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8.歌

あれから篠宮君とは気まずい関係になっていた。

彼は私に話しかけようとしてくれるのだが避けているのだ。

正直な所、あんな目に遭った後と言う事もあって過剰に反応してしまった自覚があった。


今、思い出すと居たたまれのなさに全身に羞恥心が襲ってくる。

避けているのは恥ずかしいせいもあった


同時に、彼の熱心さに怖気づいていた自分がいた事も確かだった。

自分の秘密を知っている人がいると言うのは楽だが、如何接していいのかが分からない。

少しでいいから考える時間が欲しかった。

彼は仕事で忙しいと言う事で都合が良かったとも言える。

それでも帰宅部の私と篠宮君は帰る時間が同じである場合が多い。

それに加えて、同じ電車通学者で方向が同じと言う事もあって、一緒に帰ろうと誘われることが多かった。

私はそれを避けるために用事があると言って放課後は人気のない教室で過ごす事が多くなっていた。


紀代乃岡学園高等学校は古くからの伝統のある学校だ。

それだけに昔は沢山の生徒が通っていたらしいが、今は少子化の煽りを受けてその絶対数は少なくなっている。

それだけに使用されていないクラスも多い。

特に最上階の5階にある教室は人がいる事が少なく、絶好の穴場スポットになっていた。


私はそこの教室の一つで赤い夕焼けを眺めながら、ぼんやりしていた。

この学校の関係者だったのだろう、眼鏡の男は何かを探すようにうろうろしている。

彼の姿は半透明で、向こう側が透けて見えた。

私が男に助けがいるかと声を掛ける事はない。

そもそも、声が届くかどうか分からない。

それは私の役割じゃない。

そう言うのは篠宮君がすることだ。


無意識に彼の事を思い出してしまった自分に顔を顰めた。

しかし、最近妙な物が視える確率が多くなっている気がする。

現役の霊能力者と会ったせいで意識してしまっているのだろうか。

ただの偶然だったらいい。

私はそう思って、緩やかに目を閉じた。


わたしはうたいたい。

もっと、もっと。

もっと。


奇妙な夢を見た気がする。

苦しいぐらい何かに渇望する夢。

窓の外を見ると、すっかり日は暮れていた。

この学園は部活動が熱心なせいもあって、夜遅くまで開校している。

これから帰っても、どうせいつもと同じ公園で独り時間を潰すことになる。

いつまでこんな事を続けるのだろう。

ふと思考が両親の事が頭を掠め、暗澹とした気持になった時、風に乗って歌が聞こえた。


多分女性の声だ。

耳を澄ませなければ分からない声量だ。

コーラス部が練習でもしているのだろうか。

ちなみに私の学園のコーラス部は、全国コンクールに出場経験がある程力が入っている。

彼等は高校三年間を部活動に捧げてしまう場合も珍しくない。

そのせいか彼等の団結は強く、試験前は仲良く試験勉強をしていたりする。

何かに夢中になるという経験に乏しい私にとって彼等は酷く眩しい。


私は黙って歌声に身を預ける。

音楽に詳しくない私は曲名は分からない。

その切なげでありながら、同時に酷く優しい声音は私を癒した。

深い海の中を漂うクラゲになった様な、

母親の胎内にいる傷つく事を知らない赤子になった様な気持よさ。

きっと、この歌声の主は優しい人なんだろう。

何故かそんな予感がした。


結局最終下校時間ぎりぎりまで過してしまい、その歌声はずっと続いていた。

それは泡沫の様な束の間の幸せだった。


電車を乗り継ぎ、自宅に帰る。

食欲が湧かずに何も食べないまま寝てしまった。


ゆめのなかでおんなのひとがうたっている。

わたしはとてもすてきねとほめた。


すると、かのじょはとてもかなしそうなかおをした。

わたしはあわててどうしたのとたずねた。

かのじょはわたしのこえはもうだれにもとどかないのといった。


それはたぶんとてもさびしいことだ。


なにかできることはある?とわたしはたずねた。

じゃあとかのじょはくちをあけて、


そこで、夢の記憶はぷっつりと途切れている。


翌日、学校で美幸に尋ねてみた。

「ねえ、この学校で歌が上手い人って知っている?」

「ここはコーラス部が強いもん。多分、沢山いると思うよ。」

そうきょとんとした顔で聞き返した彼女に、私は首を振った。


「もっと特別な感じなの。例えばプロを志望している人とか知らない?」

「うーん、ちょっと分かんないや。知っているのはコーラス部の部長が入院したぐらい。」

「そっか。」

噂などの情報に強い美幸がこれでは私はお手上げである。

知ってどうなると言うものではないが、何となく如何言う人が歌っているのか知りたかったのだ。

とてもとてもきれいな歌声だったから。

私がぼうっと感慨に耽っていると、美幸はそれよりと声を張り上げた。


「篠宮君と何かあった?」

「何かって?最近、彼忙しいじゃない。」

私は何食わぬ顔で、そう聞き返してみた。

ポーカーフェイスには自信があるが、どうも最近通用しない場合が多い。


ほら、美幸も首をひねった。


「なら、いいけど。喧嘩なら早く仲直りした方がいいよ。」

「喧嘩じゃないよ。」

「なら、いいいけどー。」

休憩時間がそこで終わった事もあり、

美幸は口を尖らせながら席に戻って行った。


そう、喧嘩ですらない。


篠宮君に悪い事をしていると言う自覚はあったものの、踏ん切りがつかないだけだ。

多分、忌避していた方面に接すると言う事と彼と気を許した付き合いをするという事に。

私に必要なのは相手にぶつかる覚悟だろう。

篠宮君ともう一度話し合ってみよう。

私はそう心に決めた。


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