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出張パティシエの冒険譚  作者: 焼き鳥
2/4

少女

 1人の青年が鬱蒼と茂る森の中で、木槌を振るっていた。その心地よい音は最初は大きく力強く響き、やがては連続で、それでいて小さくなって木霊していく。


「よし……」


 青年は木槌を振るうのを止めると手の甲で額を伝う汗を拭った。

 ユクリナと呼ばれる大木の樹液には火傷を止める効果があり、一般的な商店に毎日並ぶロングセラーの家庭薬である。

 しかし、ユクリナの木が生えているのはダンジョンと呼ばれる魔物が蔓延る階層洞窟だけで、そこには冒険者と呼ばれる者たちしか立ち入ることは許されない。加えて上質なユクリナの樹液を採取するためには木槌とノミで丁寧に幹を削る必要があり、魔物にいつ襲われるかわからないダンジョンで作業するのはとても精神が疲弊する行為なのだ。


 とはいえ、それは冒険者ルーキーの話。中級冒険者である青年にとって、こんな仕事は朝飯前だ。

 汗が伝うほどの緊張の理由は樹液採取を依頼した依頼主がとても厳しい人であり、上質な樹液しか受け取らない人なのだ。


 ガラス瓶にたっぷりと樹液を採取すると、バックパックに慎重にしまい入れ、青年は歩き出す。チラリと腕時計を除けば、既にダンジョンの外は日が落ちている時間である。空腹を告げるお腹を撫でながら、青年ーーシオンは歩きを早めた。


「ん……っ」

 しかし、その歩みは右側から聞こえた吐息により止まる。反射的に左腰の剣に手を伸ばし、シオンは吐息の主を捉えようと目を凝らした。


「あ……? なんだ、この子」


 そこには齢10歳ほどの少女が草むらに寝転んでいた。剣をいつでも抜けるように手をかけながら、シオンはゆっくりと少女の元へと近づいていく。

「怪我は、無いな。 おい、大丈夫か?」

 衣服や肌に傷や血の跡がついていないのを確認してから、優しく少女の頬を叩く。しかし、小さな呻き声を上げるだけで起きる気配はなさそうである。

「仕方ない……。 街まで連れてくか」

 シオンは懐から紙とペンを取り出し、『10歳ほどの少女を保護。特徴は金髪、迷彩服。心当たりのある方はノルジカウンターまで』と記入し、ナイフで近くの木の幹に留めた。

 ダンジョン内で子どもが迷子になることは、決して珍しいことでは無い。冒険者以外は立ち入ることが許されないダンジョンも、5年以上の活動実績がある冒険者が2人同行している場合は、3階層までは一般の人でもダンジョンに入ることができるのだ。なので冒険者の資格が取れる18歳までに、将来子どもを有名冒険者に仕立て上げるために早いうちから経験させる親もいるのである。そして、好奇心旺盛な子どもが迷子になるという事態が起こってしまうのだ。そのため、もし迷子の子どもを見つけたら、どこで保護しているかや保護した子どもの情報を記載して残しておくのが冒険者達には義務付けられている。


「しっかしまあ、親もしっかり見てろよなぁ。いくら将来のためとはいえ、何かあったらどうすんだよ」

 シオンは少女をお姫様抱っこで抱えながらポツリと呟く。その呟きは森の静寂と、少女の寝息に掻き消されていった。


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