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9.どこまでなら許してくれるのでしょうか?

 俺のファーストキスは、レモンの味はしなかったけど、なんだか生温かくてプニプニと柔らかかった。キスしただけで、局部に血が集まってしまってバレないかと冷や冷やしたのが良い思い出だ。

 ああ、懐かしい。あれから数カ月経つのに、未だにキス止まりなんですが…。

 どこまでなら、彼女は許してくれるのでしょうか?

「ふむふむ、タカナシ君は、僕に止めを刺されたいようだ。死ぬ思いがする程の苦痛と、生き地獄のような苦痛とどちらがいいかな?」

 イインチョーは、学習室の一角を陣取り、カリカリと勉強の真っ最中。

 俺は、その前に座って教科書で顔を隠して恋愛相談。

「いや、それどっちも同じだから。ねえ、こっちは真面目な話をしているんだよ、勉強なんかやめて聞いてくれよ。」

 カリカリカリカリカリカリ。

「僕の期末勉強よりも大切な相談なんかあるかな?」

 不機嫌を隠さずに、下を向いてカリカリ、手を留める事無く問題を解いていくイインチョー。

 どうも、先月のテストが思ったよりも悪かったようだ。今更慌てても仕方無いのに。

「俺の恋愛相談は、期末テストよりも大事だよ!」

 バッキッと不快音を響かせて、イインチョーのシャーペンが真ん中で折れてしまった。

 学習室に居る生徒達から鋭い視線が向けられる。俺が悪いんじゃ無いのに。

「イインチョー、最近の安物は壊れやすいみたいだね。気分転換に、ジュースおごってやるから、今日は帰ろうぜ。」


 俺の家は、学校から自転車で15分。イインチョーとは同じ中学で、家も近いから共に自転車通学だ。因みに、サドは16歳の誕生日を迎えた日にバイクの免許を取得して、今はバイク通学だ。うちの学校は、バイク通学は、親からの申請届が必要だが、サドは自分に甘い祖母を通して申請書を出したそうだ。その上、いい値段のするバイクを買ってもらっている。ちくしょー、ブルジュアめ!

 イインチョーを部屋に上げて、いつものようにジュースやお菓子で持て成して恋愛相談に乗ってもらう。

 だが、イインチョーは、そんな俺を無視して再度勉強を始めてしまった。

「ねえ、イインチョー、相談に乗ってよ。」

「ああ、煩いな。ここが終わったらな。お前も、もう日が無いんだから少しは勉強したらどうだ。赤点だったら夏休みも補修漬けで、彼女とデートもできないぞっ!」

 確かに…。イインチョーの言う事は正論だ。学生の本分は、あくまで学業。第二次性徴期のホルモンバランスを無視した正論ではあるが、ここは、相坂のためにもちょっと頑張るか。自慢じゃないが、集中力は高いんだぜ。一度ゲームに熱中したら、声をかけられるまで続けてしまうんだから。

 適当に教科書を出して、イインチョーに習ってカリカリ始める。

 ああ、そういえば、相坂も期末テストで忙しいって言ってたな。あそこは、お嬢様学校だから、俺達ほどは勉強しなくてもいいみたいだけど、相坂の事だから真面目に、テスト範囲の端から端までやってるんだろうな。

 昨日のメールで、しばらくは電話で話すのはやめて短いメールだけにしようって言ってたし、余計に日々の活力が無くなるな。早く、テスト終わって相坂とデートしたいな。また俺の家でもいいし、相坂の家でもいいし。いや、別に屋内じゃなくて、海や山でも、公園でもいい!相坂と二人でイチャつけたらどこでだっていい。

 相坂って、俺の事を『タカナシ君』って呼ぶんだよな。俺も恥ずかしくて『相坂』って、名前呼びが未だにできない。そろそろ夏休みにも入るし、名前呼びなんてもアリかもしれないな。でも、相坂に名前呼びされて、俺の理性が保てるだろうか?いや、ムリッ!思わず、マイサンがむっくりするかもしれないぞ!

「うるさい!」「イタっ!」

 いきなり、辞書が頭に振ってきた。

 イインチョーが、物凄い眼付きで睨んでいる。

 あ、声でてました?


「で、何だって?」二時間程、お互い試験勉強を頑張った俺達は、ようやく恋愛相談に乗ってもらった。

「おお、イインチョーありがとう。実はさ…。」

 イインチョーの機嫌も治ったようなので、相談を始めようとした矢先に、部屋の襖兼ドアがノックされる。

 この猫かぶりな叩き方は…。

「岡田君。お母さんが、このまま夕飯食べてかないかって?」

 巨大な猫を背負った佳音が、可愛らしく襖戸から顔をのぞかせた。

「ええ、この間もいただいたし、悪いよ。」

「いいよ、岡田君。お母さんいつも多く作るから気にしなくて。佳音も岡田君と一緒に食べると楽しいし。」

 なんだ、その猫なで声は?お前は俺にそんな声を出した事があったか?イインチョーもイインチョーだ、小学生のガキ相手に、何楽しそうに話してるんだ?ソレは、俺の妹なんだぞ!巨大な猫かぶりなんだぞ!目を覚ますんだ、イインチョー!

 イインチョーは、佳音のお世辞に鼻の下を伸ばして、夕食も食べていく事になった。

「いやー、佳音ちゃんマジ天使!あのポニーテールの揺れ具合も可愛いな1お前と血が繋がっているとは思えない。お前、川で拾われてきたんじゃないのか?佳音ちゃんが大人になって、付き合ってって言われたら、僕は、すぐに結婚するんだがな。」

「止めろ、この変態が!」

「何だとっ!」

「小学生にそんな不埒な気持ちを抱くだけで、犯罪だぞ!」

「僕は、ただ佳音ちゃんが将来有望だという話しをしただけで、小学生の佳音ちゃんをどうこう思って無いっ!どれだけ僕を変態にしたいんだっ!そういえば、お前こそ、あんな可愛い妹がお兄ちゃん、お兄ちゃんとか近づいてきたら、不埒な考えを持つんじゃないのか?」

「…え。無い!断じて無い!」

 なんてことだ、あの時の腐った思い出が一気にフラッシュバックしてしまった。

 妹に罵倒されて起立していたなんて、あれば単に、相坂への思いが溜まっていただけさ。

「そうかぁ?なんか怪しいな。」疑いの目の上縁なし眼鏡は置いておいて、俺は慌てて階下へ向かった。

 今日の夕飯は、麻婆茄子と、唐揚げに卵スープだった。イインチョーが来てるからいつもよりオカズを一品多くしたようだ。

 卵スープは、私が作ったのと自慢気に佳音がイインチョーに言っている。卵スープなら、俺だって簡単に作れるわ。イインチョーは、少し塩辛いソレを美味しいよと佳音に言っている。

「父さんは今日も遅いの?」

「もう、お兄ちゃん!お父さんは、昨日から九州に出張だって言ったじゃない!」

「え、そうだっけ?ごめん聞いてなかったわ。」

 父親が、夕食に居ないことはよくあることだったから、出張に言っている事もすっかり忘れてしまった。

「お姉ちゃんは、今日もデートだって。」

 佳音は、自分の事のように自慢気に言う。どうせ、高いメシをおごらせるだけおごらせて、帰ってくるんだろう。

「岡田君。今日は、おかずも多く作っちゃってるから遠慮しないでね。」

 母親は、父親の席に座るイインチョーにニコニコとご飯のお代わりを勧める。

「岡田君は美味しそうに食べてくれるから作りがいがあるわ。十一なんて、黙々と食べるばっかりで、美味しいなんて言ってくれないのよ。そうだ!よかったら、今日も泊まっていきなさいよ。狭いけど、十一の部屋ならいくら散らかしてもいいから。」

 母親は、真面目なイインチョーがお気に入りだ。俺の成績の悪さを気にしているから、頭の良いイインチョーに勉強を教えてもらえると思っているんだろう。実際は、夜のお供の作り方を教えてもらっているんですが。

「あ、ありがとうございます。」

 イインチョーは、多めによそわれた茶碗を、頬を赤らめて受け取っている。

 おい、おい、イインチョー。

 なに、人の母親の顔を見て顔赤くしてるの?キモイんだけど?

 イインチョーは、おそらく俺の母親が好きなんだろう。母親に似ている佳音を、将来結婚してもいいって言っている位だ。やつは、ロリコンだけでなく、熟女好きだったのか…。

 俺の母親に頬を赤らめているイインチョーを見て、俺の食欲は、完全に失せてしまった。好物の唐揚げだったのに。


 イインチョーはそのまま泊まる事になって、俺の狭い部屋に布団を一客敷いた。その後は、母親の期待を裏切り、試験勉強はほっといて対戦ゲームをしたんだが、珍しくイインチョーが圧勝してしまった。

「珍しいな、お前がこれで負けるなんて。」

「うるさいなぁ、今日は調子が良く無いんだよ。大体、マーセルって言ってたのに、対戦にしたのはお前だろ。」

 俺は、どっちかっていうと、NPと戦う方が好きだ。相手の行動も読めるから。イインチョーは、罠やドラム缶を爆破させたり、中々あざとい手を使うのでNPのように安易な作戦はできない。普段はそれが楽しかったりするんだが、今日は、あまり頭を使いたくなかった。

 まだ、お悩み相談に乗ってもらって無いからか、脳の半分をそれでうろうろしている感じだ。妹のあの腐った思い出も復活してしぶとく頭の片隅に残っているし、俺の母親の顔を見て頬を赤らめるイインチョーもなんだか不快で、色々と未消化な気分がモヤモヤしている。

 俺は、ゲームを再開しないまま、枕に顔を埋めた。

「あれ、なんだ珍しく負け逃げか?本当に悩んでるんだな。いいぜ、ちゃんと聞いてやるよ。リア充のお悩み相談。」

「本当か?」 俺は、枕から顔を起こして、ベッドに座っているイインチョーを見た。

「疑うなぁ。まあ、聞くだけならいくらでも。でも、彼女居ない歴イコール年齢の俺に、為になるアドバイスは期待するなよ。」

 イインチョーは、ゲームを落とすと、俺の寝ている下の布団に降りてきた。

「ちゃんと、聞いてやるよ。」

「イインチョー!」俺は起き上がると、隣に座るイインチョーに抱きついた。

「マジでいい奴だったんだな!」

「おい、それはどういう意味だ!」


「ようは、どうやって彼女と進展するかって話しなんだな?」

「うん、そう!せめて、キスよりも上の段階に昇りたい!エッチなんて言わないからっ」

「じゃあ、Bかぁ。胸はもう触ったのか?」

「え、そんなこと…」

 したい、したいけど、緊張してやったことがない。

「なんだ、お前の事だから、キスのついでにすませてるのかと思った。」

 イインチョーが、ニヤニヤとイヤらしく笑う。

「そんな…。というか、どうやってそういう流れにしたらいいのか、皆目わからない。」

「まあ、そうだな。判ってたら、俺達、童の貞じゃないわな。」

 お互いに暗くなり、俯いてしまった。

 そうだよな、やっぱりこういう手順をイインチョーに聞くのが間違っていたのかも。でも、サドに聞いたら、本気でバカにしそうで怖い。あいつは、次の日にビラを配布しそうな奴だ。

「なあ、そういえば、聞いたのか?」

「え、何が?」

「彼女にだよ、何でそういう行為をしたら駄目なのか。今時、そんな古風な考えを持っている女子高生って少ないと思うぜ。」

 確かに、聞こうと思いながら、恥ずかしくて聞けなかった。

「まだ…。」

「なんでだよ、大事だと思うけどな、ちゃんと話しをするのって。」

「だって、そういうのを聞くのって、なんか、したいって思っているだけの下半身ヤローみたいで…。」

「というか、下半身で思考する性少年だよな、俺たち?」

「う…、したいけど。相坂にそんな風に思って欲しくない。」

「あー、格好付けだ。お前って、たまにそうだよな。」

 横にいるイインチョーが、グリグリと顔に指を突き刺す。頬が痛いんで止めて下さい。

「や、やめろよ、もう、うるさいな。」

 突き飛ばすようにして押すと、イインチョーはワザとらしく布団に倒れ込んだ

「そういえばさ、お前の彼女って、確か隣りのクラスだったよな。」

「ああ、中学でね。保健委員も同じだったから、付き合う前から話しは時々してたよ。」

「やっぱり。俺、お前の彼女の事、あんまり記憶に無いけどさ、お前、時々その子の事気にかけてたな。格好付けて、わからないようにしてたけど、確か、一度、無くした教科書を一緒に探させた事あったよな、俺に」

 ああ、確かあった。あの時は結局、音楽室の教卓の中にあったんだ。その後、相坂の机の中に入れておいたっけ。

「そうか、うん、わかったわ。彼女が、お前みたいな、ヘタレで、もやしで、カッコつけの下半身ヤローを好きになったの。」

 それはどういう意味だ?

 確かに、もやしっ子だが、ヘタレでは断じて無い。

「俺の相談に乗ってくれるんじゃなかったのか?なんだ、俺の悪口か?」

「いや、そういう訳じゃ。うーん、なあ、お前の彼女って、真面目なんだろう。ならさ、こう絡め手で行くんじゃ無くてさ、ちゃんとやっぱり話してみたら?」

「どうやって?」

「あー、うざいなぁ!なんで、エッチしないのかと、エッチはしなくても、胸くらい、触らせてもらえないかって、ちゃんと正々堂々言えよっ!」

「言えたら、お前に相談なんてしてないっ!」

 いきなり枕が顔面を殴打してきた。

「つっ!痛い!」

「お前は、一度死んで来い!」



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