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17.不調

あれから、美幸とは距離を置いていた。

最近私はグループから離れて、彼女とばかり行動していたのを思い返した。

遠巻きに接して来るクラスメイトを横目で見ながら、私は淡々とした毎日を送っていた。


篠宮君と言えば、お仕事では不調が続いていた。

今まで怪奇スポットでは肝心の幽霊の様子すら分からないで終了したり、

失踪した息子の行方を探して欲しいという相談に、

住んでいる地域を告げたら後で、亡くなっている事が分かったり。


それでも彼は却って焦っているのか仕事を精力的にこなすようになった。

そうすると当然の様に学校に来られる日は少なくなる。

篠宮君はちゃんと登校日数は計算しているとは言ってるのだが…。


二人と離れたから、私は学校では自然と独りで行動するようになった。


反対に、私はどんどん感覚が鋭敏になるのを感じていた。

今ではその気になれば相手の心を自覚的に聞く事も出来る上に、

擦れ違った人間が何を考えているかが映像として脳に流れ込んでくる事もあった。


どうすれば、遮断できるのが何となく分かって来たからいいものの。

篠宮君がアドバイスしてくれた様に冷静でいれば入ってくる情報は格段に少なくなった。


それでも大勢の人がいるクラス内で煩わしさを感じる事は多かった。

そうして、私はお昼休みに一人でご飯を食べるのに安らぎさえ感じるようになっていった。


空き教室でご飯を食べ終わると、何気なく篠宮君に電話をした。

多分、、彼の声が聞きたくなったのだと思う。

暫くのコール音の後に篠宮ですけど、と言う声が聞こえた。


「篠宮君?」

「ああ、伊都橋さん。どうしたの?」

「別に。ご飯を早く食べ終わちゃって暇だから電話をしたの。」

「珍しいね。」

そう言って篠宮君はくすくすと笑った。

やはり声に疲労が感じられて、私は心配になった。


「お仕事が大変そうね。それとも何かあった?。」

「…うん。」

彼は私に話すかどうか逡巡するかのように、暫く沈黙をした。

それから、打ち明けることに決めたように話し始めた。


「母さんの様子が可笑しいんだ。」

「お母さんの?」

あの綺麗な人かと私は思い出した。

何処か浮世離れした雰囲気のある彼の姉と言っても通じる人。


「最近、妙な事を言い始めて。

最初は家の周囲をいつも知らない女の人がうろついているって言ってただけだったんだけど。

次は外出すると自分の後ろをその人が付いてくるって言い始めた。

ほら、妙な人に目を付けられたなら大変だろ。僕も買い物に付き合ったんだけどね。

後ろに居るって幾ら指を指されても誰も居ないんだ。周囲の人も訝しい目で見るし…。

今では夜になると女の人が階段を這い上がって、2階の寝室に入ろうとしてくるって言うようになった。」

「その、実際に亡くなった人がいるとは考えられない?」

「考えられない。だって、僕は一度もその人の事を視ていないんだよ。」

篠宮君がそう言うならそうなんだろう。

私はあっさりと納得した。


「元々繊細な人だったから、僕がこの仕事をするのを気に病んでそうなったのかなってちょっと思ってる。」

「だって、小さい頃からでしょう?」

「霊関係の仕事をやり始めたのは中学生からだよ。

小さい頃は貧乏で、だから僕が雑誌とかで稼いでたんだ。その後、僕の父親と離婚をして再婚をした。

おかげで、今はそこそこの生活が出来る様になったけど。義理の父親が仕事を応援してくれるから、

辞めるわけにはいかないだ。」

「そうだったんだ。」

篠宮君は何時になく饒舌だった。

酷くストレスが溜まっていて、話をしたい気分なんだろう。

そうして、彼はこう言った話を私が誰かに話さないと信頼している。


私と同じように。

それが嬉しくて心臓をお湯に浸らせた様な気持ちになった。


「お母さん、心配だね。」

「うん。聞いてくれてありがとう。ちょっとすっきりした。」

良かったと言って私は電話の向こう側にいる篠宮君に伝わらないぐらいの微かさで笑った。


授業も終わり、私が下校準備をしていると担任の先生に声をかけられた。

「伊都橋は確か、篠宮と家が近かっただろう?」

「はい。そうですが何か?」

「これを持って行ってやってくれ。」

差し出されたのは束になっているプリント用紙だ。

中には保護者に見せなくてはいけない物もあるので、彼に届ける必要があるのだろう。


「分かりました。」

私は静かに頷くと、それを受け取った。

「後、篠宮にもっと学校に来いと伝えてくれ。この学校が寛容だと言っても限度がある。」

「はい。」

篠宮君、先生に目を付けられてピンチよ。

私は胸中そんな事を考えながら、くすくすと笑っていた。


その様子を美幸が冷たい目で見ていた。

私はそれに気が付きながらも、独り静かに教室を出て行った。


彼の家の最寄り駅で電車から降りて、記憶を辿りながら目的地を目指していた。

篠宮君と会えるのは久しぶりで、私の気持ちは弾んでいた。


道のりの途中に小さな商店街があり、そこで篠宮君の顔を見た気がして足をとめた。


小さな家電販売店の店主が怪奇趣味なのだろう。

商品のテレビに、少し前に放送された彼が出演したホラー番組を録画した物が映っていた。

私はテレビを余り見ないので、ついまじまじ見てしまった。


彼は何処かの心霊スポットに実況中継をしていて、結局は何も起らなかったという形で番組は終了した。

盛り上がりの欠ける終わり方をした番組に私の目が釘付けになった。

最後に実況を終了しますと頭を下げた篠宮君に痩せこけた髪の長い女性がびっちりと絡み付いていたのだ。

あっという間に楽しい気持ちが霧散した私は反対に背骨が冷却された様な寒気を感じた。

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