如月くんと弥生くん
人生楽ありゃ苦もあるさ。
誰の言葉かわからないけど、いいこと言うね。
まさに今のオレにぴったりの言葉だ。
人生、楽しちゃいけないんだよな。
楽は毒。
猛毒だ。
英語でポイズン。
ポイズンてつづりなんだっけ。
POIZUN?
POISUN?
いや違う。
絶対違う。
もっとほらあれだ。
もっと英語っぽい表記だ。
POWEZUNみたいな。
……絶対、違うけどな。
「おい、弥生。どうしたんだよ、浮かない顔して」
そのとき、ひとりの男子生徒が声をかけてきた。
さわやかイケメンの優等生、如月くんだ。
頭がよくって、運動神経も抜群で、クラスの女の子からめっちゃモテるヤツ。
まさに男の天敵。
こんな男と朝の通学路でかちあうとは。
なんて日だ。
「いや、別に。なんでもない」
オレはそう言ってそそくさと歩くスピードを速めた。
すると、如月くんも若干スピードを速めてついてきた。
なしてついてくる。
正直、如月くんとはクラスも違うし、そんなに仲がいいわけでもない。
「なんでもないってこと、ないだろ? すげえ暗い顔してるじゃん」
心配してくれているのか。
ありがとう。
学校一のイケメンであるキミに心配してもらえるなんて、それだけで生まれてきてよかったと思えるよ。
本当にありがとう。
じゃ、さよなら。
オレはダッシュで逃げ出した。
「ええっ!?」
如月くんのびっくりした叫び声が耳に突き刺さる。
どうやら、想定外の行動だったようだ。
その声に思わず振り返りそうになってしまった。
学校一のイケメンくんが驚く姿なんて、きっと誰も見たことはないだろう。
超激レア映像に違いない。
しかし、オレは振り返らなかった。
一目散にダッシュで突っ走る。
『過去は振り返らない男、それがオレ』
うん、いい言葉だ。座右の銘にしよう。
「なんで逃げんだよ」
「ぎょええええええ!!!!!」
オレは思わずガマガエルのような奇声を上げた。
気付けば、如月くんが余裕しゃくしゃくの顔で追いかけてきている。
さらさらのヘアーが朝の太陽できらきら輝いているところが、ちょっとムカつく。
「ななな、なんで追いかけてきてんだよ!」
オレはどもりながら逆に尋ねた。
「だって、弥生が逃げるんだもん」
「べ、別に逃げてねーし!」
「逃げてるだろ? オレが声かけた瞬間に走り出すなんて」
「なんだか無性に走りたくなったんだよ! 朝だしな!」
「弥生は朝になると無性に走り出したくなるのか?」
「そうなんだ。オレ、朝になると無性に走り出したくなるんだ」
「そうなのか。すごいな弥生は。ならオレも一緒に走っていいか?」
「………」
ダメに決まってんじゃん。
なんなのこいつ。
アホなの?
オレに気があるの?
なんでオレについてこようとすんの?
ねえ、教えて。
如月くんは言った。
「オレさ、こうして誰かと一緒に登校してみたかったんだよね。青春って感じでさ」
「あー……」
そうなのか。
オレはようやくわかった。
如月くんは、イケメンゆえに男の友達が少ない。
イケメンゆえに、という表現もおかしいけどそういうことだ。
彼のまわりにはいつも取り巻きの女の子たちがいる。
如月くんに近づこうものなら、ヘビの如く「シャー」と睨まれる。
過去、何人の男子生徒が心をへし折られたことか。
つまり如月くんは、男の友達が欲しいのだ。
それを考えるとちょっと可哀想に思えた。
「如月くん」
「なに?」
「オレ、如月くんのことちょっと誤解してたかも」
「誤解ってなんだよ誤解って。オレ、弥生に誤解されるようなことしてた?」
「ううん、全部オレの勘違い」
「そっか?」
オレは走るのをやめて立ち止まった。
ほんのちょっと走っただけなのに、息苦しい。
肩でハアハア息するオレと違い、如月くんは汗もかかずさわやかな笑顔をオレにむけている。
やっぱり、ちょっとムカつく。
「……如月くんさえよければ、毎日一緒に登校してもいいけど」
その時の如月くんの溢れんばかりの笑みを、オレは生涯忘れることはないだろう。
男のオレですらうっとりするほどの眩しい笑顔だった。
後光までさして見えた。
「ほんとか!? ほんとにいいのか!?」
「う、うん……」
「やった! すごく嬉しい! じゃあ今日から毎日一緒に登校しような!」
一緒に登校してもいいと言っただけでこの反応。
友達になろうと言ったら卒倒するかもしれない。
「ところでさ、如月くん」
「なに?」
「今度、中間テストじゃん」
「そうだけど」
「勉強教えてくれない?」
「うん、いいよ!」
その後、オレは放課後の図書室で如月くんから告白されるのだが、それはまた別のお話。
お読みいただきありがとうございました。