31.エピローグ
久しぶりの学校は、まだ暑くて喧しかった。あの女子高の騒がしさとはまた違った、男らしい色合いの声があちこちで騒いでいる。
八月がまだ一週間あると言うのに、俺の学校は今日から二学期だ。葵の学校は、かっきり九月からと言っていたが、毎日登校している事実を思うと、大差無い気もする。
葵とは、交際の復活というか、健全な交際の再開となった。胸についても、土下座して謝ることでなんとか許してもらえた。
その代わり、胸を触るのは一年先という、拷問のような約束を守る事とになった。まあ、もしかしたら相坂の気持ちが変わるかもしれないし、相坂の胸が一年を待たずに大きくなることもあり得るだろう。
未来に、好御期待だ。
因みに、一ツ橋さんとは何も無いと言っていたが、あの変態ヤロー、半分本気だった、いや、全部本気で俺から自分に乗りかえろと言ってた気がする。相坂には、二人っきりにはならないように注意しているが、女子高の中では確認しようもない。
ああ、とっても心配だ。
葵からのおはようメールを見て、ニマニマしながら歩いていると、なんだか俺の教室の方が五月蠅い。
近づくと、入り口を塞ぐようにしてイインチョーと児島が立っていた。
「よお、久しぶり!何してんの?あ、俺に宿題借りようとしても無駄だからね。碌に埋めて無いから、こっちこそイインチョーのを借りようと思ってるんだから。」
「タカナシ…。」
イインチョーが、珍しく沈痛な面持ちで俺の肩をたたく。
「何があったか知らないが、俺はお前を信じている。」
児島も、反対の肩を叩いてくる。
「ああ、俺も何か理由があったと思っている。」
「ハッ?」
イインチョーと児島は、代わる代わる慰めの言葉をかけてくるが意味がわからない?
「何の事だよ?」
「いいんだ、気にするな。俺達には、何があったのか話してくれ、相談位には乗ってやれるぞ。」
やめろよっ!何だ?その慈愛の頬笑みは、目が潤んで怖いわ!
イインチョーを押しのけて教室に入ろうとすると、児島が前に立ちはだかった。上背のある児島が前に立つと、ドアを開ける事ができない。
「な、児島!何があるんだ?一体なんのことをいっているんだよっ!」
流石に、俺が知らない何かがあったと思われる。
なのに、児島は、下がっている眦を更に下げて、頭一つ二つ低い俺と目線を合わせて言った。
「俺達は気にしてない。いいんだ。余程の事があったんだろう?もっと、早く相談してくれれば、俺達もお前の力に慣れたのに。そうだ、ちょっと保健室に行こう。あれなら、今日は早引きしたらどうだ?授業も大して無い事だし。」
「おい、中で何をやってる?」
俺は、制止するイインチョー達を押しのけて無理やりに教室に入っていった。教室は、朝だというのに、暗幕がわざわざ張られていた。冷房の効いた薄暗い教室に響き渡るのは、よくある映画鑑賞会の風景。そして、そこに映し出されているのは、あの日の俺だった。
スクリーンには、でかでかと俺が映し出されていた。
化粧をした俺が、悩ましげな裸体でこっちを手招きしている。かと思えば、雌豹のポーズで、あられもなく大股開きでカモーンベイビーをしている。いくつもの写真が次から次にスライドショーになって延々と流されている。
それらに映し出されているのは、俺。
何度目をこすっても、女装して化粧をしていた俺だった。女子高生の格好をしている俺もいれば、顔から下を、グラビアアイドルとアイコラしているものもある。
こんな事をする奴は、一人しかいない。
「佐渡ヶ島――――!!」
「おはよー♪タカナシ、朝から元気だな。」
「何がおはよー、だよ!これは何だ?あれは何だ?!」
「何って、タカナシだよ。上手にできてるでしょ?」
「何時写したんだ?」
「あは、タカナシ気付いてなかったんだ?駄目だよ~。人のPC勝手に触っちゃあ。防犯の意味も込めて、俺のPC開くと、自動で内臓のカメラが回るように設定してあるんだよねぇ。」
「サドっ!お前、嵌めたなっ!」
ワザとだ、ワザとノートPCを俺の前に無防備に置きやがったんだ!
サドは笑みを浮かべたまま、掴みかかっている俺の手を抑えて、そのままひっくり返して、床に叩きつけ腕を後ろに捻るようにして、背中に膝を入れてきた。
「痛っ!」
痛い!腕が折れるっ!空いた手で床をバンバン叩くと、サドも気付いたのだろう、少しだけ拘束を緩める。
「黙って最後まで観る。皆にお代を貰ってるんだから。大人しくしてな。」
俺達の騒ぎに、一瞬騒然となったものの、クラスメイト達は、すぐにスクリーンに視線を戻した。スクリーンに映し出されている巨乳のお色気お姉ちゃんは、顔意外は別人なのに、化粧してウィッグを付けた俺自身に見える。アイコラで張り付けただけなのに、修正が上手いのだろう、どこからが結合部分か一見してはわからない。
みんなが、真剣なまなざしで見ている。
スクリーンの先頭には、佐々木が居た。凝視に近い顔で一心不乱を俺の裸体を見ている。
心なしか、頬が赤くなって、目元も潤んでいる気がする。
ちょ、佐々木?
何してるの?
何、ズボンにテント張ってるの?
止めて下さい!気持ち悪いから!
俺だって気付いているハズなのに、あちこちから、荒い息使いさえ聞こえている。他のクラスの奴もいるみたいだ。暗い教室の中で、男達の熱気が伝わってくる。これはあれだ、映画鑑賞会の、あの時と同じだ。
「この間の経費は、これで回収してるわけ。人のPCさえ見なかったら、こんな目に合わなかったのにね。自業自得だよ、タカナシちゃーん♪」
俺の背後で、いつものように喉の奥で笑うサドの声がする。
そうだ、サドを敵に回して無事で済むハズがなかった。
俺は、悔しさと恥ずかしさで涙を零した。
スクリーンに映し出された俺が、悩ましげな格好で俺を手招きしている。
俺の高校一年の夏はこうして終わった。
< 完 >




