おそろしい子
「おはよう、母さん」
その言葉を聞いた時、私は持っていたお皿を落としてしまった。
なぜなら、今は日曜日の早朝。
健全な高校生だったらまだ眠っている時間帯だったからだ。
いや、娘は平日でもこの時間はまだ眠っている。
にも関わらず、日曜日に自分の力で起きてきた。
お そ ろ し い 子 !
「おはよう、くるみ。今日は早いのね」
落としたお皿を拾い上げ、もう一度食器洗剤で洗う。
さすがチタン製。落としても割れない優れもの。
物を落としやすい私のために、娘のくるみが買ってくれたものだ。
そんなくるみが笑顔で言った。
「うん、今日は演劇部の稽古なの」
「け、稽古!?」
またしてもお皿を落としてしまった。
くるみの口から演劇部の稽古なんて言葉が出て来るなんて。
お そ ろ し い 子 !
というか、演劇部だったなんて初耳だわ。
「くるみ、演劇部だったの?」
「うん、言ってなかったけど」
演劇部だったことを今日まで隠し通せてたなんて。
お そ ろ し い 子 !
「それにしても稽古って……あなた、もしかして演劇で役をもらえたの?」
「うん、ようやくね」
なんてこと!
お皿だけじゃなくコップまで大量に落としてしまったわ。
「ちょっと待って、くるみ。あなた演劇部に入って何年目?」
「高校入学と同時で今が高2だから……1年とちょっとかな」
1年とちょっとで演劇の役を射止めるなんて……。
お そ ろ し い 子 !
「すごいわ、くるみ! すでに役をもらえるようになったのね! どんな役なの?」
「えーとね、ヒロインの周りを飛び回るヒツジの役」
ヒツジの役!?
ヒツジの役ですって!?
人間なのにヒツジの役を任されたの!?
お そ ろ し い 子 !
「すごいじゃない、くるみ! ヒツジの役だなんて、母さん鼻が高いわ」
「全然すごくないよ。セリフも一言だけだし」
「どんなセリフ?」
「たいしたことないセリフだよ」
「教えて」
「えー、舞台女優だった母さんの前で言うの?」
「ほら、アドバイスとかできるかもしれないし」
「う、うん、じゃあ……」
くるみはコホンとひとつ咳をして言った。
「こ、この草はいつ食べてもウンメェ~」
この草はいつ食べてもウンメェ~!?
この草はいつ食べてもウンメェ~!?!?
なんてこと!
目の前で草を食べながら飛び跳ねるヒツジが見えたわ!
お そ ろ し い 子 !
「すごいわ、くるみ! これならヒロインもかすんじゃうわね!」
「そ、そうかな?」
「そうよ! ヒツジ女優賞はくるみに決定間違いなしだわ!」
「そんな賞ないんだけど……」
ああ、高校2年でヒツジ女優賞だなんて……。
お そ ろ し い 子 !
「ところで母さん。父さんは?」
「ああ、あの人は今、ハリウッドで助演男優賞をもらったとかでアメリカにいるわ」
「アメリカ!? っていうか、助演男優賞!? さすが父さんだね」
「何を言ってるの。くるみのほうがずっとすごいわ! 演劇でヒツジの役を射止めたんですもの!」
「いや、普通に考えて父さんの方がすごいと思う」
自分のことよりも他の人をそんな風に思うだなんて。
お そ ろ し い 子 !
「とりあえず今日は時間ないから朝食いらない」
「朝食も食べずに行くつもり?」
「コンビニで何か買って食べるよ」
演劇の稽古に向かう途中のコンビニで朝食をとるだなんて。
お そ ろ し い 子 !
「わかったわ。それじゃあお稽古頑張ってちょうだい」
「うん。それじゃあいってきます」
家を出る時にきちんと「いってきます」を言えるなんて。
お そ ろ し い 子 !
「あ、待って!」
「何? 母さん」
「寝ぐせがついてるわ」
「え? ほんと!?」
寝ぐせに気付ず行こうとするだなんて。
お そ ろ し い 子 !
「ブラシを持ってきてらっしゃい。整えてあげるわ」
「いいよいいよ、どうせ誰も気にしてないよ」
寝ぐせを気にせず行こうとするなんて。
お そ ろ し い 子 !
「ダメよ、母さんのほうが心配になっちゃうから。ブラシを持ってきてらっしゃい」
「う、うん、わかった」
そう言ってくるみが持ってきたのはデッキブラシだった。
ブラシはブラシでも、床をゴシゴシこするデッキブラシを持ってくるだなんて。
お そ ろ し い 子 !
「くるみ、これはデッキブラシよ」
「あ、ほんとだ。ごめん」
そう言って次に持ってきたのはブラシではなくタワシだった。
ブラシじゃなくてタワシを持ってくるなんて。
お そ ろ し い 子 !
「もういいわ。時間ないでしょ? 行きなさい」
「うん、じゃあ行ってきます」
そう言って外に飛び出して行ったくるみは、パジャマ姿だった。
着替えもしないで行くだなんて。
お そ ろ し い 子 !
「あ、ごめん。よく見たらパジャマだった」
そしてすぐに引き返してきた。
お そ ろ し い 子 !
このお母さんは普段から白目です(笑)