18.公園で
どうやって、相坂の家をあとにしたかは覚えて無い。気付いたら、駅の傍にある公園に来ていた。傍らにある自転車をみると、自分で運転してここまできたんだろう。
街の中でも、大きいそこは、遊具で遊ぶ子供達の、元気な声が響いている。俺は遊具から離れた、人の少ない木陰の側にある、花壇の縁に座りこむ。気付けば体中が汗だらけだ。木陰の風が、熱くなった体を冷やしてくれる。
あー、涼しい。
もう夕方のハズなのに、太陽が粘り強く頑張っている。暑さは変わらないハズなのに、どうして子供というのはああも元気なんだろうか。
付き添っている親も大変だなぁ。
「俺だって、今日は大変だった…。」
「何が大変だって?」
「へっ?」
影になっているため、気付くのが遅れたが、いつのまにか目の前に人が立っていた。
「こ、児島?なんでここにいるんだよっ?」
「そう俺だよ。って、失礼なヤツだな。バイトだよ、バイト。」
児島は、シャツにジーパンというシンプルな格好に、プラスして、大きな麦わら帽子と軍手、首にはタオルを巻いて立っている。背も高いから、傍目には立派な農家の人だった。
「バイト?ここで?」
「そう、ここで。」
児島は、俺の横にどかりと座り込むと、首に巻いたタオルで汗だらけの顔を勢いよく拭きだした。よくみると、足元もゴツい長靴を履いてあった。
「俺の叔父さんが造園の仕事をしてるんだけど、たまに公園の木とかの手入れも受けてるんだよ。で、その手伝い。朝から大変なんだぜ、給料が良くないとやらないけどな。」
喉が渇いていたんだろう、腰に下げているホルダーから、ペットボトルを出すと、凄い勢いで飲んでいく。一気に半分は消えていった。
「あー、疲れた。」
「いいのかよ、休んでいて。」
「もう、終わり。五時までの約束だから。」
児島が指差した先には、ロータリーに立っている大きな時計があった。長針が十一時を差している。
「あと、五分。もう、片付けだけだから、構わないよ。」
よくみると、公園の入り口に白いトラックが止まっていて、その荷台には、木や枝が山のように乗っている。公園の端では、作業着姿の人達が集まって用具を片付けているようだ。
「タカナシは、何してたんだ?ここ、お前の家の近くじゃないだろう?」
「…振られた。」
「はぁ?彼女に?」
「他の誰がいるんだ?彼女にだよ、彼女と仲直りするために、自宅まで行って、そこで振られた。」
「それは、…大変だったな。でも、なんでそんな格好なんだ?学生ズボンの上に、親父臭いポロシャツ?その格好で、彼女に家に謝りに行ったのか?」
「いや、これは色々ありまして…。上もちゃんと学生服を着て行ったんだだけど。」
これは、彼女の兄にレイプされそうになったためで…。
児島は、よくわからないという顔で、残りのペットボトルも飲み干すと立ちあがった。
「なんだ、水でもかけられたか?じゃあ、そんな可哀想なタカナシ君に、ジュース位おごってやるよ。何がいい?お茶とかにしとこうか?」
「え、悪いよ。」
「いいから、お前顔色悪いぜ。汗も酷いし、このまま熱中症になられても、俺の気分が悪いからな。ちょっと、待ってろよ。」
児島は、自販機のある公園の入り口の方に走っていた。公園の入り口に居た男性と何か話している。多分、児島の叔父さんだろう。
児島は、優しい。
周囲に常に気を配って、さり気無く手を差し伸べる。
俺とは違う。俺は優しく無い。なのに、相坂は俺を優しい人だと言った。優しくて酷い人だと。
俺の優しさと児島の優しさは違う。それはわかる。でも、酷い優しさってなんだ?
俺は、相坂に優しくしたつもりは無い。酷くしたつもりも無い。それなのに、なんであんなことを言われ無いといけないんだ?
俺は、さっきまでの相坂とのやりとりを思い出して、腹の底が沸々と湧きたってきた。
俺の何が悪いというんだ?
もっと悪いヤツは世の中にいっぱいいるじゃないか!
なんで、俺が責められないといけないんだ?
「ホラ、恐い顔してるぜ。少し、頭を冷やしたらどうだ?」
顔に冷たいものを押しあてられ思考が止まる。
何時の間に戻ってきていたのか、両手にペットボトルを持って、困った顔で児島が俺を見ていた。
「あ、わり。ありがとう。いくら?払うよ。」
「バーカ、気にするな。一緒にフトシの胸を触った仲じゃないか。どっちにする?スポーツ飲料の方がいいかな、汗かいてるし。」
児島は、両手に持っているペットボトルから、左手にある青いスポーツ飲料を俺に渡してくれた。右手のはお茶のようだ。
「とりあえず、飲めよ。叔父さんには、現地解散にしてもらったから、話くらいなら付き合ってやるよ。」
「なあ、児島。人を好きになったことってあるか?」




