悩み
「はあ」
大きなため息をつくオレに、同僚の草木が声をかけてきた。
「どうした? 何か悩み事か?」
草木は面倒見がよく、後輩からもよく慕われているナイスガイだ。
仕事の手を止めてオレの顔を覗き込んできた。
そんな彼に、オレは首を振る。
「いや、悩み事ってほどでもないんだけどな」
声に力がなかったからだろう。
草木はイスを引いて近づいてきた。
「なんだよ、何か悩んでるんだろ? オレで良ければ相談に乗るぞ?」
「いや、お前に聞いてもわからないだろうしな。別にいいよ」
「おいおい、つれないなあ。オレとお前の仲じゃないか」
草木とはこの会社に入ってからずいぶんと長い。
だからというわけではないが、彼の顔は本気で心配してる目をしていた。
「じゃあ、笑わないで聞いてくれるか?」
「ああ、もちろん!」
「実は今日のランチ、カツ丼にしようか天丼にしようかで迷ってるんだ」
「……」
「とろーりたまごをとじた極上のカツ丼も捨てがたいし、サクサク衣の天ぷらがのった天丼も捨てがたいし。どちらにしようかで悩んでて、仕事に精が出ないんだ」
オレの言葉に草木は「なるほど」と答えた。
そして腕を組みながら「うーむ」と首をひねる。
時刻は11時55分。
あと5分で昼休みに入ってしまう。
それまでに決めないと。
このあたりの食堂は激戦区だ。
先に決めて猛ダッシュで駆けこまないと、待つ羽目になる。
お腹が空いてる状態で待つというのは地獄だ。
「草木はどっちがいいと思う?」
「オレは……海鮮丼が食べたいな」
こ、こいつ……!
まさかの別メニューを出してきやがった!
「か、海鮮丼?」
「マグロやイカの乗った海鮮丼が食べたい」
「ちょっと待て。ここに来て選択肢を増やすのは反則だろ」
「でもオレは海鮮丼が食べたい」
オレはさらに悩んだ。
時刻はもうすぐ12時になる。
早く決めないと。
「わ、わかった。じゃあ間を取って天丼ということで……」
「間を取るってなんだよ。あ、カレーもいいな」
「おおおおい! さらに選択肢を増やすんじゃない!」
結局、この日は昼休憩に入るのが遅れて二人そろってコンビニでおにぎりを食べる羽目になった。
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