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26.まずは腹ごなし

「お坊ちゃん、どちらとお付き合いされているんですか?」

 御婦人の後ろに立っているサドが、ニヤニヤと部屋の中で硬直している俺を見ている。

「二人とも、だたの友達だよ。トヨさん、あんまりからかわないで、二人とも恥ずかしがってるじゃないか。」

 トヨと言われた女性は、それを聞いてまあと笑いながら、お皿を机に乗せていく。初めてみかけるこの女性は、俺の祖母よりもいくつか若いようだ。着物を着こんでいる上に、昔懐かし割烹着を着ている。丸い顔に、皺のよった目尻。小さめの眼鏡をかけて、口元がきゅっと上がっている。笑い上戸のようで、ずっと笑っている。俺達を本当に女子だと思っているようで、お坊ちゃんはモテますねぇと言っている。

 俺は、自分の姿がバレるのが怖くて、それに反論することもできず、じっと下を向いて立ちつくしている。佐々木は、当初の驚きもすぐに忘れて、トヨさんのお手伝いなんてことまでしている。女装の鏡だな。

 俺の横に立ったサドが、笑いながら両手に持ったお茶とジュースの入ったボトルを机に置いていく。

 サドが固まっている俺に喋りかけてくる。

「タカナシ、何照れてるんだ。お腹が空いたって言ってたじゃないか、座って食べろよ。」

 耳元に、喉の奥で笑うサドの独特の声が残る。

 こいつはどこまでもサドなんだ!

 わざわざ、他の人を連れてきて俺を笑いものにするつもりだろうが、そうはいかない。ここで声を荒げても、男だとバレテしまう。ただ、黙って耐えるべし!

 トヨさんは、最後まで俺達を女子だと勘違いしたまま部屋を出て言った。

「凄いよ、タカナシ。完璧に女子に思われてたよ!ね、これで安心して彼女の学校にいけるよ。」

 佐々木は、バレなかった事に異様に喜んでいる。目をキラキラさせて頬を赤くしている。

 もしかして、今ので性的興奮を味わったとか?

 お淑やかにトヨさんのお手伝いをしていたじゃないか?

 今のどこに興奮するものがあったんだ?

「そうだ。安心して行ってこいよ。まあ、まずは食べてからだ。」

 お弟子さん達用にと用意されていた食事ということで、サドの家で食べた事のある食事の中でも豪華なものだった。ちらし寿司を形良く押して盛り付けたものや、鯛のお吸い物、野菜の素揚げや、刺身、白和えに、竹に入った水ようかん。俺達男子高校生には、物足りないラインナップだが、量だけなら充分だった。机に並べられた御馳走は、ものの十分程で無くなってしまった。

「さて、食事も済んだ事だし、そろそろ行くか?」

 サドは、椅子から立ち上がるとゆっくりと伸びをした。

「あー、美味しかった。こんなに美味しいのを佐渡ヶ島君は毎日食べてるの?」

 佐々木は、顔を緩ませてニコニコしながら、空のお皿を手早く集めてトレーに乗せている。

 これだけみたら、マジに佐々木って、外見も内面も可愛いいのに、男に見えないのに、実は、女装好きな性的達人なんだから、世の中わからない。

「まさか、いつもはもっと慎ましいもんだよ。今日は、踊りの教室で何かの催しをするって。まあ、御婦人達の懇談会みたいなの。だから、年配用に肉より魚だったろ。」

 サドは、ワードローブを開け、着替えながら言った。

「着替えるって事は、お前も来るのか?」

「いや、行くのはお前と、佐々木もだよ。」

「えっ!佐々木も?」

「なんだ、自分一人で女子高に潜入できる自信があるなら、俺達はかまわないぜ。一人で行ってこいよ。」

「え、いや、それは自信は無いけど…。」

「タカナシ!頑張ろうよっ!俺も手伝うから!佐渡ヶ島君から聞いたよ。喧嘩して連絡の取れなくなった彼女に謝るために、わざわざ女子高にまで潜入しようとするなんて、僕応援するからね!頑張ろうねっ!!」

 サド、お前はどこまで佐々木にしゃべってるんだ?

 佐々木の頭の中では、俺の純愛ストーリーが巡り巡っているのだろう。

 あながち間違いでは無いものの、傍から聞くと、別人の話に聞こえてくる。

「ぐずぐずしていると、せっかくの女装が無駄になるだろう。送ってやるから、さっさっと行くぞ。」

「え?送ってくれるって、バイクで?」

「バーカ、バイクで三人は無理だろう。俺もその近くまで用事があるから、学校の近くまで車で送ってやるっていってんだよ。」

 なんだ、どうせなら三人の方が心強いと思ってしまった。

 サドの家の車で、送ってもらえるならいいか。一人で、相坂の学校まで行くという難関をクリアできる訳だし。

 階下に降りると、割烹着を脱いだトヨさんが待っていた。

 佐々木は、食器の乗ったトレーを慣れた様子で台所に運んでいく。

「トヨさん、待たせてごめん。途中まで友達も乗せてもらいたいんだ。」

「ええ、かまいませんよ。」

 車というのは、トヨさんのか。用事というのはトヨさんと出かけるものだったんだな。

 そう合点して、広い玄関をぼぉうと眺めていると、見慣れたものを目に飛び込んできた。

「あっ!」

「ああ、これですか?この服がお庭に落ちていたんですが…。坊ちゃんのですか?」

 靴箱の上に綺麗に畳まれた俺の服を、トヨさんがサドに手渡す。

「うーん、どうだっけぇ」

 サド―――!

 ちらりとこちらに目をやりながら、身に覚えが無いとばかりに小首をかしげている。

 今すぐにその首を絞めてやりたい!

「ああ、思い出した!これ、この間友達が忘れていったんだよ♪」

「はぁ、服をですか?」

 トヨさんは、いまいち納得できない様子で服を見ている。。

「そう服を。僕が預かっておくよ。」

 サドは、そういうとトヨさんから俺の服を受け取り、俺の方を向いた。

「タカナシ、その紙袋に入れておいてくれる?」

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