1.秘密
紀代乃岡学園高等学校では中高一貫校であり、俗に言う富裕層の家庭の人間が通う所として有名だ。
内情もそれを裏切ることなく、殆どが資産家かそれ未満の家庭で育った子供たちだ。
充実した施設環境や高級を払って雇われる教員たちに緩やかに囲まれつつも、
彼等は恵まれた立場の人間から来る伸びやかさで青春を謳歌していた。
伊都橋 聖那は学園の生徒の一人だ。
彼女は、何処にでもいる普通の女子高生として周囲に認識されていた。
高等部からの中途編入はやや珍しいと言えたが、それは他にもちらほらといた。
英語教育が有名なこの学校は遠方から通学して来る子供も少なくなく、彼女もその一人だ。
容姿は派手さが欠けているが整っており、肌の白さも相まって陶磁器の人形めいた印象を与える。
肩よりやや下に届くぐらいのストレートの黒髪は余計にその印象を強めていた。
テストの点数は歴史と国語を除いて、ほぼ平均点で取り立てて人の記憶に残る程ではない。
友人は少ないがいないわけではなく、常に同じグループに所属している。
無表情に加えて静かな雰囲気を持っていたが、面倒見の良さによって人からささやかな好意を持たれた。
彼女はとても上手に日常に溶け込むことに成功していたと言える。
「ねえ、聖那の好きな人ってどんな人?」
美幸は明るい声で私に尋ねた。
彼女はとても天真爛漫で誰とでも仲良くなれた。
同じグループ内とは言え、やや距離があった美幸の質問に一瞬考え込む。
すきなひと、好きなひと、好きな人、
思考が一周回り、そのタイプすら思い浮かばなかった自分に驚いた。
仕方がないので机の上に広げてあった雑誌を苦し紛れに指をさす。
「そうね、この人かな。」
その男は、今流行だというアイドルグループの一人だった。
同じような茶色い髪に似たような格好をしている彼等の中で、笑顔が爽やかで辛うじて好感が持てた。
「へー、意外。聖那の好みって、もっと真面目そうな人かと思った。」
何か親近感を持っちゃった、そう美幸ははしゃいだ声をあげた。
私は少しばかりの罪悪感を覚えつつも、仕方のないことだと割り切っていた。
彼女の後ろにいる足のない男は暗い瞳でその様子を見詰めている。
成人して見える彼は、セキュリティの高いこの学園で誰にも咎められない。
それは当然の話で監視カメラにも映らず、私以外の人間の目に触れる事もないのだから。
その社交範囲の広さもあって美幸はとてもモテる。
中には社会人と付き合っていると言う噂もあって、どうやらそれは本当だったようだ。
最もあの様子を見ると多分彼は酷いやり方で振られた様だけど。
しかし、未練が残っているようでその残留思念が彼女に絡みついているのだ。
年若い彼女に縋りついている様子の男は何処か憐れみを誘った。
しかし、可哀相な彼が時間を掛けて、
ゆっくりと薄くなっていくのを私は見守るしかなかった。
例え美幸自身に訴えた所で耳を傾けてもらえるどころか、冗談で済まされる可能性が高い。
下手をすれば気味悪がられ、遠巻きにされる様子が眼にありありと浮かんだ。
彼女は教室内でも力を持つ方であり、集団でのいじめの引き金にすらなりかねないのだ。
穏やかな学校生活を送るには目立たない人間でいることが何よりも大事だと言う事を私は理解していた。
その為にわざわざ電車で2時間もかかるこの学校に進学したのだ。
奇妙なものが見えると言う自分の秘密を誰にも悟られる訳にはいかなかった。