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13.接近

私は篠宮君からお守りを貰った日から、

他人の心の声で悩まされてしまう事はなくなっていた。

同時にあの黒い男も私の周りに時折現れるだけで危害は加えてこなかった。


しかし、反対に篠宮君は災難続きだった。

最初はボールペンや消しゴムと言った、些細な物が無くなる事から始まったのだと言う。

次に体育の時間の前に体操着に着替えようとしたら、泥塗れになっていたらしい。

更にその次はバケツの水が上から降ってきてびしょ濡れになったとの事だ。

最後に間一髪で避けたものの、真後ろに花瓶が落ちてきたと彼は語った。


「えー。危ないじゃない。」

美幸は猫の様に目を見開いて叫んだ。

今日も3人でお昼を食べている。

篠宮君は男子との付き合いもあるが、

出来るだけ私とご飯を食べるようとしてくれている。


「そうだね。でも、テレビに出ていると嫌がらせも多いし。」

既に慣れ切ってしまっているかのように彼は肩を竦めた。

私と美幸は顔を見合わせた。


「何か出来る事があったら、言ってね。」

そう言うと、彼は嬉しそうに目を細めた。

横を見ると美幸がニヤニヤした顔で見ていた。


「ねえ、二人って本当に付き合っていないの?」

「付き合ってないよ。気の合う友達。」

篠宮君は恥ずかしがりもしないで、さらっと言った。

多分、この人のこう言う所がモテるんだろうな。

私がしみじみと篠宮君の整った容貌を見ていたら、彼と目が合って微笑まれた。

反射的に私が微笑み返すと、美幸がまた騒ぎ始めた。


「ほらー、二人だけの世界を作っている!」

「「そんなことはないよ。」」

篠宮君と私の声が揃った。

それが親密さを強調しているようで何だか困ってしまった。


「まあ、本当に付き合ってないなら気を付けてよね。」

そう続けた、美幸の意味深な言葉を私は聞き逃してしまった。

その事を私は後で悔いることになる。


「聖那。せっかく買ったパン、食べないの?」

美幸に顔を覗きこまれた。

実を言うとさっきから頭痛がして食欲がないのだ。


「うん、ちょっと気分が悪くて。保健室行ってくるね。」

「平気、付いていこうか?」

心配そうな顔をしてくれた篠宮君には大丈夫よと返して、私は彼等と別れた。


保健室に向かうべく、廊下に出ると一気に頭痛が酷くなった。

昼休みだけ休ませてもらおうと思ったが、それだけでは済みそうにない。

殆ど這いずるようにして保健室に行くと、先生には病弱な子認定されていたらしく、

すぐさまベッドに案内された。


ねえ、なんでおれといっしょにいてくれないの?

いつもいっしょにいるおとこにわたされたものはこわしたよ。

あんなものひつようないだろう?

おれのことばをきいてよ。

ねえ、ふりむいて。

どうして?


私が目を開けると既に夕方だった。

今日の授業は全て終わってしまっただろう。

そう思って外に目を向けていると、急に窓に手形が押し付けられた。

そこに現れたのは、何時かホームに居た黒い服の男で食い入る様な眼差しでこちらを見ていた。

彼の視線が私の顔から胸にそして腰に移動していくのを感じ、堪らなく気持ちが悪かった。


そうして男がにんまりと笑ったのを切欠に私は小さく叫び声をあげてしまった。


「どうかしたの?」

そう慌てて駆けつけてくれたのは保健室の先生だった。

窓を見ると男は既にいなく、べったりと残った指紋だけが彼の存在を伝えていた。


「いいえ、何でもありません。ちょっと寝惚けていただけです。」

私がそう作り笑いで返答しても、先生の心配そうな眼差しは消えなかった。

一体どうしたんだろう?内心、首を傾げていると向こうから切り出してきた。


「貴方、何か悩み事でもあるの?顔色が悪いわよ。」

「いいえ。単純に体調不良のせいでしょう。」

私がそう答えると、先生はだったらいいけどと言って踵を返した。

多分、彼女は良い教師なのだろう。

それでも、私の能力について打ち明ける気にはなれなかった。

この学校で知っているのは篠宮君だけでいい。

そう思ってポケットにある、お守りを取り出してぎょっとした。


彼に貰った大事なそれが焼け焦げた様に真っ黒になっていたのだ。


私がショックを受けていると、先生は職員会議があると言って出て行ってしまった。

そこに入れ違いの様に来たのが篠宮君だ。

迎えに来てくれたらしく、私の鞄まで持って来てくれた。


「篠宮君、ごめんなさい。せっかく貰ったのにお守りを駄目にしちゃった。」

「何が起きたの?」

彼に焼き焦げたお守りを見せると、驚いたように目を瞬かせた。


「貴方が嫌な目に遭っているの、私の所為かも知れない。

最近、妙な男の幽霊に付き纏われていたの。

美幸に言われて気が付いたんだけど、

篠宮君と私は付き合っているみたいに見えるんでしょう?多分、それで…。」

「成程、それでお守りが焼けたのか。」

そう言う彼の横顔には嫌悪の欠片も感じられない。

普通、他人のせいで巻き込まれたら嫌な顔をするんじゃないか。


「怒らないの?」

「どうして、僕が怒らなくちゃいけないの?」

「だって、私のせいで…。」

そう続けると、篠宮君は納得がいったように頷いた。


「別に大したことはないよ。こんなこと、日常茶飯事だし。」

「それでも、私は助けられてばかりだわ。」

「何時か伊都橋さんが僕を助けてくれるかもしれない。難しく考えすぎだよ。」

彼はもう帰ろうと続けると、保健室から出て行ってしまった。

私はその後を追いかけながら、篠宮君に出来る事がないか考えずにはいられなった。

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