初ダンジョン探索
「やっぱりついてくるんだね」
「未成年だから保護者が必要でしょう?」
聞くだけ無駄な気もしたが大事な初ダンジョン攻略である、はじめてのドキドキと感動が薄れる気がしたルーク。そして本人よりも楽しみにしている感じが隠しきれていない母。
母はダンジョンの石版を念入りに直接指で触り確認していた。あまりに風化していて削り取られている為に星の数があっているのか調べている。
稀にある《引っ越し》してきたダンジョンであろうというのが見解だ。ダンジョンは長期間探索されないと《転移》してくるという事例が報告されている。
「星の位置が《一つ星》じゃないと思ったらこれ《二つ星》ね。母さんもついてきて正解だったわー。もう絶対そうに決まってる」
「じー」
「邪魔しないから母さんも連れていってください」
「約束してね」
正直、14歳の初ダンジョンが《二つ星》というのは正気の沙汰ではないのだが2人の基準がいびつなので気にも留めていない。
ルークは村の元冒険者(老人ズ)と母の話から《四つ星》くらいから危ないという認識があった。冒険者ギルドも《四つ星》からパーティーを推奨し、老人ズも《四つ星》から探索者の仕事としてとらえていた。
いっぽう母は単独で《四つ星》を攻略した実績があるので《二つ星》なら子供の腕試しにはちょうどいいくらいの思考だった。
「母さんは後ろで見守り隊してます」
「ほんと頼むよー…では人生初ダンジョン入ります!」
「がんばれールーク!」
小さい拍手に後押しされて微妙な雰囲気でルークの探索がはじまった。
ふっと【純粋なる光球】を三つ浮かべると、暗黒の世界にゆっくりと送り込む。照らされていく階段とその闇の入口。
【純粋なる光球】はそのプログラムによって即座に【たたきつける光球】に変化する。そのために自分の領域を確保する意味をふくめて常に現出させていく。
光が充足したので階段のひとつ、小さいけど旅のはじまりを噛みしめて大切な一歩を踏み出せ…
「うるさーい!!なんでサラさんとエンさん出してるのー!!」
振り返ると《炎の精霊サラさん》《光の精霊エンさん》コンビが母と世間話に興じているではないか。後頭部から「とうとう男になる時がやって来たな」とか「ルゥちゃんカッコイー」とか騒がしい。
「息子が男になるのを二人にも見届けてもらおうと思って」
頬をに手をあてながら困り顔をされても、こっちの気分が台無しだよとうなだれるルーク。
【精霊】は光の粒子や妖精だろうが、獣型や人型であっても【精霊】。どれだけ精霊の元素粒子を集めれるかでその力や形状や知性が決まる。
【精霊召喚】のレベル8である母が召喚を行使するともれなく《人型》になり、立体映像のように赤に発光するサラさんと黄みがかって発光するエンさん。
ストレートのジト目の女性がサラさん。母のイメージでサラマンダーが火ぽいからという理由で名付けられた。ツンデレオッサンの具現体といえば全部が説明できる。
ふわっふわの頭の悪そうな軽い女性がエンさん。エンジェルっぽいからという理由でこの名前。これでも博識でもうすこしで天使級の精霊と自称している。
「入る時だけでも単独攻略の雰囲気が欲しいので、せめて光体でお願いします」
文句ありそうな顔つきで、ぴゅっと赤と黄のピンポン玉くらいの大きさの発光体になる。気を使って光量をだいぶおさえてくれているのがわかる。
「…っとにもう」
愚痴を吐きながらゆっくりと闇へ誘う階段に足を踏み入れる。長い間、未踏の石段には細かい砂粒がたまり踏みつけるとジャリという震動が伝わる。ゆっくりと足を踏み下ろしても乾燥した枯葉が音をたてるのを止められない。
ダンジョンに降りたつ前に光球をさらに展開させる。これで計6つ。
3m角の一本道が深淵へとルークを静かな不安に陥れる。
すぐに歩きはじめることはしない。皮革のポーチから《折りたたんだA4用紙ほどの羊皮紙と小さい鉛筆》をとりだした。地図を作成・製図する地図職人がいないので自分でやらなければならない。
光球のひとつを歩くほどの速度で前方に撃ちだす。
闇の中でひとつの光源がコントラストを生み出す。
!
一番奥まで30mといったところだ、光球を分かれ道で待機させる。その途中に間違いなく光球に驚いている緑の生命体を確認したルーク。
新しい光球をひとつ追加すると魔法にプログラムを施さなくても発動できるようになった【たたきつける光球】へと変化させる。
ビュッと闇と空を切り裂き、弧を描きながらゴブリンと呼ばれる緑の生命体へ攻撃をしかける。断末魔をあげる間もなく彼がそれを認識した瞬間に爆散した。予測以上の過剰攻撃力に本人がびくりと驚いてしまった。
「…っん」
こなれた感じで倒したが《人生で初めて魔物を倒した瞬間》だったため身体はカチコチで息をするのも忘れていた。戦士などはこれをその身ひとつで行うことに対して『戦士にはなれないな』と思わせていた。グッと拳を握りしめ勝利を噛みしめた。
―ピロリロリン♪レベルが上がりました!
胸元の冒険者カードが音声を発しレベルが上がったことを知らせてくれる。すこし震動して胸骨あたりがこそばゆかった。
パチパチパチパチと母と精霊たちが小さい拍手を送ってくれた。さっきまで静かにしてと文句をついていたが、これは素直に嬉しいルーク。冒険者カードを確認するとレベルが1から2へとあがっていた。ランクはまだ最低のJ。母さんのランクはいくつなのだろうかと率直な疑問が浮かぶがそれはあとにしよう。
ゴブリンだったモノが黒い霧となり消えていく。そこに残された小石ほどの魔石をつまみあげポーチへとしまう。外界の生態系と違い、ここの全てはダンジョンの魔力によって創造され死ねば還る。探索者はそのままそこに残り続けるため《飲み込まれることは稀》である。
ダンジョン攻略は時間との勝負といっても過言ではない。松明や光源を維持する魔力、探索者の身体を維持する食糧、回復を促すポーション、純然たる閉塞感による疲労。
《一つ星》のダンジョンですら地階10層まであるのだ。わずかな時間を無駄にしたくないルークはT字路まで無言で歩く。
そこで立ち止まり地図を描きこむ。基本は線で描かれ、路上の部屋は○、行き止まりは×といった具合に簡素にかき分ける。その他にも罠や得意な環境やギミックなどを事細かに記載する。豆知識として地階1階は歴史上、罠がないのが常識である。
地図を一旦しまうと今度は《石灰棒》で石造りの床に目印を書き込む。来た道から進む道の内側に《矢印》のマーク。探索者や魔物が何回もとおると薄れてしまうかもしれないが大いに役立つ。
左の道を選んだ、意味はない。母たちはルークの後ろにいるが更に後方にいくつかの光球を待機&追尾させておく。
すぐに右折することになった。曲がり角を警戒しないで曲がっていく。
ルークには偵察を行わなくとも先々の光景が見えていた。
【純粋なる光球】×【反射&投影P】=【遠くを映す鏡】
ルークの眼球に小さい六角形の映像が数個映し出されている。複眼のような六角窓には前方や後方、また光球の周辺映像。もちろん母の周囲も映されている。
開けた部屋があった。天井も高そうと判断したルークは光球を天井に散らせた。
急に明るくなった部屋の真ん中にゴブリンが3体。驚き立ちあがる…前に【たたきつける光球】を3発発射…到達前にゴブリンの弓矢が放たれた!
躱せないと悟った。当たり所によっては致命傷どころか即死。
最後尾の【たたきつける光球】に命令を与えた。
【純粋なる光球】×【形状変化P】=【純粋なる光壁】
ゴブリン達とルークを隔絶する一枚の壁と変化した。弓矢は折れずにあまりのエネルギー量に接触部から呑みこまれるように消滅した。気づくと2発の【たたきつける光球】でゴブリンは飛び散る赤い液体となっていた。
―ピロリロリン♪レベルが上がりました!
空間に響き渡る電子音。
頭は冷静な判断でゴブリンを倒している、つもりだった。足がガクガクして小鹿のようになっていた。拳で太ももに喝をいれようにも指が硬直してしまってる。おまけに悲しくもないのに涙があふれていた。距離もあったがやはり命のやりとりだったのだ。
「休憩しようかルーク」
背中をさすってくれる母。その部屋の隅で静かに声を殺して男泣きした。みっともない自分、探索だとはしゃいでいた自分、大泣きすると探索を止められそうだったから顎の筋肉がふるえるくらい歯を噛みしめて立ち上がった。母は終始無言でいてくれた、ありがとう。
さらに続いていた奥の部屋は行き止まりで特にこれといったものはなかった。
引き返して初めの道のT字路を右へと進んだ。
ぬるんぬるんぬるんと移動している青い半透明の物体と出くわした。今さら感のスライムである。猫くらいの大きさの体はダンジョンに迷い込んだ芋虫と蛾と気泡が入り混じって正直気持ち悪い。真ん中にある《核》を破壊するか活動できないくらいゼリーの全体量を減らせば勝ち。
シャリィンと金属音を響かせショートソードを抜きとる。
魔法で倒しても気にするほどの魔力消費はなかったが、冒険者として剣を使ってみたいという気持ちはあった。もっとも短刀を殺意をもって振り回すゴブリン相手だと万が一が怖くてスライムを待っていたというのもある。
スライムがぶるぶるっ震えた。攻撃してくる前の予備動作である。
(飛び出したら叩き斬ってやる)
―ドンッ!!
跳躍してきた青い塊はルークの想像より俊敏だった。下っ腹に重い一撃がはいりクラッとしたが、体勢を整えてもう一度構えなおす。大人だったら耐えれる衝撃もルークにはぐらつく威力になった。
再度ぶるぶると揺れている。
跳躍するスライム。
ばちゃんっ!…と叩かれたスライムが弾けて汚れた飛沫が顔にかかった。袖でぬぐい口には入らなかったものの気分的につばを吐いた。
今回はレベルアップしなかったみたいだ。
剣にまとわりついたスライムは黒く霧散したが、消化物は消え去らないので剣をびゅっと振り、汚物を払うと納刀した。魔石を忘れそうになり回収する。
今度は十字路だ。地図を書き石灰棒で道筋を目印。
迷うことなく左へ進む。左壁沿いに意識的に歩いていく。地下一階ならば壁づたいの探索も有効だが、広い階層では時間がかかりすぎるなと思ったルーク。
空き部屋があり、その先はまたT字路になっている。迷わず左へ進む。
すると6畳ほどの小部屋にたどり着いた。真ん中の石畳が10cmくらい高くなっておりその中央に簡素な木製の小箱がそっと鎮座していた。ほこりを軽くはらうと鍵は無いことを確認して開けた。
ダンジョン内には《宝箱》が存在する。
中には盗賊が隠し場所としてダンジョンを用いることもあるが、それではなくダンジョンが魔力によって生成したご褒美である。まあ罠やミミックなどの魔獣という例も多々あるが、一階なので不用心にあけてしまったルーク。この《宝箱》もダンジョンの不可思議なところであり、人々を惹きつけてやまない理由である。
中身は木片…?
「母さん、これなんだろう?」
「香木よ、削って燻せばいい香りがするし、売れば銀貨くらいにはなるわ。それとルーク、厳しいようだけど母さんを頼っていいのは今日かぎりだからね。厳しいようだけど、自分で考えられない探索者は消えていくわ」
「うん、わかってるよ。だけど、『今日は』いいんだよね」
減らず口をたたけるようになったルークに安心する母。その脇を通り、T字路の反対側を調べにいく。地図には部屋を表す○印、その中に《宝箱》を表す□を記した。これがミミックだと黒塗りで■となる。
すこしだけ速足で反対の部屋に入ると、奥の片隅に野犬のような四足動物がうずくまっていた。この部屋は行き止まりである。
珍しいことに敵意が薄いなと感じた。動物もこちらに気づいているが襲ってくる気配があまりないようだ。
「あれは魔物じゃなくて、本当の狼よルーク。住処にしてるんじゃないかしら」
「じゃあ、ほっといていいの?」
「決めるのはあなたよ」
踵を返し、部屋をあとにした。十字路に戻り残りの通路を探索しようとしたところで気づいた。
「サラさんとエンさんはどうしたの。【召喚解除】しちゃった?」
「え、えーと夕飯を作ってもらおうと思って家に帰ってもらったわ」
「母さんの嘘は世界一へただよ」
母は片目を閉じて舌をだして誤魔化そうとしたがダンジョンの真ん中でそのまま問い詰めたところ白状した。
エンさんはダンジョン付近に《人避けの結界魔法》を張らせに、サラさんは1階の偵察をして現在は2階の状況を確認しにいってるという。エンさんのはルークにとっても専用感が高まって嬉しいし、友達が下手に近づいて怪我をする可能性もあるので賛成した。けどもサラさんの偵察って、実質の攻略じゃないかと抗議。
ルークの脅威になりそうな魔物はいないと報告を受けた母はサラさんをそのまま【召喚解除】。エンさんは引き続き結界魔法の設置に励んでもらうことになった。
結局、右通路は行き止まり。地図には×印。
もうひとつの道が階段のある小部屋だった。階段のある部屋は《安全領域》といって魔物があまり近づかない範囲になっている。まあ完全ではないのだが、そこで一息入れることにした。
「お疲れさまルーク」
「母さんもお疲れ。僕たった一階層だけでめっきり憔悴したよ」
「何階までいくつもりなのかしら?」
手のひらサイズの皮水筒から水で喉をぬらすとルークは冷静に判断した。
「今日はもう帰る。本当は10階まで制覇したかったけど攻略者は《安全第一》がモットーだから、時間はいっぱいあるし。いつでも来れるからね」
「懸命な判断よ。それじゃあ帰ろうか」
「うん!」
ルークは《安全第一》と言ったが、暗闇の探索と命がけの攻防でその精神はくたびれ果てていた。これが母と一緒でなければこの比ではないだろう、と心の中で感謝したルークだった。