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6.溶けた鋼の理性とヒノキの棒

 相坂を送って家に戻ると、佳音がでんと待ち構えていた。

「何だよ。」

「可愛い妹に冷たいの、お兄ちゃん♪」さっきの会話を聞いていたのだろう、可愛子ぶりやがって気持ちの悪い。

 妹の佳音は12歳になる。外見は、中々可愛い。母親に似たのだろう、大きな目とやや大きな口は、話す度に白い元気な歯が覘いて健康的な印象だ。髪は、毎日時間をかけて丁寧にブローして、後頭部に艶やかな馬の尻尾をつけている。

 一言で言うならば健康的な美少女って感じだ。

 地味な父親似の俺から見たら、憎らしくなるが。因みに、年の離れた姉もいるが、そっちも母親似で中々の美人だ。

 だが、この見た目は健康美少女の性格の悪さは、実の兄である俺の折り紙つきだ。外面がいい典型的な内弁慶で、近所や学校では外見も内面も良いと評判だが、実際は、兄を兄とも思わぬ扱い。俺を同じ人間と思っているかどうかも怪しい。夜中に起こされてコンビニに肉まんを買いに走らされたり、傘を忘れたからと、学校まで傘を持って来させたり、夕飯の肉だけが無くなっているなど毎度の事だ。王様の耳はロバの耳という童話に出てくる理髪師の如く、俺の耳に学校の友達の悪口を言うだけ言ってスッキリして、他言するなと般若の顔で脅しつけてくる。自分の失敗を俺にかぶせて、代わりに親の雷を落とす、等々。

 こいつは、性格が悪いのだ。

 きっと、猫のように爪を研いで、俺の帰ってくるのを待っていたんだろう。

 俺は、佳音を無視して玄関を上がろうとした。すると、佳音はそうなさせまいとは行くてを塞いで玄関からあげまいとする。そのまま、顔を傾けて斜め上に見上げてくる。俺よりも頭一つ小さい佳音は、同級生の中では高いようだ。

「何か用かよ。」

 そんな手が通用するか。可愛いだけなら、先ほどの相坂の方が、数倍も可愛かった!特に性格が!

 不機嫌を全開に佳音をにらむ。さっきのメモリーをバックアップがとれなかった事も甚だ恨めしい限りだ。

「お兄ちゃん、さっきの女の人って彼女?いつから付き合ってるの?どっちから告白したの?今日何してたの?」

 佳音は、めげずに矢継ぎ早に質問しながらぐいぐいと俺に近づいてくる。というか、なんで俺の腰に手を回してんだよ。靴を脱げないじゃないか。

「煩いな、お前に関係無いだろっ!近づくなって!」

 腰に回した腕を外そうとするが、キャッキャッと笑って腕の位置を変えるだけで、外れやしない。いい加減になんなんだよ、こいつ。前はこういうじゃれあうのもよくあったが、最近じゃあ、全然近づいて来なかった癖に、急に甘えてきても嬉しくない。

 というか、キャミソールに短パンというよく見る部屋着なんだが、上から見えるソレが、さっきの相坂とリンクしてなんだかヤバい。お願いだから、ちょっと外して。というか、いくら兄妹とはいえ、玄関でいつまでもくっつくのはどうしたものか。

「ねえ、あの人ともうエッチしたの?」

 黙って笑っていた佳音がいきなり核心をついてきた。こいつ、きっとこれを言うために待っていたな。

「まだヤッてないわっ!」

「やっぱりね!このむっつりスケベ!さっき、彼女さんの足を見て欲情してたでしょっ!キモイ!最低!これが私の血の繋がった兄だと思うと、献血で血を全て寄付したいくらいに嫌だっ!早く死んでよっ!この腐れ童貞!今度、彼女さんに会ったら報告してやるからっ!」

 佳音は、楽しくて堪らないと言うふうに、俺へに侮蔑の言葉を次々と投げつけて、そのカモシカのような細い足で、音もたてずに軽やかに逃げて行った。

 俺は、その未だ玄関で靴を履きっぱなしで、口をあんぐりと開けて反撃もできずに突っ立ていたりした。

 妹に、さっきの欲情を見透かされていたのも恥ずかしい限りだが、その上、妹から童の貞であること馬鹿にされてしまった。

 まだ高校一年生なんだから、童貞で何がおかしい?

 童貞は罪なのか!

 いつ、お前に迷惑をかけた!

 ああ、なのに、なのに、何故なんだ俺。

 佳音以上に、俺は俺が憎い。

 何故俺は、妹の侮辱を受けて、マイサンが、ずんぐりと起立しているのだろうか。速やかにトイレにて処理をするように訴えているのだろうか。

 この信じられない現実に、俺の今までの自分の性癖がガラガラり音をたてて崩れていった。まさに、背景に効果音付きな感じで。

 俺って、もしかして罵声で止めを刺されたいM系なんでしょうか?

 いやいや、今までの映画鑑賞会のデータから、そういった傾向はなかったはず…。

 なら、結局は、極度の欲求不満なのか。

 色々理由を挙げてどうにか動揺から立ち直ると、俺は前屈みになりながら慎重にトイレまで行って、相坂フォルダから、先ほど覚えた脳内メモリーを再生。

 

 ぽく、ぽく、    ちーん

 

 スッキリした俺は、ようやくマイルームに戻れた。そこには、僅かに残る彼女の香り。

 相坂の座っていた座布団を抱えて、匂いを嗅いで、更に脳内メモリーにデータを追加していると、見計らったように相坂からメールが届いた。

 『無事に、家に着きました。駅まで送ってくれてありがとう。また、ゲームしようね。』

 所々、デコメで可愛らしく彩られたソレは、短い文章ながらも、相坂の素直な気持ちが伝わってくるようで、胸がじんわりしてしまった。そうして、彼女の座っていた座布団に顔を埋めていた自分が、急に恥ずかしくなってしまった。

 俺って、正真正銘の獣なのかもしれない。座布団を抱きしめて、しょんぼりと座っていると、再度メールが届いた。

 相坂からまた着たのかと、わくわくとメールを確認すると、

 『彼女の使った座布団を嗅ぐとか、マジでキモイんで、死んでください(^_^)/~。』という血も涙も無い文面だった。送付先を確認すると佳音になっている。背後を恐る恐る見ると、襖戸から、加乃がゴキブリを見るような眼差しでこっちを見ていた。


 ああ、鋼の理性ってどこで売ってるんですか?俺の、ヒノキの棒と交換して欲しいです。切実に。


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