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ルーク・ウィリアムズ少年

埋もれてく小説のひとつです。一行でも読んでくれる人に出会えて感謝いたします。

 その少年は裏山の頂上にある一番高い木にのぼり、山々とふもとに広がる村を見下ろしていた。日の出とともに起床して農作業を終わらせ、裏山で狩りをしたり採集したりと遊ぶことに忙しい毎日だ。

 将来は冒険者として世界各地を旅してみたいとどこにでもいる子供のような夢を抱いていた。祖父が現役で冒険者をしているのも影響しているだろう。

 

 1/4(クォーター)エルフのルークも来月の誕生日で15歳になり成人する。日増しに夢が現実味を帯びてくる。エルフの血統は魔法使いか弓使いと相場が決まっている。ルークは生まれつき魔法の才に秀でていたので魔法使い一択だ。


「そろそろ帰ろうかな…」


 陽が中天から傾きはじめて風が冷たくなってきた。肌から感じる空気に若干の湿り気を覚える。遠くにある灰色の雲が雨を運んできているのだろう。


 枝をうまくつたい太い木に足を固定して降りてくる。毎日のことなのでどこに足をかければ安全かは体が覚えている。トンと生い茂った草に着地すると擦れてまとわりついた樹皮を払いのける。


 そこで村と反対方向の山の中腹に見慣れぬものを発見した。雑木から顔をのぞかせた灰色の箱のような建物。裏山に誰か住んでいるとは聞いたことはない。かといって盗賊が住み着いたにしては堅牢すぎる。ルークは雨雲との距離を確認してから調べに行くことにした。

 土を削りながら斜面をくだっていく。この辺りは村の魔物避けが効いているので警戒する必要もなく駆けていく。普段とちょっと違うこと。それだけでルークの心は胸躍り鼓動が速くなる。


 岩を蹴り、小川を飛び越え、木々を走り抜けていくと灰色の建物がおぼろげに姿を望める距離まで到達した。


「石造りの小屋?」


 村人の誰かが伐採小屋として知らぬ間に建てたのだろうか。それにしては周囲の木の葉の積り具合が多すぎるし、入口に扉も作られていない。しかも石を組んで作られたそれは5m角ほどの規模であり、山奥で建てるにしては力が入り過ぎていた。


 光魔法【純粋なる光球(ライトマジック)


 それは言葉や文字ではなく、意志と魔力で生み出される無詠唱魔法。と言えば聞こえはいいが只の灯火(ともしび)の魔法である。魔法使いを志すものこれくらいは朝飯前でなければ話にもならない。


 こぶし大の球体が優しい明かりを放ちながらルークの眼前を漂っている。


 意識を強め光球を移動させるイメージをすると、それに従いスーッと石小屋の入口まで進めた。照らされた内部には何も見えない。ルークは誰かいる可能性もあるので、ゆっくりと慎重に光球を室内に押しこむ。


「誰もいないし何もない。期待はずれだー」


 そこには伐採道具の斧もなければ盗賊がいるわけでもない。空っぽの空間が無為に広がっているだけだった。ルークは枯葉を踏みしめながら石小屋に近づいてみると床になにかがあることに気づいた。


「地下室?」


 階下へくだる大き目の階段がぽっかりと口を開いている。眼前まで慎重に歩き、そこへ光球を降ろしこむと更に下に空間があることがわかった。


「すみませーん誰かいますかー?」


 虚しく声が地下にこだました。その反響具合で下にかなりの広さがあることが窺える。


 まさかと思いルークは外に出ると入口の上部を確認した。


 宝物を発見したかのように喜び両手の拳を握りしめ身体を《くの字》にして身悶えた。


 円形の石版がそこにはあった。それはこの建物が《ダンジョン》と呼ばれるものの入口を証明するものでもある。その中央にはこのダンジョンの主である《ボス》の象形彫刻と難易度を示す《星》が印されていた。それから読みとれることは爬虫類のボスということと、《一つ星》の最も簡単なダンジョンであるという情報だ。


 ダンジョンの発生原理はいまだ不明であるが意志の有る者が創造したというのが通説だ。現在もダンジョン攻略を専門とする《探索者》によって発見されつづけ、その総数を把握するのは不可能となっている。

 その構造や難易度は様々であるが、魔物の巣窟であるにも拘らず莫大な見返りが期待できるとあって命を賭けて探索する者があとを絶たない。


 このルークが発見したダンジョンはその中でも「初心者(ルーキー)向け」とされる探索者の登竜門。つまりは冒険者になったあかつきに挑戦しようとしていた難易度のダンジョンが目の前に用意されているのである。しかも誰にも邪魔されない裏山に自分専用かのように存在している。


「くぅーやったあっ!!」


 小雨が枯葉に音を立てて落ち始めてきた。樹や土肌が黒く濡れ始めてくると次第にその雨音が強まってきた。あっという間に辺りは暗くなり激しい雨へと姿を変えた。


 ルークはどしゃぶりの中でひとり満面の笑みを浮かべ帰路についた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ルークが住む村《トムサンソン村》はその開拓の祖であるトム・サンソンに由来している。村が開かれてから約100年あまりしか経っていない比較的新しい村である。

 人口は40人弱の小さい村ではあり、主要交易路から離れてることもあって訪れるものは非常に少ない。行商人も隔月に委託してやっと来るという辺境といって差し支えない田舎である。


 ただ、この村は優秀な冒険者・探索者を排出し、現在も出稼ぎに冒険をしているものが多い変わった村でもある。事実ルークの祖父も有名ギルドの一員であり高名な精霊使いとして世界を飛び回っている。


 その為か村は非常に富んでおり、元冒険者が多いこともあって盗賊に襲われることがほぼない素晴らしい村となっていた。もっとも何も知らない盗賊団が数年に一度返り討ちに合うということも付け加えておく。


 ルークの自宅も村にしては贅沢なつくりになっており、二階建ての新しい白塗りの箱家である。畑は別にあるため、庭は母親の花と薬の材料となる植物に支配されていた。


「ただいまー!母さん着替えちょうだーい!」


 びしょ濡れになったルークが靴を放りだして玄関で母親が来るのを待っていた。雨雲で暗くなった室内にはすでに蛍光灯のような魔法具が明かりを灯している。台所からはよだれが出そうな匂いが流れてきている。


「おかえ…あんたなんでもっと早く帰ってこないのよ!風呂いってきなさい!!」


 そこには金髪蒼眼のすこし耳のとがった美しいお姉さんが怒り顔で立っていた。ルークの母親である彼女は 1/2(ハーフ)エルフの恩恵でその容姿は十代のままであった。


「はい!了解しました!」


 敬礼をすると一目散に風呂に逃げていったルーク。濡れた廊下をふいて台所に戻る母親はため息をついた。


「どっちに似たのかしらルークったら…本当に困ったものね。あれでも来月で成人なんて信じられないわ」


 脱衣所で張りついた衣服を裏返しに脱いでお風呂場へはいる。いつも『裏返しに脱ぐな』と怒られているが、まあいいやと忘れたふりをした。


  トムサンソン村では、各家庭の魔法具化が進んでいる。一般的に貴族階級でもこれだけふんだんに魔法具を配置していることはない。なにぶん素材も技術も未発達だ。

 しかし引退した冒険者が暇をもてあま…日々研究に没頭していくうちに類をみない発展を遂げた。そしてお金も名誉も若かりし時代に謳歌したせいか興味も薄く、独自の不思議発展に拍車をかけていた。

 幸いなことに外界の人間はこの村に興味がないので訪れることもない。それどころか魔除けのまじないだけでなく、人避けのまじないも施工しないかと村内議会でもちだされている。理由は老人たちの《隠し村》みたいで格好いいからという子供じみたものだ。


 お風呂からあがると食卓には夕ご飯が用意されていた。

 今夜は具材超たっぷりのクリームシチューに我が家の焼きたてクルミパン、それに自家製野菜のサラダ。

 お腹がぺこぺこのルークは椅子をひきずって出すと母が食卓につくのを待った。


「お待たせ、それじゃあ食べようか」

「いっただきまーす!」


 実は母子家庭ではなく父親も健在である。

 祖父と一緒のギルドで冒険中だったりする、今年で50歳の初老齢戦士だ。元々友人だった二人は年齢で逝く前にルークの父を不老にしようと旅をしている。ルークが最後に会ったのはもう5年前だ。


「今日はどこまで行ってきたの?」

「裏山のさらに奥でダンジョン見つけてきた」


 さらっとルークは報告してから『口が滑った』と悔やんだが時すでに遅しだった。


「え!?村長に報告しなきゃ」


 スプーンを荒く叩きつけるように置くと立ち上がった。母も元冒険者だったのでダンジョンの危険さは十分わかってる。


「まっ、待って母さん。成人したら攻略してみたいんだよ」

「星はいくつだったか見たの!?」

「いっこ」


 大きいため息をつくと重力に任せて椅子にもどった。


「驚かせないでよ、ゴミじゃない」

「母さん『素』が出てる」


 パッと口元に手をあてて、笑顔をつくるとフフフと言って食事を再開した。

 元冒険者の母はたまに荒っぽい本来の口調に戻る時がある。教育に良くないと相当頑張ってはいるのだが時々顔をのぞかせる。

 今も大事にしている冒険者カードの最終レベルは58、メインスキルは高位光魔法レベル3、高位風魔法レベル2、精霊召喚レベル8の3つだけ。自称最強なので実際の強さの真偽は不明である。


「明日母さんのこと連れて行きなさい。本当にひとつ星だったら腕試しにとっといてもいいわ。それとダンジョン入るなら成人前に冒険者カード作ったほうがいいわね」

「本当?ちなみに星がいくつだったら駄目だったの」

「5くらいかな。人集まると老人ズがいい顔しなさそうだからね」

「だれが攻略するのそれ…」


 ちなみにダンジョンには《一つ星》は《初心者(ルーキー)向け》のように明確な指標が冒険者ギルドから公布されている。


 ★1  初心者(はじめに攻略する)

 ★2  初級者(★1を単独攻略した方が対象)

 ★3  中級者(★2を攻略した方が対象)

 ★4  上級者(パーティー推奨)

 ★5  上級者(パーティー・ギルド単位推奨)

 ★6  上級者(ギルド500人以上推奨)

 ★7  英雄クラス(Aクラス以上)

 ★8  攻略困難(史上数回)

 ★9  前人未到

 ★10 前人未到


 ざっくりとしたものだが、暗に《四つ星》に1人で探索に行ったら死んじゃう確立が高いよ、程度のことしか記載されていない。


「それと友達と一緒にいっちゃダメだからね」

「え、1人でいくつもりだけど何で?」

「怪我したらどうするのよ」

「自分の息子はいいわけ?あとシチューおわかりっ」


 母は立ちあがりシチューを山のように盛りつけるとルークに渡しながら忠告した。


「友達が怪我したり万が一のことがあったらどうするの。それにルークは魔法しっかり使えるけど他の子は違うでしょ」

「母さんに地獄の特訓してもらったからね」


 自我が目覚めたころから毎日魔法の特訓の毎日だった。母の風魔法の才覚は継げなかったが、光魔法は素晴らしい才能を発揮した。

 文字通り、雨の日も風の日も基礎訓練と座学をさせられた。まあ村に学校がないので勉強を各家庭で教えるのは当然だ。ただ我が家がちょっと冒険よりなだけ…だと信じたいルーク。その魔法の勉強から解放されたのも去年のこと。


「もし友達と行ったら母さんが攻略しちゃいます」

「えっ、ちょっとほんとそれだけは止めてぇ」


 ダンジョンは最下層にいる主の魔物を倒すと、ある期間をおいてから消滅してしまう。その消滅までの間に鉱石や魔石を採掘したり、とりそこねた宝などを回収することもできる。これを《解放祭り》と呼んでいる。四つ星以上になると消滅までの期間がひと月以上と長く、その恩恵も大きいことから《特需》といいありがたがられる。


「とりあえず、友達とだけは行かないって約束すること」

「わかったら本当に攻略しないでよー」

「半分冗談だってば」

「半分なんだ…」



 その晩、ルークはお古でもらった装備をいつもより丹念に磨き上げた。皮革ポーチに必要な物がちゃんと入っているか心配で三度確認した。枕元には旅の服をきれいに畳んでおいた。


 ベッドにはいったけれど、興奮して眠れないルークは窓を開けて外のすこし冷えた空気で深呼吸した。すこし父のことを思い出す。


 天蓋を仰ぐと満点の星空が空を埋め尽くしていた。明日は晴れそうだ。


 僕もあんな星空のように輝いてみたい、と心の中で呟いた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 翌朝、まだ陽が昇らないうちからルークは身支度をはじめていた。


 ダンジョンへ赴くから早起きしたというわけではない。魔道具の明かりはあるが、基本は日の出とともに起床し、日の入りとともに寝るような生活リズムがある。


 丈夫で破れづらい茶色のデニム地でつくられたズボンに足を通し、体温を逃がしにくいシャツと柔らかい厚手のパーカーを着こむ。どちらも水を弾く植物の汁が塗り込められている。雨は体力をどこまでも削る敵だ。

 靴もいつもの皮でできた簡素なものではない。すねまで覆う固い革製の靴だ、それをうっ血しないくらいに紐で締め上げる。新品だから床は汚れないだろう。


 そこからやっとレザーアーマーを着込めるわけだ。

 祖父のお古を村の職人にルークの体系にあうように詰めてもらったものだ。胸当て、肩当て、手甲、足甲と一式を着込む。最後に腰回りに皮革ポーチを装備し、ショートソードの鞘を腰のベルトに挟み込む。ちょっと腰骨にあたり位置を調整する。


「おっと忘れるとこだった」


 二等辺三角形のような幅広の短剣を心臓の真上にベルトでくくりつける。本来は探索者が真銀(ミスリル)の冒険者カードをそこに吊るし心臓を守る習慣を真似したものだ。


 新米の魔法使いとしては上出来すぎる装備だ。


 ルークの部屋は二階なので、装備をした現状で階段を使うと物凄い音が響く。母も起きているとは思うが騒がしい。


「あれ、朝からすっごい香ばしい匂いがする?」


 犯人は台所の母なのは明らかだが、朝から何を作っているのだろう。


「おはよう母さん、って何その格好、その料理!?」


 得てして特別な日の母というものは、子供の予想の斜め上はるか上空をいくものである。


「おはようルーク。何って探索本気(マジ)バージョン、はじめてお披露目だっけ? 大事な息子のハレの日ですからスタミナ料理に決まってるでしょ!」


 ジュワッー!


 厚みがあるガーリックオークステーキが鉄板に鎮座していた。お供にポテトフライとブロッコリーとコーンが山盛り。


「母さん…朝からヘビーだね。あとパンほしいんだけど」

「男は黙って肉!パンはない!」

「うっそぉ!」


 そんな母は容姿が10代でなければ犯罪の格好をしていた。息子のルークとしては十二分に頭が痛い。絶対に友達に見られたくなかった。

 黒いひらひらとした超ミニスカートに、白いTシャツの真ん中にスマイルマークがある。いつもは結んでいるだけの髪もオシャレに編みこまれている。


 黙ってステーキを食べたルークは玄関で待つことになった。

 母が化粧を忘れたといって消えてしまったからだ。


(まったく誰に見せるつもりなんだか…)


「おまたせー。どうカワイイ?なんちゃって」

「…すこしだけ」

「ふふふふふふふふふふ」


 ジト目で不敵な笑いをされてしまい『年齢考えてよ母さん』と窘められてしまった。そんな母の年はすでに三桁である。


 こうしてルークの初ダンジョン探索がはじまろうとしていた。

ここまで読んでくれた方ありがとうございます。


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