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28.女子高

 外の渡り廊下は隣りの棟と繋がっていた。渡り廊下に出ると、そこからは、中庭が見渡せた。

 この暑い中、ソフトボール部だろう、熱心に部活動を頑張っている女子高生の姿があった。

「元気だな。」

「そうだね。」

 ソフトボールに励んでいる彼女達の方が、女装している俺達よりもなんだか男らしく思えてしまった。大きな声をあげながら、白球を追いかけ、泥だらけになって走る姿。汗と泥に混じりながら、なんと雄々しく輝いているのだろうか、彼女達は…。

「いこうか…。」

 急に、自分の女装が女々しくなって、中庭から視線を外すと、特別棟の方に歩く。

 途中、水飲み場で休憩している女子高生に冷や冷やしながら、気付かれる事なく通り過ぎた。

「もしかして、俺、本当に女に見えるのか?」

「何をいまさら。」

 佐々木は可笑しそうに笑った。

「確か、音楽室は三階の一番端だったから、階段昇ろうか。」

 入ってすぐ目に付いた階段を昇っていく。誰も居ないのにスカートが心配になって、裾を引っ張るように、慎重に階段を昇っていく。

 佐々木は、階段昇降も慣れた様子で、自然に足を上げ下げしている。見えてもいい自信があるのだろうか。

 緊張にみちた階段が終わり三階に到着。

 裾を持ちすぎて、手が白くなっている。わきわきと、左手を動かして真っ直ぐに伸びた廊下を見る。

 この一番奥に相坂がいるハズだ。

 特別教室の入っているこの棟は、先程よりも人が多いようだ。あちこちの教室で人の気配がする。

 廊下に居る人はみあたらないが、部活動なのだろう。女子の声が響いている。

 廊下の窓から差し込む容赦の無い夏の日差しを避けるように、教室側を歩く。

 理科室、裁縫室、資料室、…。

 奥に進んでいくと、僅かに音楽が聞こえてきた。奥の突き当たりが音楽室だ。

 俺は、佐々木に目をやると、佐々木も気付いたのだろう。力強く頷く。

 美術室、音楽…。

「ちょっと!そこの下級生手伝ってっ!」

 通り過ぎようとする瞬間に、手前の教室が、いきなり開いた。

 大きな声で、制止の声をかけてきたのは、ロングの黒髪に眼鏡をかけた女子高生だった。

「え、私達ですか?」

 驚きに固まってた俺よりも先に、佐々木が体勢を立て直し、その女子に応える。

 どこからそんな可愛い声が出てるんだ!普段も男にしては高い声だが、今はそこら辺のアイドルよりも可愛いロリボイスを出している。

「そうよ!あなたたち、一年生でしょっ。ちょっと困っているのによね。上級生を手伝いなさい。」

「私達、用事があって…。」

 佐々木は、果敢にこの上から目線の女子に立ち向かう。

「何言ってるの?私は、お願いしているんじゃないのよ、これは命令よ!上級生の命令は絶対なの、知ってるわよね。」

 歯向かわれた事が許せないかったようで、件の上級生様は、綺麗なお顔を釣り上げて背後に炎まで焚いている。

「す、少しだけなら、お手伝いします!」

 俺は慌てて、慣れない高い声を出して佐々木の前に立つ。佐々木が、怒りモードの女子高生を前にして、ブルブル震えてしまっている。

 ここで助けなければ、男じゃない!

 いや、この格好で助けても男には見えないが。

「そんなに時間はとらせないわよ。悪かったわね、子猫ちゃん怒って。」

 俺の承諾に、一気に機嫌が戻ったようで、後ろの佐々木の方に顔を向けて上級生様が謝る。

「こっち入って。今、美術部の整理をしてるんだけど、結構大きな荷物が多くてね。一人で動かすのが大変だったのよ。後で、ジュース奢ってあげるから付き合ってよ。」

 上級生の案内で中に入る。美術室は、俺達が通っているのと大差無い内装であったが、胸像や静物画の使うのだろう瓶や観葉植物らしきものが雑多に置いてあった。

「この胸像を隣りにある資料室に持って行って欲しいのよ。」

 上級生は、俺と佐々木にエプロンと軍手を渡すと、早速とりかかるように指示を出した。エプロンには、文化祭か何かで使ったものなのだろう、デカデカと美術部と書いてある。まず、俺の顔よりでかい像をかかえる。思ったよりも重かったがこれなら一人で運べない事もなさそうだ。佐々木は、小さめな像を持ち上げている。黙々と指示通りに労働にいそしむ。


「いやー、本当に助かっちゃたよ!ありがとう。あなた達、意外に力があるのね、思ったよりも早く終わったわ。」

 三十分程かけて、雑然と置かれていた大荷物達を、資料室や壁際等に指示通りに動かして、その上で、埃が凄いからと教室の掃除まで手伝う事になってしまった。

 上級生は、一ツ橋真理亜ひとつばし まりあと名乗った。高校二年生で、美術部員。

 俺達に、お礼と言ってジュースを買ってきてくれた一ツ橋さんは、やれやれという様子で、目の前の長椅子にだらしなく足を大股開きで休んでいる。背もたれに顔を乗せて大口まで開いている。

 短いスカートから、白い太ももが露わに見えている。エプロンがある事で、視覚的にも、凄い事になっている。

 反対に俺達は、太ももをピッタリと閉じて、背もたれの無い丸椅子に座ってジュースをチビチビと飲んでいる。

 さっきは、怖くてわからなかったが、こうやって改めてみると一ツ橋さんという人は美人だ。俺と同じ位の身長で俺よりも足が長い。というか腰の位置が高すぎる。顔も小さくて、目鼻立ちがしっかりしていて、ハーフかと思うほど綺麗だ。惜しくは大きな黒ぶちの眼鏡をかけているので、その綺麗な顔の半分が隠れていて、よくよく見ないと美人とわからない。髪は作業中に一つにしていたが、今はほどいている。背中まである艶やかな黒髪は、動く度にサラサラと音を立てて流れている。

 和洋折衷が絶妙に混じった美人さんだ。黒ぶち眼鏡さえワンポイントにみえる。絵を描く方ではなくて、モデルになった方がいいのではないか。

 残念な事に、そのモデルばりの美人が、工事現場のおっさん顔負けの格好でいると、途端に萎えてしまう。

 魅惑的な太ももとエプロンというゴージャスセットにも関わらず、俺の息子は、まったくもって残念ですと下を向いたままだ。

 やっぱりムードも大切だな。

「あの、他の美術部の方々はいないんですか?」

 佐々木が、寛いでいる一ツ橋さんに質問する。

「あー、だって暑いじゃん。冷房が入っているにしても、わざわざ登校するのもね~。三年生は受験勉強の方が忙しいし、他の二年一年は、この時期は何かのイベントだとかがあるみたいだし、夏休みにわざわざ登校する物好きは私くらいよ。そろそろ汚いし整理しないとなーと思ってたから、あなたたちが歩いているのをみて、使えると思った訳。運が悪かったわね。」

 全然悪いと思っていない様子で一ツ橋さんは謝る。

「ジュースありがとうございます。あの、私達用があるので…。」

 流石に、そろそろ行かないと相坂の部活も終わってしまう。

「え、もう行っちゃうの?残念だな~。この奥に用って事は、吹奏楽部に用があるの?」

「ええ、まあ。」

「あそこ、みんな真面目だから出席率いいもんね~。毎年、何かの大会で結構いいとこまで行くみたいだし。うちと大違いだわ。確か、毎日かっきり三時半までやってるわよ。あと、一時間かぁ。音楽室でじっと待ってるよりも、ここにいたら?こっちの方が、涼しいわよ。あっちは、熱気がムンムンしてそうよ。」

 一ツ橋さんは、親切に提案してくれるが、相坂がいるかも確認できていないし、迷っていると佐々木が服を引いて、小声で耳打ちしてきた。

「あんまり、一人の人と長く話していたら、気付かれるかもしれない。とりあえず、ここから出よう。」

「そうだな。」

 俺は、飲み終わったペットボトルを片手に、暇を告げる。

「そうかぁ~。残念だなぁ~。せっかく女装した男子をクロッキーしたかったのに。」


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