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10.何事にも練習が必要です。

 夏です。水着の季節です。下着と同じ面積の薄い布を巻いただけの女子と、水の中でアハハウフフする季節がやってきました。

 でも、補修です。

 補修なんです。

 夏休みなのに、休みではありません。

 日本の夏休みはこれでいいのでしょうか?


「暑い、溶ける。」

「なんで、教室に冷房が入って無いの?」

「それは、長期休暇で、学校に人がいないから。」

「え、いるじゃん。俺ら。っていうか、他の学年もチラホラきてんじゃん。」

 そうだ、そうだ、3年も2年も何人かいたよ。なんで、このクラスだけ、冷房が入って無いんだよ。

「それはだな、お前らが期末テストの点があまりに悪過ぎて、罰として登校しているからだっ!なんで、わざわざ高い金払って、補修組に冷房をするか!俺も暑いんだよ!」

 男性更年期障害を起こしているヒステリー教師の横暴に、更に暑くなってヘバッテしまった。

 チッ!冷房の管理は職員室でやっているはず。あそこまで行って、教師にバレ無いようにスイッチを押すには、アサシンスキルが必須だ。

 暑さでバテてる俺らは無理だ。

「今から渡すプリントをやったら、今日の所は帰っていいからな。補修の最終日には、今までやったプリントから問題を出すから真面目に解くように。じゃあ、先生は職員室にいるから、終わったら持ってこい。」

 大人って汚い。自分だけ、涼しい天国に逃げやがった。

 大体、期末テストで赤点取ったからって、猛暑の中なんで登校しないといけないんだ?

 7月いっぱいは、普通に登校して午前中は授業を受けて、午後はその復習のプリントをするとか、冷房無しで俺達に熱中症になれとでも言うんだろうか?

 外は、五月蠅く求愛行動をしているセミと、こんな猛暑の中でも練習を欠かさない部活生の声が響いている。あんな体力馬鹿と違って、こっちは、ひ弱なもやしっ子。このままいけば、最終日は病院で過ごす事になりそうだ。

「なあ、どうする?」俺は、後ろで同じようにヘバッテいる佐々木と児島に聞いた。このまま真面目にこのプリント十枚をするか。名前だけ書いて、白紙で提出するか。頭のいいやつを見つけて解かせるか。

「補修組って俺らだけだろ?イインチョーも佐渡ヶ島もいないんじゃ、他の人を頼るのは無理だよ。」

 そう言うと児島は、机につっぷした。暑いから、皆マトモな判断力が無い。この暑さの中で、勉強させるって、補修の意味あんの?

 他にも数人いる補修組は、諦めたようにカリ、カリと、プリントを解き始めている。

 諦めるしか無いか。汗で、プリントがくっついて書きづらい。ペンを握る手もベタつく。早く冷房のかかった部屋でコーラを飲みながらゲームをしたいよ。


 二枚目のプリントを解いていると、急に涼しい風が入ってきた。天井を見上げると、いつの間にか冷房が入っている。

「おい!冷房入ってるぜっ!担任も意外に優しいトコあるじゃん!」急いで、全開だった窓ガラスを閉めて涼しい風を閉じ込める。温度は、そこまで涼しくは無いが、30度を超す猛暑に比べれば十分に天国だ。

「お前らまだやってんの?」

 教室の後ろのドアから顔を出したのは、イインチョーとサドだった。

「え、なんでお前ら揃って学校に来てんの?デキてるの?」

「バーカ!佐渡ヶ島と俺は、学級委員の用事で来たんだよ。まったく、感謝して欲しいもんだ。こっちは、お前らがまだ残されてるんだろうって、わざわざ職員室に入って冷房のスイッチを押してきたんだぜ。温度設定までは弄れなかったけど、少しはマシになっただろう?」

「神様!」普段は、嫌みな眼鏡野郎だと思っていたけど、その上だけ縁なしの格好付け眼鏡は全然似合ってないって思ってたけど、よくよく見るとお洒落で素敵だ!俺が女なら結婚したい程だ!その眼鏡と。

 補修組からの感謝に、照れたように笑うイインチョーをみると、俺の新しいパパになってもいいかなと思ってします。俺ってちょー寛大だ。

「おいおい、大袈裟だな。担任に気付かれ無いうちに、プリントをさっさっと片付けて帰ろうぜ。」

 俺達は、慌ててプリントの残りを片付け始めた。さすがにいい人のイインチョーも、いい人そうなツラのサドも、プリントの手伝いまではしてくれないようだ。自分の席で、携帯をチコチコして時間を潰している。

 なんとかプリントを埋めて、職員室に居る担任に提出する。職員室は程良く冷房が入っていて、廊下の暑さが嘘のようだ。涼しい場所でお茶を飲んでいた担任は、冷房の件は気付いていないようで、意外に早かったじゃないかと機嫌良くプリントを受け取る。

 自分も早く帰れると顔に書いていますよ、先生。

 俺達は、待たせているイインチョーとサドの待つ教室に戻った。

 教室には、まだ他にも補修組が残っていたが、教室の一角がなんだか騒がしい。近づくと、イインチョーの周囲に人が集まっている。

「何やってんの?」覗きこむと、どこで入手したのか、イインチョーの手には過激な姿のグラビア写真集が数冊あった。なんで、学校に持って来てんだよ。

「せっかくの夏休みだしね。」意味不明だ。

 とりあえず、そのグラビアを皆で回し読みしていたようだ。さっきとは、また別の意味で神扱いになっている。イインチョーの眼鏡は、急暴落だよ。まったく。所で、それ今日、貸して下さい。


「知ってるか?二の腕の柔らかさと胸の柔らかさって同じなんだぜ。」

 突然、写真集から顔を上げて、イインチョーは言った。イインチョーが広げているページには、巨乳を強調するようにして胸を持ち上げて腕を組んでいる水着美人が写っていた。その水着、面積は小さすぎて色々隠れてないんですが。

 慌てて、俺達は自分の二の腕を触る。

「か、硬い…。」

 サドが、持っていた雑誌の角で次々に俺達の頭を殴る。

「痛っ!」

「バーカ、それは女子の二の腕と胸が同じ柔らかさってヤツだろっ。男の二の腕が柔らかいもんか。」サドは、雑誌を片手に、氷の眼差しを向ける。氷像には、蔑みの笑いが浮かんでいた。

「な、成る程。じゃあ、無理じゃないか!」佐々木が悔しそうに叫ぶ。

「そうだそうだ!初めから女子の二の腕を触れるならば、こんな空しい行動はしない!」

 児島も、同様に叫ぶ。

「お前ら本当にバカだな。要は、女子と同じように脂肪の塊であれば、性別関係無く柔らかい訳だろう?なら、とびっきりの相手がいるじゃないか。」

 氷もとい、サドは薄い唇をゆがめると、雑誌を持った手で教室の窓際の席を指し示す。

 そこには、下敷で顔を仰ぎながら、のんびりと帰り支度をするフトシ君がいた。

「成る程、フトシならいけそうだ。」イインチョーが関心したという顔で頷く。

「この際、性別は無視して、フトシの二の腕を触る事で、女子の胸の柔らかさを体感しようでは無いか!」

 いや、それはそれで空しいのでは無いでしょうか?

 斎藤太君は、このクラス一番のグラマラスさんだ。三ケタ一歩手前の体型は、一見すると昔の内山君を思い出す。髪の毛は、ツンツンしているが、性格はいたって穏やか、食べ物さえあれば幸せという、三人の忍玉のキャラにそっくりだ。

 お腹もふくよかであるが、それ以上に中々立派なお胸をしている。サド曰く、Eカップはあるそうだ。色白で、素敵な胸の谷間だけみるとグラビアアイドルも霞んでしまう。

 こんな素敵なボディが、同じクラスにいて、セクシーに胸の谷間を見せながら下敷きで扇いでいると、暑さで遣られた男子脳が、暴動を起こしてしまう。

「フトシー!ちょっとでいいから、その胸を触らせてくれー!」

 あれ、二の腕じゃないの?イインチョーは、フトシ君の前で土下座せんばかりにお願い攻撃をしている。その後ろには、佐々木も児島も参加している。

「えー、別にいいけどさぁ」

「じゃ、じゃあ」

「マツイで売ってるデリシャス惣菜パン、買ってきて。牛乳付きで。」

 デリシャス惣菜パンとは、高校の横に隣接しているボロい『パン屋のマツイ』で一番高いパンだ。何がそんなに高いかというと、焼そばやコロッケ、トンカツ等の惣菜を無理やりに乗せており、どうやっても溢さず食べるのは無理な代物だ。一日限定10個だが、大抵ひとつか二つは残っている。

 値段が380円とやや高いので、向いの通りのコンビニで幕の内弁当を買った方が安上がりだ。それでも、根強い人気のある商品で、よく何かの報酬として請求される。それに100円の牛乳パックをフトシ様は御所望だ。さて、イインチョーはどうするだろうか?

「おい、お前ら、今いくら持ってる?」

「へ?」

 イインチョーは、後ろを振り向くと、佐々木と児島、そして俺を指刺して言った。

「お前ら一人120円だせっ!フトシ、買ってくるから10分間は俺達の好きに触らせろよ!」そういうと、イインチョーは、ダッシュでマツイに向かっていった。

「イインチョー君、何もそんなに慌てなくてもいいのに。」フトシ君はのんびりと下敷を動かしている。

 俺達は、黙々と財布から120円を集める。

 今ここで冷静になってしまったら負けな気がした。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、すげー、すげー、マジですげーよ。はぁ、はぁ、いいっ、気持ちいいよー。サイコーだっ!」

 イインチョーが、うっとりと目をつぶって、フトシ君のEカップ(推定)をモミモミしている。脳内では、先ほどの巨乳水着を想像しているのだろう。鼻息荒く感触を楽しんでいる。その横で佐々木と児島も空いている胸を揉んでいる。

 どうしよう、この異空間に俺はどうやって入ったらいいんだ。さっきまでここは何の変哲も無い教室だったじゃないか。それが今では、太った上半身裸の男子に、群がる興奮した獣達。荒い息が、教室に経ちこめている。字面だけみると、変態性も鰻昇りだな、オイ!

 いいのか、これ?

 俺達は、道を踏み外しているんじゃないのか?

「タカナシ、何遠慮してんだよ、いいぜ、変わってやるからさ。目を閉じたらマジで凄いって。感動するから触ってみろよっ!」

 イインチョーは満足したのだろう、満面の笑みで席を変わってくれた。まあ、120円分は触ってみたいが、これを触る事で俺の何かが変わりそうで怖いのだ。大体、初めて触る胸が、彼女のじゃなくて、太った男子のって悲しくないか?

「タカナシ、さっさとしないともう時間無くなるぞっ!」

 サドは、そもそも女子の胸の感触も飽きているという様子で離れた椅子に座ってこの狂乱の宴を観ている。チコチコ携帯を触っては、ニヤニヤとこっちを笑う。俺達を蔑んで楽しんでいるんだろう、あのエスやろう!

「煩いな、わかってるってっ!」とりあえず、今ここに居るのはフトシ君と俺達だけだ。

 旅の恥はかき捨て。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。据え膳食わぬはオトコの恥(?)だ。

 俺は、目を閉じて相坂を思い浮かべる。これは、相坂の胸、相坂の胸だ。ちょっと相坂のよりもサイズが大きいけど、未来予想図ということで…。

 そぉうと、手を伸ばしてフトシ君の胸を触る。

 ぷにぃ。柔らかい感触が手の平に伝わる。

 汗をかいているせいか、少し冷えているその物体は、中に水が入っているんじゃないかという柔らかさで、ゆるゆると俺の指を包みこんでいく。

 初めて触る感触だ。吸いつくような肌触り。重たげに撓む胸を下から持ち上げるようにすると、ぷるりんと揺れて落ちる。

 すげー!

 すげーよ!

 胸ってこんなに気持ちいいのかっ!

 なんだこれ?

 なんだこれ?

 スライム?

 俺は、今までこの感触を知らずに生きてきたのか!

 いや、冷静になれ、母親の母乳を飲んでいた時は、知らず知らずにこの感触をモミモニしていた訳だ!

 羨ましすぎるぞ!赤ん坊の俺っ!

 俺は、鼻息も荒くフトシ君の胸を揉みしだく。先程まで引いていた、イインチョーと寸分も違わず振る舞い。ああ、さっきイインチョー達を軽蔑していた俺を殺してしまいたい。ごめんなさいっ!俺が愚かでした!愚者をお許し下さい!

 だって、こんなに気持ちいいものだったなんて、これが120円だなんて!

 フトシ様ありがとうございます!!

 俺は、夢中になってフトシ様の胸をモミモミしていた。佐々木も児島も満足したのだろう、気付くと両方の胸を一人占めした俺は、男子憧れのパフパフまでしていた。

 気持ちいいです!

 生まれてきてよかったっ!

「た、高梨君、あの、そろそろ止めてくれないか。」

「あっ」気付くと、ベロベロと胸を舐めている自分に驚愕。お、俺なにしてんだ?フトシ君が困った顔で、俺を見ている。フトシ君の胸は、俺の唾液でベトベト汚れていた。

 カシャッ、顔の横でフラッシュが焚かれた。

 そろそろと見上げると、悪魔の微笑を湛える佐渡ヶ島が、携帯のカメラで俺を撮影していた。

 いや、フトシ君の胸に顔を埋める唾液塗れの俺を撮影している。あまつさえ保存して、そしてどっかに転送してやがる。

「ソーシン♪」

「佐渡ヶ島―っ!!」

 佐渡ヶ島に、襲いかかるものの返り討ちに合い、そのまま背中に乗られ四つん這いの人間椅子変わりにされてしまった。

「タカナシって、本当に学習能力が無いよね。俺に腕力で勝った事無いじゃん。それに、欲望に弱すぎ。ずーっと接写で撮影していたのに気付かないんだから。これは、おれの秘蔵映像として、PCに送ったからね。携帯のデータ消しても、手遅れだよ♪」

 ああ、俺の黒歴史に新たな一ページが記されてしまった。


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