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19.誘い

あれから篠宮君は、自分の能力を取り戻す事に死に物狂いになっていた。

お仕事はマネージャーさんに頼んで仕事を減らしてもらい、そちらに集中していた。

私達が掃除を担当したのとは別の別館の図書室まで使って、今も調べ物をしている最中である。

少しでも関連のある書籍は片っ端から読み進めている、彼の様子は鬼気迫っていた。


お母さんはあの一件から、静養したいと言い始めて実家に帰ってしまったのだと言う。

篠宮君があの広い家でお父さんと二人きりで、どう過ごしているのかが心配だった。


考えごとに耽りながらも、私の書籍を捲る手は止まらない。

元々、国語の成績は学年でも上位だったのに加えて速読は得意中の得意だ。


「伊都橋さん?」

「あ、うん。中々、思ったような情報は見つからないわね。」

「そうだね。こう言うオカルト関係の話はインターネットとかの方が強いかもしれない。」

篠宮君はそう言いながらも、本から真剣な眼差しを逸らさない。

今の彼は何処か危うさを感じさせ、傍を離れる事はとてもじゃないが出来なかった。

それで霊能力関係の情報を集める手伝いを申し出たのだが、それが本当に篠宮君にとっていい事か悩んでいる。


力がこのまま薄れていけば、篠宮君は普通の人になれる。

テレビ業界ではやっていけなくなるかも知れないが、将来仕事に就く為の選択肢は幾らでもあるんだろう。

そうして、気楽に話せる人がどんどん増えて行って、気の合う親友や可愛い恋人が出来るかも知れない。

私とは距離が離れて行き、やがて色褪せた写真に写る様な過去の人間になるだろう。


私にとって彼はようやく得た、気兼ねなく話せる友人だ。

その手を話すのは誰も居ない荒野に独りで立ち竦むことぐらい寂しい事だった。

温かさを手離して独りになる事を考えると冷たい海の底に沈んでいく様な錯覚を覚える。


しかし、同時に篠宮君の良い友人として、

彼が温かな対人関係に恵まれる事になったら祝福しなければならないと言う義務感も感じていた。


私は読み終えた最後の本を小脇に抱えると、

新しいのを探してくると篠宮君に声を掛け、席を立った。

ここは学校なのでゴシップ的な怪談話の本は少ない。

それでも、比較的堅めの霊関係のコーナーは書籍の多さ故かあった。


私が本棚の前でどの本を読もうか迷っていると、元々同じグループに居た子達と一瞬擦れ違った。

彼女達は比較的美幸と近しかった様に思う。美幸と似た派手なタイプの人達だ。

私の事を見た途端に、彼女達は一様に顔を軽く顰めた。そうして、足早に通り過ぎてしまう。


いい気になるんじゃない、ブスが。

彼女達の誰か一人の心の声であろうものが泡のように浮かんできた。

どうやら、私が仲間外れにされても顔色一つ変えないのがお気に召さないらしい。

自分を特別だと思っているから平気そうなんだとか、調子乗るんじゃないと言う声をさんざん聞いた。


それでも私が無反応だったからだろうか。


初めは靴が隠される所から始まり、

筆箱が見つからなくなったのに加えて、

聞えよがしに悪口を叩かれたりする事も増えた。

正直な所、子供染みた彼等の遣り口に辟易する傍ら、長引く現状に堪えているのも確かだった。


所詮は女子内で起きている事なので、篠宮君は気付いていない。

と言うか、何が起きているか分かっても手出しのしようもないだろう。

女性同士の問題に男性が口を挟んだって、余計ややこしくなるのがオチだからだ。


私が大量の本を抱えながら、席に戻ると篠宮君は顔をあげた。


「元気ないけど大丈夫?」

「平気よ。昨日テレビを見過ぎちゃって寝不足なだけ。」

そう言って、首を振る私を彼は疑わしそうな眼で見つめた。

それでも、今の篠宮君に心配を掛ける様な事は言えなかった。

ただでさえ、辛そうな彼の負担にはなりたくない。


「協力するのが面倒になったのなら、止めてもいいよ。

僕と違って、伊都橋さんはこう言った知識は必要になりそうにないし。

それか、僕の力が弱くなったことでがっかりしているんだったら…。」

「そんなことない。」

私は慌てて大きな声を出して否定した。

司書の先生がこちらを睨んでいるが、そんなことどうでもよかった。

恐らくは、あの後続く言葉は離れてもいいだったのだろう。

もし、彼と距離を置くにしても、それはずっと将来の話だ。


今の私には篠宮君しかいないのだ。


「伊都橋さんは僕の事が大事?」

そう言って微笑んだ彼の顔には何時か見た、獰猛さがちらついていた。

私はそれに怖気づきながらも、一泊遅れて頷いた。


「だったら、一緒に来てほしい所があるんだけど。」

その提案を了承する以外に私は何が出来ただろう。


彼が言うには今日の帰りに泊まりがけで山に行くのに付き合って欲しいと言う事だ。

明日は幸いなことに創立記念日で学校は休みだし、家には友達の家に泊まると言えば問題ないだろう。

そこは有名な心霊スポットであると同時に関係者が能力を鍛えるのに有名な場所なのだと言う。

しかし、本当かどうか分からないので一緒に来て確かめて欲しいと言うことだ。


多分、これの方法は篠宮君にとっても最後の奥の手なのだ。

散々調べて、目ぼしい情報に出会わなかった彼は危険かもしれない手段に出ざるを得なかった。

そこまで篠宮君は追い詰められていて、不安さ故から私も連れて行こうとしている。

これが成功しなかったらどうなるんだろうと私は考えざるを得なかった。


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