家の方へ足を向けようとして、ふと良い案が頭をよぎり、家に帰るのをやめた。自然と口角が上がる。

 そして、こっそりとさっきの男を追った。




 男を追って辿り着いたのは、裏路地の奥の方にある貧民街だった。

 その一つの家に入って行く男。どうやら見張りはいない。入ってしばらく時間が経つのを待ってから、そろそろとドアに近付き中の気配を探った。

 ──3人…いや、4人か。中の扉付近に誰もいない事と、周りにも人がいない事を確認して素早く中へ入り込んだ。ここらの人間は鍵をかけない。と言うより、鍵がないので入るのは簡単だ。

 気配を消しながら、中にいる4人に見つからずに天井裏へと忍び込む。

 以前、金を稼ぐ為にと冒険者もやっていた事があった。魔物を倒すのは下手くそだったが、こういう気配を消すだとかは得意中の得意だった。なので、これぐらいはお手の物である。


 会話がはっきり聞こえる場所に陣取り、息を潜める。


 「やっとだ。やっと俺達の時代が来る」

 「ああ、ここまで長かった…」

 「実行はいつぐらいになりそうだ?」

 「遅くても半年以内には」

 「そうか…。長かったな……」


 何人かの啜り泣く声が聞こえる。


 「この世界の理不尽を終わらせるんだ!」

 「そうだそうだ!俺達モブだって主人公なんだって事を思い知らせてやる!」

 「よし!なら、これを頭に叩き込め。勇者を襲った時に考えられる様々な対応パターンを考えておいた」


 バサリと大量の紙が机の上に置かれた。


 「……」

 「……」

 「……」


 おいおい。一体何通りあるんだよ。仲間まで無言になってるじゃねーか。


 「あ、あの。これって何パターンあるんです…?」

 「たったの5026パターンだ!さ、覚えてくれ!確実に勇者を倒す為だ!」


 仲間達は黙って紙に手を伸ばし出した。







 暫く潜んで、ある程度の情報は掴んだ。どうやら奴らは勇者を弑する計画を立てている様だ。場所も5箇所のいずれかという事が分かった。多くの場所で、と考えると逃走経路やら何やらで更にパターンが増えるらしく、絞ったらしい。


 これは…不謹慎だが、稼げるかもしれない。

 この情報を治安の偉い人に売ってみよう。






 幸い衛兵の偉いさんが飲みに来る店を知っていた。

 今日来てるかは分からないが、行ってみる事にする。いつもこの時間帯は、店で飲んだくれているだけだ。その場所がちょこっと変わるだけで何の問題もない。


 その店に入り、三杯目の酒を注文したところで目当ての男が入って来た。

 もう今日は来ないかもしれないと思っていた所だったので、運が良かった。


 酒の入ったグラスを持って席を立ち、その男の所へ行く。


 「一緒に良いかい?」

 「…ああ」


 男は一瞬疑わしげな顔をしたが、頷いた。同じ席についた俺は早速本題に入る。世間話から入って仲良くなっていくのも良いが、時間は無駄にはしていられない。


 「なぁ、あんた。面白い情報、いらねぇか?」

 「情報?何のだ」

 「あんた達にとって有益な情報…と言った所かな?」

 「……もっと具体的に」


 本当の事を言うと、ここからは有料にしたかったんだが、俺はこの男の顔は見たことがあるが、相手からしてみれば全くの初対面のはずだ。お互い話をした事もない。

 だが、もしこれが上手くいけば、伝手が出来る事になり、これからも上手く付き合っていけるかもしれない。


 「仕方ないか…。──実は、一般人が勇者を殺そうとしている情報を手に入れた」

 「ほぅ…。だが、ある意味よくある事だ。それに勇者がそう簡単にはやられまい」

 「いいや、そういう“役”じゃない奴らが、だ。計画も恐ろしいくらいにしっかり練ってやがる」

 「…ふむ。それは詳しく聞いておきたい話だな」


 そう言われた所で俺はニヤリと笑い、手を差し出した。

 男は無言で手を見た後、小さく溜め息を吐き、銀貨を数枚乗せてくれた。少ない気はするが、初めだしこんなものか。これで数日は余裕で乗り切れるだろう。


 「実はだな──」


 俺が全てチクった後、数週間後には無事に奴らが全員捕まったようだ。

 数週間もかかった理由は、事実の裏付けやらと色々あったらしい。

 あれからちょくちょく男と会い、教えてもらった。伝手も出来たし飲み友達としても付き合って貰えるので、俺としては大満足の結果である。






 情報屋。俺に合ってて良いかもしれない。

 今回の事がきっかけで、そう思って始めた裏の情報屋だったが、これが思った以上に当たった。

 自分の思う時間に動けば良いし、思った以上に稼げる。

 ほとんどの人が生まれる前の出来事を知ってるからと言って、生まれてからの行動まで把握するのは至極困難なのだ。何故なら、自分の役割以外は好き好きに動いているのだから。だから、貴族や上級階級に生まれた人たちは俺達平民を纏める為、ある程度の情報を把握しようとしている。

 その方達相手に商売してると知らぬ間にガッポガッポ溜まっていく。ま、お偉いさん方と直接取引する事はなく、仲介人として使用人を立ててくる事が多いのだが。


 俺としてはツケも払う事が出来たし、飲んだくれ生活を遠慮なく出来るので良い事づくしだ。


 ただ、数ヶ月して勇者達が、酔っ払い人としてただの背景になるはずだった俺に、情報屋として接触して来ることになるだなんて誰が想像しただろうか…。








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