超高位光魔法
「魔法解禁」
「え!いいの?」
「時間がもったいない」
「やったー!」
ルークは村から見渡せる範囲内での魔法の使用を制限されていた。これは母が決めたことではなく老人ズの決定である。5歳ころに老人ズにお披露目した、光魔法【純粋なる光球】の数が尋常でなかったために《他の子供たちが冒険者に憧れすぎる》というルークにとって腑に落ちない理由だった。もっともルークは村の外世界を知らないので事実上の使用禁止だった。
今ではもうそのルールの意味するところもわかるようになってきた。冒険には危険がつきものだということを。村に帰還する者たちの傷跡を見てしまえば尚更だ。
そして今、その封を破り魔法が解禁された。
と、意味ありげだがルークが使えるのは【光魔法】の【純粋なる光球】のみである。残念なことにルークには壊滅的に他の魔法の素養がなかった。
その為、他の魔法で行う現象のすべてを【光魔法】で代行しなければなかった。
「久しぶりに飛ぶと気持ちいー」
「母さんも久しぶりだから楽しいわ」
2人は空を文字通り飛行していた。
母は【高位風魔法】による空気操作で気圧コントロールすることによって飛行。
ルークは【光魔法】だけでは飛行不可能なので小細工を施す必要があった。それは【魔法にプログラムする】ということで実現されていた。
【純粋なる光球】×【形状変化P】=【飛行する光体】
補足すると光魔法【純粋なる光球】に身体形状プログラムを与え、それに包まれて飛んでいるのだ。もちろん飛行中は発光してしまうのが玉にきず。
これを特別なことに感じない印象を受ける魔法使いは多いだろう。魔力操作が秀でてるならばその形状を変えることなんて朝飯前だ。《意識をもってコントロール》していれば形状変化は容易い。
事実ルークにとっても形を変えること自体は楽な行為。それにわざわざひと手間かけているのには理由がある。
プログラムすることで、《意識をもってコントロール》しなくても命令に沿って形状を維持できる。これを実現することで【複数の魔法を同時に使える】ことを可能としていた。良く言えば《改良》、悪く言えば《苦し紛れ》であった。
まあ本来であれば【浮遊術】と呼ばれる高位魔法で飛行するのだが…それは置いておこう。
「母さん、裏山に行くんじゃないの?」
「町へ行って冒険者カード発行してもらうのよ」
「ええええええ!?」
村の子で町を知ってる子なんて滅多にいない。しかも成人までお預けだった《冒険者カード》を作ってもらえる?
あまりの喜びに横ひねり一回転して、ちょっと眩暈がしたルーク。それをほほ笑む母。
かなり遠いと思っていた町はものの30分で視界に入ってきた。いや、飛んできたのだから実際にはかなり遠いんだろう。
村の何倍もの面積に家がみっちりと隙間なく生えている。近づくと石壁に囲まれているのがわかる。
「ねえ、なんか僕が小さい時の家みたいな雰囲気だね」
《トムサンソン村》のほとんどの家屋は約十年前に建て替えられた。一般的な日本住宅とほぼ変わらない外観と機能性を有している。
これはルークの知るところではないのだが、祖父のギルドが《ダンジョンで一発当てた》ので悪乗りした父と老人ズで《機能性住宅》を作り上げてしまったのが原因だ。
石積みが中心の町はその全体がすこし重く感じられたが、どこか懐かしさを覚えてもいたルーク。
「町の前で降りるわよ」
「うん」
外門の近くに降りたち飛行で乱れた着衣を整える。
若い青年の衛兵が近づいてくると、儀典のようなかしこまった敬礼をする。
「おはようトムくん」
「おはようございます!アリー様。本日もお買いものでしょうか」
母は入国税が免除となる冒険者カードを胸の谷間から引っ張りだして衛兵にちらっと見せる。ルークの分を銀貨で払おうとすると衛兵が受け取りを拒否しているが、母が『ちょろまかせばいい』と強引に押しつけた。
(母さん結構町に来てるんだ。知らなかったな)
しかも母が優しい上官のような態度の振る舞いをするのがちょっと不思議だった。もしかしたら衛兵さんは村の出身だったのだろうか、と思ってしまう。
ルークは軽い会釈をして母についていく。はじめての町とひしめき合う人々の熱気にあてられてドキドキが止まらない。交易荷馬車の急ぐ激しい車輪の音と土煙。村ではない露天商の山と積まれた食材の数々。ちょっと衣服の布が足りない年頃のお姉さん。屋台から香ってくる食べたことのない食べ物。あらゆるものがルークの興味をそそる。
そして、ほとんど全員が母に挨拶をしていた。とても心のこもった感謝を表すお辞儀をする者までいる。それに対して笑顔で手を振って通り過ぎる母。
「母さん、もしかして有名?」
「ちょっとだけね」
そうこうしているうちに冒険者ギルドに到着していた。
レンガ造りの2階建ての建物の入口に剣と魔法をモチーフにした鉄看板がぶらさがっている。年季がはいったスイングドアを戦士風の青年がはいっていくとガッコンガッコンと音をたてていた。
入ると正面に受付カウンターがあり、右奥は開けた集会場のような雰囲気をかもしだしている。冒険者が何人かいるが皆一様に壁際の《クエストボード》と難しい顔をしてにらめっこしていた。
「すみませーん冒険者一枚お願いします」
受付嬢はわざわざ立ちあがり丁寧なおじぎをすると、ギルド長を呼んでくると言った。しかし母に強引に引き留められ冒険者カードの作成をすることになった。
「それではこちらの申し込み用紙に必要事項を書いていただきましてから、水晶球で個人情報を読み取らせて頂きます」
「ここで書かせてもらいますね」
母は受付に準備されていた用紙にルークの名前や生年月日を埋めていく。あっという間に終わり、ルークは水晶球へ手を触れた。特に光るということもなく数秒でそれは終わった。
「それでは1分ほどお待ちください」
「じゃあ支払いしておくわね」
すっと金貨1枚を受けとり皿におくと、受付嬢は受け取りを拒否するのを表すために両手をふり『絶対に受けとれません』の一点張りだった。結局、受付の方が謎の圧力に負けて受け取る形となった。
(さすが、おせっかい大好き母さん…有名なのは村だけではなかったのですね)
受付が完成した冒険者カードと申込み用紙に差異がないかチェックすると母に両手を添えてそれを渡した。
「こちらになりますアリー様。それと弟さん…ですか?」
「息子よ、来月で成人だから、お祝いに冒険者カードよ」
「息子さんってご結婚なされてたのですね」
「けっこう独身だと思われてるのよね。はい、ルーク、早いけど成人祝いよ」
「ありがとう母さん…感慨深いはずなんだけど結構軽いノリできたから実感ないよ」
「そんなものよ実際」
真銀でできた冒険者カードは白く冷たい輝きを放っていた。表には写真と名前や誕生日などの個人情報、裏には保有スキルが記載されている。村には《鑑定》のスキル持ちがいないので【光魔法】のレベルを知る方法がなかった。
ルークはこの瞬間を楽しみにしていた。唯一比較できる母が【高位光魔法】レベル3。できれば【光魔法】レベル6、できれば7くらいは欲しいと思っていた。それでも上級魔法使いに匹敵する。
「レベルどうだった?」
「急かさないでよ」
「もったいぶっても変わらないんだからさっさと見せる」
無理矢理手首をひねられ冒険者カードの裏面が表になる。
【超高位光魔法】:Lv3
「レベル……3しかないの」
「その年齢で魔法スキルが3だと才能あると思いますよ」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
がっくりと肩を落として沈むルーク。考えていたよりも親は偉大だったということだ。まあ実質【純粋なる光球】しか使えないのだからマシなのかもしれない。
「ルークちょっといい?」
母は短く強い口調とともにルークの右手をつかみ、その人差し指で冒険者カードのスキル欄を隠させた。
「真似して。《非表示》」
「ひひょうじ…?」
するとスキル欄のリストが消え失せただの真銀の板になってしまう。
「あとで説明するからね」
「あ…うん」
「ありがとうね、今日はこれでおいとまするわ」
「アリー様またのお越しをお待ちしております。ルーク君もまた来てね」
「はい、ありがとうございました」
首に革紐をとおし冒険者カードを心臓の真上にもってくると、真銀の金属特有の冷たさにひゃっとなる。
冒険者ギルドをあとにしてまた城壁まで歩くことになった。
「ねえ母さん、ちょっと聞いてもいい?あっスキル欄のことじゃなくて名前のところなんだけどルーク・ウィリアムズって…」
ルークは生まれた時からルークであり、そこに苗字はないはずなのだ。そもそもウィリアムズって誰という素朴な疑問だ。苗字は貴族でなくとも商人や騎士称号が家紋とともに登録している場合もある。その時はかなりの金額が必要となる。
「んーなんと説明したらいいのか。必要がなかったから名乗らなかったんだけど、成人したらそういうわけにもいかないから冒険者カードに書いたのよ」
「もしかして貴族とか?」
ちょっとだけ『もしかしたら僕はとある国の貴族なのでは』と期待してしまった。
「残念ハズレ。ちょっとお父さんが必要で昔に買ったのよ」
「え?それって高いんじゃないの」
「金貨1000枚で名ばかり男爵位を買ったのよ」
「1000枚!!??」
破天荒な父だとは自覚していたがもはや開いた口がそのまま固定される勢いだ。いったい何で必要なのか聞くのも怖い。
「アリー様お疲れ様です」
「ばいばい、またね」
ふわりと母の服が舞い上がるとそのまま体も浮かびあがる。ルークも身体を発光させながらそれに続く。今度は間違いなく裏山のダンジョンへと向かっていることを確認するルーク。
「ルークぅやっぱり私の子だわ!天才」
「母さん!?」
空中で母はルークをぎゅうっと抱きしめて頬にキスをしようとしたが、そこだけは死守されてしまった。母さん実の息子に、だいしゅきホールドは止めてくださいマジで。
「スキルのこと?」
力づくで引き剥がし距離をはなすとゲンナリした声で尋ねた。それしか思い当たるフシはないのだが、たかが【光魔法】のレベル3などごまんと存在する。同年代では間違いなく最高峰なのも自覚はあるので大げさな母に『親バカ』だなと思ってしまう。
「もちろん!!かの伝説の英雄の1人【光の聖騎士】がノワール・ヴィクトリアと同じスキル、【超高位光魔法】よ!!!」
「母さん、これってどういうこと?【光魔法】のレベル3だよね僕」
「冒険者カードに指を当てて《表示》って言ってみなさい。ルーク、レベルだけ見て勘違いしてたのよ」
「表示」
【超高位光魔法】:Lv3
間違いなく僕の見間違いだった。母は感涙してその涙が風に拭われている。
「なにこれ」
名称から察するに【高位光魔法】の上位互換であることは明白だが【超高位】を冠するスキルはおとぎ話や伝説の中だけでしか聞いたことはない。外の世界を知らないのだから稀にいるのかもしれない?と考えるがその答えは出ることはない。
「僕【純粋なる光球】しか使えないのにいいのかな」
「たぶん高い基礎力と幅広い応用力のたまものね」
【複数の魔法を同時に使える】プログラムの開発には母と協力して作り上げたものだ。他の才能が《高位残念レベル》のルークは早くから基礎の【純粋なる光球】の向上と応用について修行をさせられていた。
本来は【光魔法】の初歩として明かりとりの【純粋なる光球】を修得した次は【ほとばしる光矢】か【たたきつける光球】を習う。ここまでは才の無い者でもすぐに到達する。
そもそも【純粋なる光球】を魔力操作で動かすだけで【たたきつける光球】になるのだ。
だが見事。空中で永遠に停滞して1ミリも移動できなかった。
そこで母は書庫に籠り、その間は母の【精霊召喚】で呼び出された《炎の精霊サラさん》《光の精霊エンさん》に尋問と実験を繰り返されたのは今となってはいい思い出。当時は脱走の毎日でした。
これらの日々が結果として【超高位】に至る道となったが、今は割愛させていただく。
見慣れた村と裏山がぽつりと風景にはいってきた。2人はそのままダンジョンへと向かう。そのまま攻略できればいいなとルークは考えていた。
あれ、そういえば母さんの格好。もしかして初ダンジョンに母親同行ですか…すこしやるせないようなむず痒い気持ちになった。