19.公園で青春
「児島、好きな人に好きって言えるか?」
「はぁ?なんだそれ?」
五時のサイレンが鳴って、五月蠅かった子供達も、減っていった。まだ辺りは明るいけど、いい子は帰る時間だ。
「ああ、あれか、わかった。好きって言うの、恥ずかしいってこと?なんだ、彼女に好きって言った事無いのか?」
「無い。というか、好きってよくわからん。俺って、本当に相坂のこと好きなのかなってさ…。」
「おいおい、彼女持ちが言うセリフか?」
半分ほどに減ったペットボトルを、額に充てる。まだ充分に冷たいソレからは、水滴が浮かんでは、次々に地面へと落ちていく。
児島は、困った顔で、横にある俺の顔を見ている。
「まあ、あれだ。確かに、好きって言うのは種類が多いもんな。好きな食べ物、好きな趣味、好きな科目、好きな友達…。この場合、LIKEじゃなくて、LOVEなんだろう、彼女としては。ソレを、今まで言った事無いってことか?」
「無い。相坂に言われたんだ。好きじゃないんだろうって、自分の事。優しいから、好きでも無い子と付き合ってくれてるんだろうってさ。」
そんなつもりは無かった。
でも、相坂はそう思い込んでいた。
「うーん、タカナシ。お前が、一度でも彼女さんに好きって言えばよかったんじゃないのか?」
「言えれば、そうしたけど…。好きっていう自信が無い。嫌いじゃないし、付き合ってて楽しいし。でも、恋愛感情と、俺はまだよくわからないんだ。俺の好きが、相坂を好きなだけなのか、可愛い女の子に対する、その…欲求で、無いって、何でいえるんだ?この気持ちが、俺の欲求だったら、ソレはきっと別ものだ。」
その可能性もあったから、俺の口から出なかった。
「なんかよくわからんが…、タカナシ、それってただ恥ずかしいだけなんじゃないの?」
「そんなことっ!」
「もっとさ、気楽に考えてみれば?だって、好きな子に欲情するのは当たり前じゃん。欲情するから、その子の事好きじゃないだって、そっちの方が間違ってる気がする。お前は、ただ恥ずかしいだけなんだよ。」
そうなのか?
児島は、真面目な顔で、しっかりと俺を見ている。普段から垂れ下がっている眦も、少し上がっている気がする。
児島は、こんなにはっきりと話すヤツだなんて知らなかった。
「お前って、結構、男らしかったんだな。」
「おい、こっちは真面目に言ってるんだよ。笑うなよっ!」
「ごめんごめん。だた、児島が欲情って、なんだか…。児島もそういうの心当たりがあるのか?」
「な、なんでだよっ!俺は、一般論を…。」
児島は、顔に両手をあげて、上を向く。
「あー、なんだ、夏休みだし…、お前も話したし…。」
「なんだよ?」
「なんだ、あーー、…俺にも居るよ。そういうヤツ。」
「え?付き合ってるヤツ居るの?」
「いやいや、こっちの勝手な片思いだよ。」
手の間から見える児島の顔は、真っ赤に染まっていた。耳なんて、赤くなりすぎてトマトみたいだ。
「あー、もう照れるなぁ。好きな人が居るんだよ、で、欲情する。その人を見るだけで、胸も熱くなるし、股間も熱くなる。いいか、好きだから欲情するんだよっ!」
一気にぶちまけるように児島は叫ぶ。
よかったな、公園に人がいなくて、下手したら通報されるぞ。
「なるほどな。だから今のセリフも、実感がある訳か。なあ、どこの誰だよ?俺の知ってるヤツ?」
「お前らの知らない人だよ。いいか、この事、他の奴らには内緒だからなっ!」
児島の赤くなった顔は、中々戻らない。その顔で俺を睨んでもな。
「わかってるって、児島もな!」
疑わしげに、俺を見ている児島は、お茶を飲むと、口を開いた。
「実はな、このバイトも、その人のためなんだ。今度の誕生日になにかいいのを贈りたくてさ。ちょっと頑張って、叔父さんのとこで働かせてもらってんだ。」
「お前って、意外に純情だな。」
「意外って、何だよ。タカナシこそ、意外に恥ずかしがり屋なんだな。普段は、イインチョーに負けず劣らず下ネタトークなのにな。」
確かに、自分がこんなヘタレだとは思ってなかった。
「悪かったな。ただ、好きとか、本当、よくわからないんだ。でも、確かに、相坂に欲情を覚える。なら、俺は、好きって言ってもいいんだよな。」
「まあ、そういうことだと思うぜ。しかし、あれだな、お前って単純だな。俺に言われて、すぐに気持ちが決まるもんなんだな。」
「はぁ?!お前が、俺の気持ちをあてたんだろう!俺を単純バカじゃない!」
単純バカなのかもしれないが、それを他人に言われると腹が立つ。
暑かった太陽も、ビルの谷間に消えていった。薄暗くなった公園には、俺達だけのようだ。いつの間にか、汗もすっかり引いている。
「そろそろ帰ろうかな。児島はどうやって帰るんだ?」
「俺、駅前でバスに乗って帰るわ。タカナシ、ちゃんと彼女に言うんだぞ。」
わかってる。もう一度ちゃんと相坂と向き合ってみるよ。




