10.話
今日は美幸と篠宮君と私で久しぶりにお昼を食べることになった。
彼は最近クラスに馴染んできて、男子ともご飯を食べるようになったので久しぶりだ。
昨日の一件があったからだろうか、篠宮君は以前にましてなるべく私の側にいる様にしている。
「で、篠宮君とは仲直りしたの?」
「だから、喧嘩なんてしてないってば。」
篠宮君は購買でご飯を買ってくると言って席を外しているので、今は私と美幸の二人きりだ。
彼女は大変ニヤニヤした目で私を見詰めてくる。
「ふーん?にしては急にベタベタし始めたよね。
擦れ違いからのゴールイン的な王道ラブコメでもしてたのかと思った。」
「そんなことしてない。」
「即答?何か怪しいー。」
美幸は笑いを堪えている様な表情で私を見てくる。
妙にしつこく絡まれて、私は頬を膨らませた。
その様子を見て彼女はくすくすと笑った。
「篠宮君はそう言うのではないのよ。」
「うんうん。そう言うことにしといてあげる。」
美幸はやけに楽しそうにそう言った。
違う。違うはずだ。
奇妙な経験をしている同士、良い理解者になれるかも知れないが…。
篠宮君と私は同じ共通点を持った、ただの友達だ。
というかそもそも。
「彼って恋人とかいるんじゃないかしら?」
「私の情報網には引っかかんないけど。絶対いたら話題になってるよ。」
そう、彼は芸能界にも出入りしている人で綺麗な人を数えきれないぐらい見ている筈だ。
そんな人を好きになっても辛いだけだ。
だから意識をしない。
「盛り上がってるね。何の話?」
「「いいえ、何でも」」
美幸と声が揃ってしまった。
本人がいない所での噂話は何処か後ろめたい。
そんな私達に篠宮君は不思議そうな顔をして、首を傾げた。
「あ、そうだ。病院に入院してたコーラス部の部長が意識を取り戻したって。」
美幸が慌てて話題を変える。
コミュニケーション能力の高い彼女らしい。
篠宮君なら上手に便乗するだろう。
「そっか、良かったね。」
「本当に。」
声が感慨深かったからか、彼と目が合った。
篠宮君はちょっと目を細めると、私は黙って頷いた。
二人だけの世界だねーと言いたげににやにやと見守っていて、しまったと思った。
「そう言えば、噂の放課後の歌声聞けなくなっちゃね。」
美幸の追及を逃れようと、私は慌てて話題を提供する。
こう言うのは得意ではないが仕方がない。
「一体誰だったのかな。私、聞けなかったんだよね。
一回でいいいから、聞きたかったな。」
コーラス部の部長が私の声を使って歌っていまいた。
霊体になった彼女の歌声なら聞いた事があります、とは言えない。
「僕も結局聞けなかったんだよね。綺麗だって評判だったけど。」
「上手く言えないけど、凄く優しい声だったよ。」
私がやや熱を込めて言うと、篠宮君と美幸は顔を見合わせた。
「これはよっぽどだったんだね。」
「うん。いつも澄ましている聖那がこれだもん。」
彼等は頻りに頷き合っていて、
私は日頃の自分の愛想のなさを反省するはめになった。
放課後も篠宮君と一緒に帰ることになった。
美幸には、にこやかに見送りをされた。
絶対に誤解されている。
「ねえ、今日は何処かに立ち寄らない?」
「いいけど。何処に行くの?」
「うーん。ゲーセンはどう?クレーンゲームで好きな物を取ってあげるよ。」
彼はとても楽しそうに笑った。
こうして私達はゲームセンターに行く事になった。
私が冗談で取って欲しいと言った、
大きなクマのぬいぐるみを躍起になって取ろうとした篠宮君は妙に子供っぽくって可笑しかった。
彼は社交的で屈託がなくて、意外と強引だったり、卒がないかと思ったら空回ったりする。
今日は新しい情報として子供みたいな面があると言う事を知った。
多分、それは私も一緒で奇妙な親近感を感じた。
篠宮君の健闘のおかげで手に入れた大きなクマのぬいぐるみを私は両手に抱えながら帰りの電車に乗った。
彼は自分が持つと主張したのだが、私の物は私が持たないといけないだろう。
そう言うと篠宮君は真面目だなと言って苦笑した。
「伊都橋さんはこれからどうするの。時間が余ってるなら家に来ない?」
「いいけど…。」
私がそう言うと篠宮君は嬉しそうな顔をした。
この人は私の性別を分かって言っているのだろうか。
前回、家に招かれた時は特別な状況だったので仕方ないが…。
その内、勘違いした女の子に刺されそうで何だか心配になってきた。
コミュニケーション能力が高いのも、異性に隔たりがないのも善し悪しである。
丁度、彼のお母さんは不在だった。
篠宮君の部屋に通されると、彼が前回と同じように飲み物を準備しに出て行った。
何だか、前回とはまるで違った気持ちで来ている自分が不思議だ。
それから、私と彼は特に何をする訳でもなく話をしていた。
篠宮君は芸能界での噂話をあれこれや、最近どうにかクラスに馴染んできたという話をした。
私は時折相槌を打ちながら、静かに聞いていた。
当たり前だけど、彼の話しを聞いていると彼の欠片が分かるようで楽しい。
「同世代の友達とあんまり遊んだ事はなかったからね。今日は楽しかった。」
篠宮君はぽつりと零した。
私はきょとんとして尋ねた。
「前も遊んだ事があったじゃない。」
「あれは伊都橋さんに興味があったから断らなかったんだよ。あの頃はもっと素っ気がなかっただろう?
やっと仲良くなれた気がする。今まで付き合いは仕事先の年上の人が中心だったし。
やっぱ、テレビに出ているとクラスの人達に距離とか置かれるしね。」
そう、静かな声で語る彼を黙って私は眺めた。
「仕事は小さい時からだっけ?」
「うん。小さな子供の時から。その頃は雑誌モデルをやっていて結構人気だったんだ。
けど、成長するにつれて仕事が減っていってね。マネージャーさんが偶然妙な物を視えることを知って、
そっち方面で売りださないか提案されたんだ。そのおかげで、ちょっとは稼げるようになったけど。
母親は良い顔をしない。父親は応援してくれるけどね。お前は特別な子なんだから頑張りなさいって言ってくれた。」
篠宮君は困ったように微笑んで自分の打ち明け話をしてくれた。
彼が自分の口で語ってくれたのは、多分私に自分の事を知って欲しいからだろう。
篠宮君だけ自分のことを話させて、自分は何も語らないと言うのも誠実な関係ではないような気がする。
「私も昔ー。」
「いいよ、今度は焦って失敗したくないから。
待っているから、いつか伊都橋さんに何があったのか話して。」
そう言って微笑んだ彼はただ優しげだった。
彼は私の事を知りたいと思ってくれているのだろう。
篠宮君に私の悲惨としか言えない過去の話をきちんとする事はあるのだろうか。
今だって、全部を話す勇気は持てなかった。
それでも、いつかきっと。




