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許さない女

「許さない」と妹が言った。

「何が?」とオレが尋ねる。


 妹は買って来たばかりの弁当の袋をひっくり返して「箸が入ってないのよ、箸が!」とわめいていた。

 どうやら弁当屋でオレが買ってきた弁当に箸がついてなかったらしい。

 オレは思わずため息をついた。


「なんだ。箸くらいいいじゃないか」


 確かに弁当屋での箸の入れ忘れはどうかと思うが、それで弁当が食べられないわけではない。

 箸なんて普段うちで使ってるものを使えばいいだけだし。


 しかし思春期真っただ中の妹の怒りはおさまらないようで、「抗議してくる!」と言ってすぐに家を飛び出して行った。


「お、おい!」


 オレは慌てて追いかけた。


 妹は華奢な身体つきながら空手部に所属している。

 だからというわけではないが、気に食わないことがあれば口より先に手が出る性格たちだ。

 先日も街の不良たちを「なんかムカつく」という理由だけでフルボッコにしていた。


 たかが箸。

 されど箸。


 お弁当に箸がついてなかったという理由だけでも弁当屋の店員が危険だった。




 走り続けること数分。


 ようやく弁当屋に到着したオレの目の前には、思った通りの地獄絵図…………ではなく、キャピキャピと店員と話をする妹の姿があった。


「えー、やだー。まさか笹原センパイがここでバイトをしてるだなんてー。知りませんでしたー♡」


 家でも聞いたことのない猫なで声でカウンター向こうの店員に話しかけている。

 相手はオレが弁当を買った時に対応していた店員だ。

 爽やかな好青年だったが、どうやら妹の知り合いらしい。

 よかった、これで妹が店員に鉄拳制裁する地獄絵図は回避された。


「うちも家計が厳しいからね。少しでも親の負担を減らしたいから」


 眩しいほどの好青年が眩しいほどのセリフを吐いている。

 それを聞いて妹は「はうう、さすがセンパイですぅ♡」と腰をくねくね動かしていた。


 なんなんだ、こいつは。

 気持ち悪すぎるぞ。


 しかしセンパイと呼ばれた店員は気にすることもなく「ところで」と言った。


「今日はどうしたの? もしかしてうちで弁当の注文してくれるのかい?」

「はい♡ センパイのお弁当、食べたいですぅ」


 はい♡ じゃねーよ。

 オレが買った弁当が家にあるだろうが。


 オレはすかさず妹と店員の間に割り込んで言った。


「いや、弁当はいいです。さっき買ったんで」

「あれ? さっきのお客さん」


 妹は慌てふためきながら「お兄ちゃん!?」と叫んでいた。

 オレは無視して続ける。


「すいません。こいつ、オレの妹なんです。弁当はさっき買ったのありますんで」

「ああ、お兄さんだったんですか。初めまして。空手部主将の笹原です」


 爽やかな好青年が爽やかに挨拶をしてくれた。

 CMにでも起用されそうな眩しい笑顔だった。

 男のオレでも思わずグッとくる。

 妹が惚れるのも無理はない。


「それでどうされたんですか?」


 笹原店員に聞かれてオレは言った。


「ああ、さっき買った弁当、箸がついてなかったんですよ」


 その言葉に笹原店員の爽やかな笑顔がサアッと青ざめた。

 どうやら思いもよらないクレームだったらしい。


「ああああ、も、も、も、もしかして箸を入れ忘れてました!? 申し訳ございません!」


 ぺこぺこ頭を下げる笹原店員。

 気の毒なほど恐縮しまくっている。

 何度も何度も頭を下げながら割り箸を二本手渡してくれた。


 別にそこまで申し訳なさそうにしなくても……。


 と思っていると、横から妹が声をかけてきた。


「お兄ちゃん……」

「おう、よかったな。ちゃんと箸もらえたぞ」


 笹原店員からもらった箸を見せると、直後、妹の鉄拳がオレの顔面に炸裂した。


「げぼっ!」

「なにみっともないことしてんのよ!? 箸くらいいいじゃない!」


 ち、ちょっと待て……。

 それ、最初にオレが言ったセリフ……。


「ああああ、笹原センパイの前でこんなみっともない兄の姿をさらすなんて!!」


 さらに蹴り。

 さらにチョップ。


「ゆるさない! ほんとゆるさないんだから!」

「い、いや、ちょっと待って……ぐぼっ」

「このクソ! クソ! クソ兄貴!」

「ま、待てって……げぼっ」

「クソッ! クソッ! クソすぎるほどのクソ兄貴がッ!」


 さらに右ハイキックがオレの顔面に炸裂した。

 薄れゆく意識の中、オレは思った。



 クソはお前だ、と。

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