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3.沈む

帰りの電車を途中下車し、本屋に立ち寄る。

篠宮 栄司の情報を探してだ。

それなりに知名度が高そうな人間だったので、

運が良かったら雑誌で特集を組まれているかもしれない。

結果は残念ながらまとまった情報はなかったが、彼のインタビューが載っていた雑誌があった。


その雑誌を購入すると、何時も通りに近くの公園に向かった。

ここの森林公園は多額の税金を投入して造られたのに、人の姿は全くない。

それもその筈、ここは墓地を整理して開発した公園で不気味な噂が山のようにある。

やがて好奇心旺盛の若者すら立ち寄らなくなった本物の心霊スポットになった。


夕暮れの暗がりの中、私は定位置のベンチに座る。

薄闇になった周囲をふわふわと人魂らしきものが浮いていた。

普通の人なら悲鳴を上げて逃げ出す去ろうその光景は、私の目には美しく見えた。


彼等は私を傷つけない。

私も彼等を傷つけない。

彼等は寂しくて彷徨っているだけだ。

それは私も同様で傷の舐め合いを誰にも知られずに行っている。

不毛さを悟っていても止められなくて、水底にいるような気持ちよさに身を委ねていた。



ここにいると嫌な事は全て忘れられた。


両親との関係。

学校の対人関係。

それから自分の将来についても。

すり減った自分がゆっくりと回復するのを感じる。


どれぐらい時間が経っただろうか。

辺りがすっかり暗くなった頃、ようやく私は外套の下で雑誌を読み始めた。


気鋭の霊能力者、篠宮 栄司さんに突撃取材!!

果たして彼の素顔とは一体!?


彼のインタビューはそんなセンスの欠片もない文章で始まっていた。


好きな女性の好みは?

優しくて家庭的な人に憧れますね。


好きな食べ物は?

ハンバーグです。子供っぽいってよく言われるけど止めれません。


休日は何をして過ごしているの?

そうですね、友人と遊びに行っています。意外と普通の高校生だねってよく言われます。


ざっと流し読みしたがどうでもいい情報ばかりだ。

こんな情報を得るために僅かな財布の中身を減らしたのだと思うと気落ちをした。

それでもせっかく買ったんだからと気持ちを奮い立たせ、最後まで目を通した。


ようやく興味を引いた文章が見つかったのは最後の質問事項だった。


何故霊能力者になったんですか?

色々と大変な目に遭う事もありますが、

自分の持って生まれた才能を誰かの役に立てたかったからです。


その答えを見て、私と彼は全く違う人種だと理解した。

ご両親の理解もあったのだろうが、

必死に自分を普通に取り繕うことでどうにか生きている私とは根元から違うのだ。


それでも自分の生き方は変えられない。

それは敢えて暗い道を選ぶ時にも似た静かな決心だった。


ふと気が付くと、とっぷりと周囲は暗くなっている。

これ以上遅くなると部活や委員会と言って誤魔化すのにも限界があるだろう。

私は名残を惜しみながらも、名も知らない彼等に小さく手を振って帰宅する事にした。


「ただいま。」

私が小さな声を出してそう告げると、弟が出迎えてくれた。


「お帰りなさい、遅かったね。」

にこにこと笑う優也は、名前の通り本当に優しい子だ。

残念ながら姉は名前のままに育たなかったが、こちらは両親の思う様に成長している。


彼等に溺愛されている弟はこれからも健やかに育つだろう。

姉として家族として、私はそれを願ってやまない。


「今日は部活に加えて、委員会もあったからね。」

「姉ちゃんは真面目だよな。偶にはサボればいいのに。」

優也にそんなことを言うんじゃありませんと姉らしく説教をして、二階の自室に向かった。

そこにはいつも通り冷えた夕飯が置いてあって、今日はカレーライスだった。

私は不味いそれをちびちびと食べながら、コンピューターの電源を点けた。

それから世界で一番有名な検索エンジンを頼り、篠宮 栄司を入力した。


そうしたら、大量の情報が表示されて私の目を白黒させた。


篠宮 栄司が芸能界にデビューしたのは何と小学校低学年の時だった。

その可愛らしい容姿が評価され、雑誌にキッズモデルとしてデビューを果たした。

それからは人気の子供モデルとしての地位を一時的に確立した。

何本かのドラマに子役として出演するも成長するにつれて仕事が激減した。

しかし、特殊な能力に目覚めてからは深夜番組に出始め、徐々に人気を果たすことになった。

今ではゴールデンタイムのバラエティーにも出る等、その活躍は幅を広げている。


これが複数のファンサイト等を覗いてみた情報のまとめだ。

中には信憑性は分からないが貧しい家庭で彼の稼ぎに頼っているという情報まであった。

眉唾ものではあるものの、彼が視える人で、

家族や誰かの為にその力を役立てているのだったら、その精神は脱帽せざるを得ない。

私はこの世ざるものが見えると言う、自分の能力を疎ましく思えるだけだ。

父親はそう言った話題を毛嫌いし、母親は腫れ物扱いしたとは言え、

誰かの役に立てようなんて考えた事すらなかった。

今では関わってはいけないと言う大原則が分かっている為、落ち着いたが子供の頃は大変だった。


私は制服のままベッドに寝転がると目を閉じた。

急に疲れが襲ってきて、緩やかに眠りに落ちて行った。


ねえ、お父さん。

あそこに女の人がいるよ。

如何してそんな顔をするの?

嘘なんて言ってないよ、本当だよ。

お母さんが悲しそうな顔をするのは私が悪い子だから?

ごめんなさい。もう絶対言わないから、ここのお家に置いて。


こうして私は夢さえ見ない、海の底に沈んでいく。

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