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11.異変

最近、私の視界は可笑しい。

段々と妙な物が視える確率が増えてきた。

そうして、決定打が起きたのは今日の事だった。


私は何時もと同じように、朝は学校に向かう為に電車に乗っていた。

その時は車両点検のため、一時駅で電車は停車していた。

その時、窓越しに向こう側のホームにいた知らない男の人と目があったのだ。


年齢は20代前半ぐらい。

私は普通の大学生だろうかと思った。

社会人と言うには服装がラフで黒で全身を統一している。

中肉中背で眼鏡を掛けているのが唯一の特徴の何処にでもいる様な男性だ。


彼は私を酷く熱のこもった眼差しで見詰めてくる。

私も何処かに違和感を感じて、じっと目を凝らした。

視界を下ろすと日向にいる男が他の人にあるものがないのに気が付いた。


男に影がないのだ。

彼は口をニィと緩ました。

この人は生きている人間じゃない。

分別が付いてからは人か幽霊かどうかを分からない事はなかったのに。


私は口の中が急速に乾いていくのを感じた。

どうしようこのままじゃ、小さい頃と同じように…。


「ねえ、大丈夫かい。顔が真っ青だよ。」

いきなり腕を掴まれた。

相手は40代ぐらいのサラリーマンの男だ。

私が露骨に体を竦ませたからか、彼は怪訝気に顔を顰めた。


全く最近の若者は。

体調が悪そうだから、声を掛けてやったのに。

セクハラでもされると思ったのか?びくつきやがって。


サラリーマン風の男の口は動いていない。

そもそも、声と言うよりも脳に直接が届く感じなのだ。

私は何がんだか分からなくて、無理やり腕を振り払うと車両から出て行った。

失礼な態度を取ってしまったと後悔しつつも、私はできるだけ人気のいない車両に乗り換えた。


運良く空いていた席に座ると強烈な吐き気が襲ってきた。

私は両手で自分を守るようにして抱きしめると、

今日は学校の保健室で休ませてもらうと決心した。


余りに私の顔色が酷かったからだろう。

保健室の先生はベッドを使う事をあっさりと承諾してくれた。

私は倒れ込むようにして横たわると、あっという間に意識を手放した。


ゆめのなかでわたしはおとことふたりきりだ。


ふたりでいるならさびしくないだろう?

おとこはどこかはずんだようなこえでいった。


あなたとふたりだけだからさびしいのよと、

わたしはしずかなこえでかえした。


私が目を醒ますと既に一時限目は終わっていた。

頭がくらくらして、まだ私が本調子ではないことを悟った。


「聖那ー。いる?」

この保健室に不似合いな明るい声は美幸だ。


「ここにいるわ。来てくれたのね。」

彼女は、随分心配そうな顔をしていた。

私はそれにくすぐったくなるような感覚を覚える。


「具合、悪いんだって、大丈夫?」

「平気よ。随分良くなったわ。」

「本当に?」

美幸はまるで見透かそうとするかの様に見詰めてきた。

私は彼女の子の視線に弱い。内心、困ってしまった。


「大丈夫そうなら、教室に一回戻ろうか。

駄目そうだったら、今日はもう早退をしなさい。」

保険医の先生だった。

今の会話を聞いていたのだろう。

他にも具合の悪い生徒は来るだろうし、

私が何時までもベッドを占領しているわけにもいかない。


その提案に頷いて、私は教室に行く事になった。

美幸と私が揃って廊下を歩いていると、彼女が私の顔を覗きこんできた。


やっぱり顔色が真っ青。無理にでも休ませればよかった。

その言葉は私の頭の中に泡の様に湧いてきた。


「美幸、今何か言った?」

「ううん、何も。」

彼女はそう言って首を振ると、

私の数歩先に進んでそんなことより、と声を張り上げながら振り返った。


「聖那ったら無茶をしちゃって。具合が悪いってはっきり言えば、休ませてくれたかもよ?」

「本当に平気なのよ。寝かせてもらったし、何時までも居る訳にいかないでしょう。」

私がそう言うと、美幸は口を尖らした。

それから彼女は大きく溜息を吐いてこう言った。


「すぐそうやって、独りで抱え込むんだから。

あーあー、こう言った時に篠宮君が居れば頼りになるのに。」

「今日は、彼はお休みなの?」

「仕事なんだって。」

「そっか。」

篠宮君もまだ学生なのに大変だ。

私はまだこの時はそんな事を呑気に考えていた。


クラスに入った瞬間、私を襲ったのは音酔いに良く似た感覚だった。

音が飛び跳ねて、立っている地面がぐらぐらと揺れている感じがする。


この人、格好良くない?

ああ、このモデル可愛いよな。

昨日寝てないんだよな。ダリイ、早く帰りたい。

次の授業は数学だっけ、小テストの予習しておかなくちゃ。

ちょっと可愛いからって、調子に乗ってムカつく。ハブろうかな。


声声声声声

声声声声声声声声声声

声声声声声声声声声声声声声声。


大体クラス30人分の声に揺すられて、私はゆっくりと血の気が引いていく様な感覚を覚えた。

急に体だけが冷たくなって行って、心臓だけがドキドキと妙に五月蠅い。


私のクラスは元々静かな方で、ここは大人しい子の集まりだと言われてきたのに。

今日はおかしい。いや、おかしいのは私だ。多分これは人の声じゃない。


「ごめんなさい、美幸。ちょっと保健室に忘れ物してきちゃった。」

「そうなの?いってらっしゃいー。」

もう、聖那ってば慌てん坊なんだから。

そんな声も続けて聞こえた。

だが、彼女の口は動いていない。

これは多分、心の声だ。


とにかく、独りになりたかった。


保健室には先生がいる。

美幸にはこんな所を見せる訳にいかない。

私は誰も使われていない教室に入ると、その場で蹲ってしまった。


とにかく形勢を立て直す必要があったのだ。

大きく息を吸って、吐いて。大きく息を吸って、吐いて。

そんなことを繰り返している内に、段々と息が整ってきた。

心臓の鼓動が緩やかになる。

多分、私の例の体質が酷く過敏になっているのだ。

でないと、この現象に説明がつかない。


その結論に辿り着いた私は頭が真っ暗になった。

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