サイド 朝倉康平 1
AM10:30 日野警察署管内・捜査一課。
「はぁーやってらんねぇー・・・」
デスクに向かいながら、朝倉康平は不満を盛大に吐き出した。
つい数か月前、とある事件解決の功績から生活安全課から念願の捜査一課に配属された彼だが、
現在任されているのは書類整理―つまるところ雑務である。
刑事である彼が雑務をさせられているのは、新人であるところも大きいが―
一番の理由はずばりヒマだからである。
東京・日野市。
水と緑に恵まれたこの町は、治安の良さで知られている。
それを維持することが警察署内の日々の務めであり、誇りでもあるのだが、
だからこそ、華の一課であってヒマな部署なのがここなのである。
もっとも、朝倉が雑務をさせられているのは彼への評価に起因している。
事件解決の功績により花形へ異動。
これだけ聞けば、たいそうな大型新人と思えるが実のところ、
偶々事件解決時に現場にいただけであり、さらに言えば彼自身の力ではない。
それ故、周囲からの評判はつまるところ
手柄が転がってきたラッキー野郎なのである。
(いや確かにラッキーだったけどさー?それとこれとはべつっしょ!?)
自覚はある。大いにあるが、それとこれとは別である。
そう不満を上げても、実績を上げられていない現状、目の前にある書類に挑むしかない。
「あぁ・・やってらんねぇー・・いや雑務を馬鹿にしてるわけじゃないですけどねー?もっと・・こう・・あぁ・・やってらんねぇー・・・」
ダランと椅子にもたれながら再度不満を漏らす。一応声は小さく、そして幸か不幸か書類の山で見えないだろう。
そう高をくくっていたのだが、その認識は甘かったらしい。
「ほう・・随分とヒマそうであるな?朝倉巡査部長?」
「うひゃぁー!?」
突然背後から聞こえてきた声に思わず間抜けな声がでる。
声をかけてきたのは、大柄で坊主頭に鋭い目つきが特徴な署内の名物課長・熊沢一課長。
誰が呼んだか通称・クマ長である。
(クマ長とか言ってもぜんっぜん怖さ緩和されてないけどねー?っていうかむしろ倍増しだから!)
初対面時からずっと拭えずにいる印象を思いながら、立ち上がり姿勢を正す。
「か・・課長?あービビッ・・いえ驚きました!何か御用でありましょうか!?」
その様子に目を細めるとクマ長は穏やかに続ける。
「いやいや、若く優秀な君には書類仕事では物足りんようであるからして・・丁度いい。君に来客である。」
「はっ!全然物足りなくはないこともな・・えー・・来客・・?」
「そうである。やってらんねぇー仕事の最中であるが、対応願えるか?」
「は・・はっ!!全然全くやってらんなくない仕事の最中でしたが、対応してまいります!!」
皮肉られた上に直々に言われ、朝倉は背中に嫌な汗をかきながら足早に駆けていった。