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通行人A






 私がこの世界で選んだ人生。それは通行人A。


 BでもCでもない。栄誉あるAなのだ。通行人に栄誉があるのかどうかは知らないけど。


 ここに生まれるまで長かった。何百人と列が出来てる所を並んでやっとの事で生まれる事が出来たのだ。

 しかも、今回私は運が良い。

 なんと!勇者を2代見る事が出来、両方の勇者の側を通行人として通る事が出来る役割をもらったのだ!

 なんでそれが分かるのか。それは私がもらったシナリオに書いてあったから。

 とは言っても、いつ2人目の勇者の側を通る事が出来るのかまでは分からない。近々魔王討伐に出る勇者が殺されてしまうのかもしれないし、魔王が倒され、新たな魔王が出現してから勇者が生まれるのかもしれない。そうなると私はおばあちゃんになってるだろう。


 でも、今はそんな事はいい。


 ふふふ、顔がニヤける。だけどしっかりしないと。キュッと緩みきった表情と気持ちを引き締める。

 だって今から、通行人としての初仕事をするんだもの!つまり、今から勇者の横を通って来るの!


 商店街に入る前にサッと手櫛で髪を整え直し、服だって軽く払っておく。


 その仕草に気付いた近くにいたおじいちゃんがニコニコしながら話しかけてきた。


 「お嬢ちゃん、今日は勝負の日かい?」


 “勝負の日”とは、この世界で勇者、魔王、又は主要人物達と一緒に話したり、画面に映り込むような事を言う。


 「そうなの。今から通行人として勇者の横を通って来るのよ」

 「そうかいそうかい。気を張る必要なんてどこにもない。頑張ってきなよ」

 「ありがと!──おじいちゃんは今回・・勝負の日はあったの?」

 「ああ、あったよ。ウチの店に勇者が来て、あまりのボロさに買わないで出て行く剣の店っていう大役さ。いやー、あの時の勇者の顔は良かったよ。ボロボロに作った甲斐があったってもんさ」

 「そうなんだ!」

 「ほら、そろそろ行きなさい。もう勇者が来るだろう?」


 ちらほらと動物達が増えてきている。おじいちゃんの言う通り、勇者がもうすぐここを通るのだろう。


 「ほんとだ!おじいちゃん、ありがとう!行って来るね!」

 「楽しんでな」

 「はーい!」


 おじいちゃんに手を振ってから私は深呼吸し、大通りにある商店街の方へと歩き出した。


 あ、いた!勇者だ!


 周りの人達はさり気なく私に道を譲ってくれる。私が通行人だという事を知っているのだ。だって勇者抜きで、みんな一丸となって沢山リハーサルしたもんね!


 勇者は珍しげに変な形をした果物について質問している。

 それは果物屋のおじさんが、昔からこの時の為にって魔法を使ったり、品種改良なんて生易しい言葉では済まないくらいに改造して出来た果物だよ。“それ”が出来るのを見ていた私達は食べたいとは一切思えなかった。


 おじさんが説明し、勇者が興味深そうに聞いている背後を唯の通行人としてスッと通過する。

 心臓がバクバクと激しい音を立てる。

 無表情、無表情。ん?ちょっと笑ってた方が良いのかな?

 もう、大丈夫かな?と思った所で早足になり、角を曲がった。


 「「「お疲れ〜っ!!!」」」

 「ぅわっ!みんなっ、来てくれたんだ!」

 

 曲がった所で仲の良い友達3人が笑顔で出迎えてくれた。


 「当ったり前じゃーん?だって今日は勝負の日!」

 「応援するのは当然、だね」

 「ねぇねぇねぇねぇ、どうだったの?今回も私、勝負の日が無いの選んじゃって…今後の参考に是非聞きたい!」

 「参考って言っても…ただ通り過ぎただけだよ?」

 「緊張した?」

 「もう、ドッキドキだったよ!やっぱスポットが当たってる所は空気感が全然違うね!」


 ちなみにスポットとは動物達が注目している場所の事である。つまり、主に主人公達がいる場所の事なのだ。


 「あーあ、私も次は通行人になろうかなぁー」

 「君は清掃屋、だっけ?大変そう」


 1人の友人の言葉に、もう1人の友人は笑顔で首を振る。


 「そんな事無いよ〜。清掃さえしっかりやれば食べ放題の眠り放題なんだから!でも勇者とか主要人物も捨て難いなぁー…」


 考え込んでしまった友人をパンパンと手を叩き、現実に引き戻したのは最初に声を掛けてくれた友人だった。


 「さぁさ!そろそろ仕事に戻らないとやばいんじゃない?」

 「うげ。私やばい、かも。行ってくる」

 「わざわざありがとうね!」

 「大丈夫。じゃ、また」


 1人の友人を見送り、残った2人を見る。


 「2人はいいの?」

 「今日の営業は終了しました!なんちって!」

 「清掃屋は終わりなんてほぼないんじゃない?」

 「今日勇者が周る場所は徹底的にやったから大丈夫!」

 「ふーん。ま、私は特にないけど帰るわ。あんたも疲れてるでしょ」

 「ただ歩いただけだけどね」


 苦笑する私を「いいからいいから」と笑って背を押してくる。


 「歩いただけでも精神的に来るときは来るんだよ!だからまた明日でも会お!」

 「もう、分かったよ」

 「じゃあね!気をつけて!」






 みんなと別れて自宅に帰り、ベッドに飛び込んだ。全身を受け止めてくれるふかふかのベッドではないけれど、なんだか落ち着く。


 あっという間と言うか、ほんとに一瞬の出来事だったけど私の今日の任務は完了!


 でも通行人Aの仕事はこれだけじゃない。アドリブだってあるのだ。大体のシナリオは決まってるけれど、そのほとんどが勇者や主要人物達の動きで変わってくる。

 髪色や髪型、服装を変えて定期的に勇者達の側を通らないといけない。

 ある意味勇者達の追っかけである。

 でもそんな事は関係ない。私の大事な役割なのだから。


 この1年で、勇者はここを発つだろう。必然的に私もこの街を出る事になる。友人達と離れるのは寂しいけれど、新しい街へ行く事にワクワクしている自分がいるのも確かだ。


 新しい土地へ行く前にも、後何回かは勇者の側を通らなくてはいけない。脇役の通行人だって、案外忙しいのだ。

 今のうちに変装の準備もしとかなくては!





 さぁ、次も頑張るぞ!









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