表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/32

16.彼女の部屋で

「タカナシ君、ごめんね。」

 俺の前には、相坂が紅茶をそうっと出してきた。

「え、いや…。」

 さっきまでの生死をかけた戦いをしていたリビングでは無く、ここは何度か来た事のある、相坂と初キスをした思い出の場所。相坂の自室だ。

「お兄ちゃんが、タカナシ君の服を破いたりして、殴ろうとしたりして本当にごめんなさい。」

 ああ、相坂には、俺が相坂兄にボコボコにされそうに見えたのだろうか。まあ、泣かされはしたが。

 実際に、服を破かれはしたが、殴られはしなかった。

 呼吸困難にはなったが、キスもバックバージンも無事だ。あれは、本当に脅すだけのつもだったんだろう。

「お兄ちゃんって、凄く過保護なんだ。私が小さい頃は、同級生の男子が来るだけで泣かせて追い出したりしていたから、あの頃と全然変わって無い…。ごめんなさい。」

「いや、いいんだ。俺こそ、勝手に相坂の家に来てごめんよ。」

「……」

 あの時、相坂に見られた事に一番に驚いたのは相坂兄だろう。それはもう、効果音が付くほどに、勢いよくソファを横倒しにして相坂の死角に入ると、物凄い形相で俺を睨みつけ、この件は他言無用だと口止めしてきた。

 慌てて倒れている俺達の傍に来た相坂に、180度方向転換して、真面目な好青年の仮面を被ると神妙に頭を下げて謝っていた。暴力をふるってすみませんと。

 佳音は、俺の千切れたシャツを拾って、茫然と床に転がっている俺をそうっと立たせた。

「……お兄ちゃん、ごめんね。佳音のせいだね…、これ、佳音が先に帰って縫っておくから。」

 あのピンポンダッシュのせいで、兄がこんなめにあったとでも思ったのだろう。青い顔をしながら、俺の裸の上半身にチラチラ目をやって、申し訳なさそうに頭を垂れる。佳音は、多分、ただの暴力だとは思っていないだろう。

 いやいや、どこの世の中にピンポンダッシュして、家人にレイプされる世界があるだろうか、それは勘違いだと訂正してやるべきだったが、俺にはまだ口を開く余裕がなかった。

 ヅタボロの雑巾のようになったシャツを握りしめて、佳音は落ちていたボタンをいくつか拾うと、そのまま後ろを見せて出ていってしまった。


 目の前に出された紅茶の湯気を見つめながら、急に口渇を覚え、カップを持ち上げる。水面がガタガタと波打つように揺れている。まだ、手足の震えがとれていないんのだろう。相坂は、気遣う視線を投げてくる。ゆっくりと口に充てて流し込む。レモンを多めに落としてくれているのか、清涼感の強い味が広がって、少しだけ手の震えが落ち着いた気がする。

 少しずつ緊張がとれてきた。改めて相坂の部屋を見渡す。約二ヶ月ぶりの訪問。前回と殆ど変っていないように見える。八畳ほどの白みがかったフローリングに、白いベッドと、白い机、背の低い本棚と、チェストが壁側に並んでいる。中央にはキルト地のファンシーなラグがあって、その上に猫足の小さめのテーブルと丸いピンクのクッションがある。本棚やチェストの上には、小さめのぬいぐるみがいくつか置いてある。男が考える女子の部屋の例に出てくるような、全体的に可愛らしい部屋だ。

「…久しぶりだな、ここに来るの…。カーテンとベッドカバー変えたんだね。」

 カーテンの色が、薄い水色の花柄に変わっていた。ベッドも、薄い水色とピンクのチェック柄に変わっていた。

「うん、夏だし、涼しいかなと思って。」

「前は、両方ともピンクだったね。」

 会話が続かない。相坂は自分の前にある紅茶に手を出すことも無く、下を向いて。両手を合わせて堅く握りしめている。

「そういえば、佳音…。佳音とはどうして一緒だったの?」

「あ、あの。家の前に立ってたの。私が帰ってきたら、家の前にいて、お兄ちゃんが中にいるけど、全然出てこないし、心配だって言うから、ビックリして。佳音ちゃん、凄い心配そうな顔してたわ。」

 佳音は、逃げたように見せかけて、顛末をみに戻ってきたんだろう。もしかして、相坂兄のどなり声が聞こえて心配になったのかもしれない。

「そうか、悪い事をしたな。何も言わないままで、帰ってもらったし…。」

「ごめんなさい。…タカナシ君。お兄ちゃんは、ちょっとおかしいの。私の事になると、異常っていうか、過敏で…。本当は、何があったの?」

 相坂に二度と会わないように、俺をレイプしようとしたんです。

「相坂に、会うなっていってちょっと、脅されたんだ。相坂は、気にしなくていいよ。お兄さんも謝ってくれたし、だけど、あれだね。…相坂も大変だろ?」

「お兄ちゃんは、普段は県外の大学に居るんだけど、夏休みで帰ってきてるの。日頃離れている分、余計に心配みたいで…。だから、七月になってからは、うちには来てもらわなかったんだ。」

 そいえば、夏に入ってから、格段に会う回数が減った気がする。

「これ、この服さ、貸してくれてありがとう。助かったよ、流石に上だけでも裸っていうのは…。」

 相坂に渡されて着た服は、よくあるワニのマークが付いている白いポロシャツだ。父親のものだというそれはかなり大きめで、俺の貧相な体が、中で泳いでいる。

「気にしないで。その服も、殆ど使ってないやつだから…。」

「あ、相坂…。あのさ、今日、ここに来たのはさ、先日の件を謝ろうと思って…。」

「謝る?」

 ずっと俯いていた相坂が、顔を上げて俺をみつめる。

「謝るような事があったかな?」

「え、だって、怒ってるんだろう?この間の件。俺が不用意な事を言ったから、相坂を傷つけてしまって…。」

「だって、事実でしょ。」

 今まで聞いた事のないような、不機嫌な声で相坂が言った。なんだか目が冷たい。

「私の胸が小さくて、その上堅いのは事実よ。事実なんだからしょうがないじゃない!今更、それがなんなの?」

「あ、いや、怒って無いならいいんだよ…。」

「怒る訳ないじゃない?大体、タカナシ君こそ、怒っているんじゃないの?付き合っている彼女の胸が小さくて、満足できないんでしょっ!」

「へっ?」

「いや、そんなこと無いよっ!」

「いいのよ、私わかってるから。タカナシ君が、私と付き合ってくれるのは、たまたま私が告白した時に、付き合っている人が居なかったからでしょ。私と付き合っていても、私よりも綺麗で胸の大きい子に告白されたら、どうせそっちに行くんでしょっ!」

「なっ!そんな事無いよ!俺、そんなにモテナイし、不誠実な男じゃないっ!」

 驚いた、相坂がこんなに感情的になるなんて。

 頬を赤くいて、非難する目で、俺を真っ直ぐに見詰めている。口を真一文字にして、少し目が潤んでいる。

「あの、俺、何かしたのかな?その、それ以外で…?」

 これって、この間のことだけじゃない?俺って、相坂を他にも怒らせてた?


「………。タカナシ君、私の事好き?」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ