2
頭が痛い。二日酔いなんてなったことはないけれど、きっとこんな感じなのだろう。ズキズキする。頭痛で起こされ、気分が悪い。眉間にしわを寄せてしまう。水を飲もうと目を開けると、見知らぬ天井が私を見下げている。
…どこだろう。急に心臓がバクバク言って、冷や汗が出てきた。怖くて天井から目が離せない。自分の少し荒くなった呼吸音が、妙に響いていた。どう見ても、病院の天井ではない。病院の天井は白っぽい場所が多いように思っていたけれど、もしかしたらここみたいに黒いところもあるのかもしれない。その期待は部屋を見るとすぐに違うとわかってしまった。
部屋は一見普通の部屋…ではなかった。黒い天井に赤い絨毯、壁紙はなんと言っていいかわからない柄ものだ。広い部屋で、猫足のソファなんかが置いてある。…問題は、窓とドアだった。窓の向こうは青い空が見えている。私と空の間には、窓のガラスと、鉄格子。ドアと私の間にも、鉄格子。罪人を捕らえておく監獄に付いているような、頑丈な鉄格子だ。ヒュッ…と息がつまる音がした。私は、囚われている。
なんで、どうして、なにかしたっけ?と頭の中で思考が渦巻く。私の知っていることは、暑い夏の日、横断歩道の手前で立ち止まって太陽をみて、……ドラゴンを、見たこと。光で色までは見えなかったのは確かだが、ドラゴンの影のように見えた。鳥と見間違えた?ドラゴンなんて、伝説の生き物だし、その可能性は大いにある。ああでも、それよりも、この状況はなに?ドラゴンを見て、そのあと私はどうなったんだっけ?…わからない、思い出せない。
しばらく考えてもなにもわからなかった。頭痛と荒れていた呼吸も少しはマシになった。でも心臓はずっと嫌な音を立てたままで、体温も下がっている気がする。
私はベッドに寝かされていて、すぐ隣にベッドランプをおく小さな机が置いてあった。その机の上にはメモとベルが置かれてある。メモには…読めない文字が書かれている。短文で書かれているが、私にはなんて書いてあるかさっぱりわからなかった。英語はもちろん多少は読めるし、中国語と韓国語も大学で習ったから読める。そのどれでもない言葉を見て、少し吐き気がした。…もしかしたら、ここは、私の知らない言語を扱う国なのかもしれない。言葉が通じない状況で囚われている私は、どうしたら私は悪いことはしてないと伝えることができるのだろう。
ここは、怖い。このベルはきっと起きたら鳴らせということなのだろうけど、鳴らせない。鳴らしてしまったら最後、処刑台に立たされるかもしれない。怖い。私はどうして閉じ込められているのだろう。私は、なにも、していない。喉も渇いたし、お腹も空いた。それでも、ベルを鳴らして私が起きたことを知らせることはできなかった。もしかしたら、扉の前には人がいるかもしれない。物音を立てたら起きたと感づかれてしまう。部屋の中を歩く勇気も私にはない。
気がつくと外は橙色に染まっており、私が起きてから数時間はたっていることがわかった。その間、ずっとベッドに腰掛けて思考を巡らせていた。それでも、まだベルを鳴らす勇気はない。
――コツコツと、音がする…。この部屋に、近づく2つの足音。近くたび心臓がうるさくなって、息も荒くなる。怖い。怖くて、私は布団の中に潜った。頭も隠して、おばけを怖がる子供のように布団にくるまった。
『ーーーーーーー?』
『ーーーーー』
『ーーー。ーーーーーーーーーー』
小さく、何かを話している声が聞こえた。息を止めて、早くいなくなってくれと願った。
その時間は今までの人生で一番長い時間だった。話終わると1つの足音は遠ざかっていった。でも…もう1つは…トントン、と扉を叩いた。