占い師
一之瀬くるみは、「はあーーーー」と大きくため息をついた。
「どうしたの? いっちゃん」
そんな彼女に友人の二宮金子が尋ねた。
「あ。誰かと思えば、貧乏で家のお手伝いしながらバイトにも通って、インスタントラーメンと食パンを主食に生きているキンコちゃんじゃない。私の話、聞いてくれる?」
「うん、たった今、聞く気が失せました」
二宮金子は苦労人だ。
せめて娘には貧しくない生活を送ってほしいと、父が金子という変な名前をつけた。二宮という苗字もあいまって、二宮金次郎にちなみ『二宮きんこ』と呼ばれている。
「できれば、薪を背負って教科書読みながら登場してほしかったな」
「ケンカ売ってんのか、ワレ」
「ああ! お空に札束が浮かんでる!」
「え、どこどこ!?」
「ゲラゲラゲラ……。ウソよウソ。キンコちゃんは毎回、引っ掛かるから楽しいわ」
「ええ根性しとるやないけ、ワレ」
結局のところ、二人は仲がいい。
「ふんだ、もういい!」
金子がむくれるのを、くるみは「まあまあ」となだめた。
「聞いてくれる? 実は私、好きな人ができたの」
くるみの口から思いもよらないセリフが飛び出して、金子は「なぬ!?」と身を乗り出した。
「だれだれ? どこの人? 何年何組?」
「ヒントはねえ、日本人!」
全然ヒントになっていない。
「誰よ誰よ? 言っちゃいなよ。言っちゃいなYO」
「あんたは、どこぞのラッパーか」
くるみは恥ずかしそうにキョロキョロと辺りを見回した。
「誰にも言わない?」
「言わない言わない」
「ほんとに? 絶対? ウソつかない?」
「ほんとほんと。絶対」
「あかねちゃんにも? ゆみちゃんにも? 木下くんにも? はらたいらさんにも?」
金子は「うぜええええ」と思い始めた。
(ていうか、はらたいらって誰だよ!)
「えっとね、好きな人っていうのはねえ、2年C組の……真嶋センパイ! キャッ♡」
恥ずかしそうに顔を隠す、恋する乙女第一号。
「キャッじゃねえよ。よだれをふけ、よだれを!」
「あ、いけない。ジュルリ……」
彼女は純情そうに見えながらも、かなりの肉食系だった。
「真嶋センパイって、あまり知らないんだけど……」
「待ってて、今、写メ見せてあげるから」
そう言って、得意げに見せたのは、明らかに隠し撮りしたであろう写真の数々であった。
「ある時は教室のロッカーに忍び込み、またある時は更衣室のロッカーに忍び込み、またある時は真嶋センパイの家に忍び込み……」
「ちょまーーーっ! ストップストップ!」
慌てて止める金子。
両手で制しながら(ヤバいわこの子)と思った。
一之瀬くるみはもはやストーカーの域に達している。早急になんとかしなければ。
「そうだ、いっちゃん。最近この近くに占いの館ができたの知ってる?」
「占いの館?」
「そう。よく当たるって評判なのよ。そこで真嶋センパイとの恋愛を占ってみましょうよ」
「ほんと!? いくいく!」
金子は腹の中でほくそえんだ。
こんなストーカー女との恋愛などきっと上手くいくはずがない。よく当たると評判であるならば、なおさらその占い師にメタクソに言われるはずだ。
そうすれば、その先輩とのことはきっとあきらめてくれるだろう。
◇
放課後、二人はオープンしたばかりの占いの館へ足を運んだ。暗幕をはった真っ暗な部屋に、ぼんやりと蝋燭が灯っている。
二人は、ごくりと息を飲んだ。
「ようこそ、占いの館へ」
ぼんやりと姿を見せたのは黒いローブに身を包んだ怪しい男だった。暗いせいで年齢まではわからない。
「私が占い師のウラナイ・シローです」
うさんくさい名前が飛び出した。
「あの……、よく当たると伺ってますが」
くるみが緊張した面持ちで尋ねると、占い師はニッコリと微笑んだ。
「どうやら、そういうデマが飛び交ってるようですね」
(デマかよ!)
逆にダメじゃん! と二人は思った。
「でも、ご安心を。信じるも信じないも、あなたがた次第です」
「占い師の言いそうな言葉ね」
「私をそんじょそこらの占い師と一緒にしないでいただきたい」
その言葉こそ、そんじょそこらの占い師が言いそうなセリフだ。
「ただし、これだけは言っておきます。はずれても、私のせいではありません!」
「威張るな!」
金子は「はあああ」とため息をついた。どうやらとんだインチキ占い師だ。
「いっちゃん、帰ろう。あてにならないよ、こいつ」
「こいつとは聞き捨てならないな。私の占いにケチをつけるのならば、占ってからにしてもらおう」
「いえ、いいです。占ってもらいませんから。さようなら」
「待った待った待った! 今、帰られても、料金はいただきますよ」
「お金とるの!?」
「ここに来た時点で、料金発生してますからねぇ」
デマカセ太郎の目はすでに$に変わっている。
「キンコちゃん、せっかくだから占ってもらおうよ。大丈夫、お金は割り勘にするから!」
「割り勘なの!?」
この占い師も占い師だが、この女も強烈にあくどいな、と金子は思った。
でも、せっかく来たのだし、料金も発生しているということで、占ってもらうことにした。
「それで、何を占ってもらいたいのかね?」
くるみがもじもじしながら恥ずかしそうに伝える。
「えーと、恋が上手くいくかどうかを……」
「まさかの恋愛占い!?」
「まさかのってなに!?」
シローはがっくりとうなだれた。
「最近、この手の占いが多いんですよね……。どうせ、アレでしょ?愛しの彼との相性はどうですか的なやつでしょ?」
「うん、まあ、そうですけど…」
「はっきりと言いましょう。そんなの赤の他人に聞いてもわかるわきゃない!」
占い師とは思えない発言だった。
金子は、ダンッ! とテーブルを叩きつけて身を乗り出した。
「あんた、占う気あるの!? ないの!? どっち!」
「ぴえっ! ありますあります!」
シローは「あわあわ」と怯える手つきで大量のカードを取り出した。
「れ、恋愛占いでは、このカードを使います。いいですか、まずは、頭にあなたの好きな男性を思い浮かべてください」
くるみは、真嶋の姿を頭に思い浮かべた。
引き締まった胸板、ぶら下がれそうな二の腕、縦に割れた腹筋……。
更衣室で覗き見た真嶋の裸体が頭に浮かぶ。
「いっちゃん、よだれよだれ!」
「はっ!」
思わず、遠い世界へ旅立つところだった。
「ジュルリ、思い浮かべました」
「では、この中から好きなカードを選んでください」
くるみは、真剣に悩み、一枚のカードを手に取る。
「これだわ! なんか、これがいい気がしてきた!」
引いたカードをシローに渡すと、彼は明らかに青い顔を見せた。
「うっわ……」
「うっわってなんですか!? うっわってなんですかーッッ!?!?」
「あはは、なんでもありません、なんでも」
ものすごく不安な言葉を残して、カードを戻し勢いよくシャッフルを開始する。
「う、うん、もう一度、引いてみましょうか」
「よくなかったの!? もしかして、よくなかったのっ!?!?」
「大丈夫大丈夫、きっと大丈夫ですから。落ち着いてもう一度引いてみましょう」
シローが再度カードを差し出した。
「では、この中から一枚、引いてください。いいですか、真剣に相手の顔を思い浮かべてくださいね」
「は、はい!」
そっとくるみが一枚手に取る。そして、そのカードを目の前の占い師に手渡した。
そのカードを見た瞬間、彼はボソッとつぶやいた。
「うん。ダメだ、こりゃ」
「ええええっ!? 今、ボソッとなんか言いませんでした!? なんか、言いませんでしたあっ!!??」
シローは額に汗びっしょりかきながら、引きつった笑顔を見せた。
「あははは、大丈夫大丈夫。こんなカードごときで人生決まるわけじゃないんだから」
「占い師とは思えない発言!」
シローはカードをしまい、水晶を取り出した。蝋燭に灯された水晶が不気味に光る。
「じゃあ、こちらの水晶で占ってみましょう」
「水晶占いですか」
「ここに、手をかざしてください」
「こうですか?」
「…………」
水晶に手をかざしてみる。本格的な占いっぽくてくるみはドキドキしてきた。
しかし、シローは水晶の周りを探りながら、ボソッとつぶやいた。
「……スイッチが入らねえ」
「スイッチって……」
「えい、動け。えい、この」
そして、水晶をポカポカ叩きだす。
「あの、水晶って叩いても大丈夫なんですか?」
「ええ、大丈夫ですよ。水晶ですから」
ポカポカ叩きながら、ニッコリ微笑むうさんくさい占い師。
「えい、動きやがれ、えい。動け、このポンコツ」
「ポンコツってなに!?」
やがて彼は水晶の脇からぴょんと伸びているコードに気が付いた。
「あ、いっけね。コンセントが入ってなかった」
「てへへ」と頭をかきながらコンセントを差し込むと、水晶がぼんやりと光り出した。
「これ、電気製品なんですかっ!?」
「そうだよ。通販で買ったんだ。けっこう安かったよ」
もはや何でもアリだ。
「じゃ、手をかざして。占いますね。あぶらかたぶら~」
うさんくさい占い師のうさんくさい呪文が響き渡る。
「う、むむむ。見えます、見えますよ。あなた、恋、してますね」
「それについての占いなんですけど」
「あ、言い間違えました。あなた、恋、してますか?」
「なんで言い直したの!? てか、なんで映画のキャッチフレーズみたいな言い方してんの!?」
「あなたが好きな相手は……、ずばり人間です!」
「でしょうね」
「う、むむむ。ダメだ。これ以上は見えない」
二人は心の中で「ダメだこいつ」と思った。
「まあ、未来なんてわからないほうがいいんじゃない?」
「てめえが言うんじゃねえよ!」
結局、くるみの真嶋センパイストーキングは治る気配がなく、金子も「まあいいや」と傍観を決め込んだのであった。
ちなみに、ウラナイ・シローはその後、詐欺罪で捕まったという。
最後までお付き合いありがとうございました。つづきます!!