27.勝てば官軍です。
余の中には、女装する男子というのも流行っていて、最近ではその手の雑誌も出ている。
しかし、俺から言わせれば、それは結局女子には見えても男子な訳で、どんなに可愛くても、性的志向の相手にはならない。ならないが、それでも、雑誌が出るまでというのは、ニーズがあるということなのだろうか?
俺と佐々木は、二人してゴールまでの僅かな道を歩いている。その道すがら、多くの男達からジロジロ見られたように気がする。
女装がバレているんじゃないかと思うと、胃の辺りが、キュッとして胃酸がせりあがってくるようだ。
隣に居る佐々木も少し緊張した面持ちで、真っ直ぐに前を向いて歩いている。
「なあ、佐々木、やっぱり今日は止めておこうぜ。サドには、学校に行ったけどいなかったとか言っとけばいいんだから。もう、帰ろう。」
「何言ってるんだよ。大丈夫。タカナシ可愛いから、バレて無いって。自信を持って歩かないと本当にバレるよ。」
本当にそうなんだろうか?佐々木だって、サドにバレたって言ってたじゃないかよ。
大体、サドもサドだっ!用事があるからって、ゴールの学校目前の駅前で人を下ろしていなくなるか?
歩いて五分だから、問題無いだろう?
大有りだ!もし、観察眼の優れた通行人にバレて、あまつさえそれが同じ高校の顔見知りで、警察とかまで呼ばれたらどうする?
ゴール目前で、性犯罪者になってしまうじゃないかっ!
俺は、ただ足元だけを見て小さく歩くしかなかった。
時々、歩みの遅い俺を佐々木が叱咤してくれるが、そんなもの何の足しにもならない。
帰りたい。
「ほら、タカナシ、着いたよ。」
佐々木が興奮したように俺に囁く。
俯いていた顔をあげると、そこは間違いなく、相坂の通っているセント・ミカエル女学院だった。
学校名も、門にでかでかと描いてある。夏休みだからだろう、門を出入りする人影は見当たらない。
「ほら、ここでずっと立ち止まっていると、警備の人に不審に思われるよ。」
門の内側には、警備用の小さな建物があって、その前に立って警備員がこっちを見ている。
炎天下の中、木陰とはいえ大変な仕事だな。
「わ、わかってるよ。」
とりあえず、緊張しながら会釈をして、警備員の立っているのとは向いのほうの道を横切って玄関に向かう。
こういった女子高の校庭は、道路の接して作っていないようだ。防犯のためなのだろう、確かプールなども室内にあると、相坂が言っていた。
「あ、上履きとかどうしたらいいんだ?」
誰も居ない玄関にきて、また難関にぶち当たった。
流石に、靴のままというのはいけないだろう。スリッパを借りるか?そんな事をしたら、部外者ってバレそうだ。
「大丈夫だよ。佐渡ヶ島君が、ちゃんと用意してくれているから。」
佐々木の持っている紙袋の中には、ここの指定だろう上履きが入ってあった。
どこまでも用意周到過ぎて怖すぎる。
近いうちに、これらの経費がケタが増えて請求されるのではと心配になる。
サドを敵に回して生きる事ができるだろうか?
「本当に佐渡ヶ島君って気が効くよね!」
あえて、返答は控えさせてもらい、ありがたく拝借することとする。
念のために、履いてきた靴を交代に袋にいれる。
玄関を入ってすぐの壁に、校訓と校歌が大きく掛ってあった。
『隣人愛』
なんて、意味深で憐れみ深い校訓なんだろう。
その隣りには、この学校の教室の場所と非常時の経路の描かれた見取り図が掛ってあった。
「ラッキー!確か、吹奏楽部だから音楽室あたりだよな。」
音楽室は、特別教室の入っている別棟にあるようで、渡り廊下を通って行く事ができるようだ。
「こっちみたいだよ。」
佐々木が差した左手側には、外へと続く通路が見える。そのまま二人で、誰もいない廊下を歩いていく。
「あ、あの…。」
「何?佐々木。」
「あ、あの……。」
佐々木は、急に立ち止まると、下を向いてモジモジと何か言いずらそうにしている。
「何かあったのか?」
「あ、あの、トイレ、トイレに行きたい!」
「え、小の方?もしかして大?」
「しょ、小の方…。」
佐々木はそういうと、そうと、指を差した。その方向には丁度トイレがあった。あったが…。
「女子トイレじゃん…。」
「…トイレ行きたい…。」
「お前、サドの家でジュースいっぱい飲んでたろ。はぁ、職員トイレ探すか?流石に、男子トイレ位あるだろう。」
「でも、でも職員トイレなんて使ってたらバレちゃうよっ!」
「う…。」
確かに、ばればれだな。
「でも、どうしたらいいんだよ。」
「ここでいいよ。すぐにすませるから。」
佐々木が、頬を赤くしながら呟く。
ん?
「って、張り替え用のテープ、用意してるのか?」
「うん!」
「お前…。」
佐々木の顔は、更に赤くなっている。俯いている瞳は、なんだか爛々と光っている。
「佐々木、お前、確信犯だな。」
「え、な、なんのこと?僕は、本当におしっこに行きたいだけだよ。」
「何が行きたいだけだよ、だ!お前、こうなることを予測してたんだろう。」
俺が、佐々木につめよる。佐々木の目は、右に左にきょときょとと落ち着かない。
「でも、選択肢は無いよ。…僕は、このままここで漏らすのもアリなんだけど。」
「へっ?」
落ち着かなく動いていた目が、急に止まったかと思うと、力強く俺を見つめる。
満面の笑みで、佐々木は言った。
「男には見えない女装男子が、潜入した女子高の廊下で、我慢できずに…。」
「わー、やめやめっ!」
俺は、慌てて佐々木の口を塞ぐ。背後に、女子の明るい声が近づいてきた。
佐々木の口から一旦手を話すと、丁度俺達の前を玄関に向かって3人の女子高生が歩いていった。
「ねえ、今の子知ってる?」
「顔見たこと無いね。」
「一年じゃない?夏休み中に、デビューしたとか、メイク上手かったもん。ダサい子も変わるよねー。」
「でもでも、あの小さい子、可愛かったな。あんな子いたっけ?」
女子高生達は、ちらりとこちらに視線を向けて、勝手な事を言っている。
「僕、可愛いって…。」
佐々木が、嬉しそうに女子高生の賛辞を繰り返している。
こっちは、それ何所じゃない。バレそうで、本当に怖かった。
他の人に会わないように、早く、音楽室に行かないと。
「あ…。とれた。」
「はぁ?今度は何?」
「今ので、下のテープがはずれちゃった♪」
「もういい。俺は、ここで待ってるから、トイレ行ってこい。」
何が、何してテープが外れるというんだ!
頭をかかえて、佐々木に言う。
佐々木は、嬉しそうに女子トイレに入って行った。
「あ、一緒にツレションする?」
「するかっ!」
俺は、思わず大声になった口を慌てて塞ぐ。周囲を見回すが人影はなかった。
佐々木、小心者だと思っていたのに…。
五分程待って佐々木は出てきた。なんだか凄くスッキリと、そしてうっとりとなっている。
心なしか、先程よりも肌艶も良く、可愛さに磨きがかかった気さえする。
「ごめんね、待たせて。」
「……。」
この満面の笑みの佐々木に、待っている間の俺の心象を言った所で、馬耳東風だろう。
俺の前を通りかかる女子高生から、ちらりと見られる度に身も心も怖気づいて、何度逃げ出そうと思った事か。
怖さのあまり、涙が滲んで、それがマスカラやら、目の周りの化粧にしみて痛かったかとか、佐々木の耳には届きそうもない。
「いやー、すっきりした。これで、ここまで僕がついてきた甲斐があったよ。」
歩きながら、佐々木は、小声で饒舌に語る。
「唯のトイレじゃん。自宅のトイレと同じだ。女子が主に使っているだけ。」
苛立ちながら、俺はぼそぼそと佐々木に反抗する。
「うーん、違うんだな。そういう事じゃない。ようは状況設定だよ。僕も、自宅と同じ洋式便座や和式便座に萌える訳じゃない。僕が萌えているのは、女子高校の、女子トイレの便器を使っている、僕という女装男子。そのものだ。わかるかな?だから、萌えている対象は、僕自身だ。だって、傍目にはさっきの人達も言ってたように、女子にしか見えない。でも、実は男子な僕。その僕が、使う事が無いハズの女子高の女子トイレを使っている。その、状況そのものに、僕は性的にたか…。」
俺は、段々と興奮して、声が上ずってきた佐々木の口を塞いだ。
「もう、黙ってくれ。お願いだから。バレたら、元も子も無いんだ。」
女子高の廊下で、性的達人談義なんて聞きたくない。
俺のMPが限り無く0に近くなっている。HPは、すでに1ケタだ。
佐々木は、不満そうにしていたが、この潜入の当初の目的を思い出したのだろう。
一言謝ると、それからは黙った。




