ウチへ
ステージを降りて、ドリンクチケットでコーラを注文した。大きなグラスにコーラが泡を立てながら注がれる。なみなみとした泡がなくなるのを待って、半分カラになったグラスを新たに満たしてくれたスタッフの優しさが胸に染み入る。例えそのコーラが、推定価格五百円で提供されるオン・ザ・ロックであったとしても。ライブハウスなんだからきっと仕方がない。
客席で次の演奏を聴いた。腹の中身を揺さぶるような大音量が懐かしかった。ライブハウスを訪れたのは二年ぶりくらいになる。
セッションイベントに集まるだけに、どの参加者も演奏技術が高いように思える。とはいえ、よほどの下手糞を相手にしなければ、俺に演奏の良し悪しはわからない。つまり、ここで演奏した人の中には俺以外によほどの下手糞はいない。
以前、音楽はコミュニケーションだと誰かが言った。気取った感じがしたので馬鹿にしていたが、嘘ではないのかもしれない。実際にそれらしきことをしている人達が目の前にいる。キーも決めずに、アドリブでセッションする人達だ。
アドリブの定番ともいえる理論はある。だが、血にも肉にもならない座学で音楽理論を齧った俺には理解が追いつかない。他人と音を合わせて学ぶということを俺は八年間してこなかった。
参加者は、一部の常連風のおじさん達を除けば、俺より若い人が多いようだ。文化祭だとか就職だとか、そんな会話も聞えた。この場を取り仕切るカミイさんも俺より年下だ。
俺はここまでにたどり着くのが遅すぎた。そして、今は座っているだけだ。
バンドメンバーの募集目当ての参加者も多かった。これだけ不自由のないテクニックを持つ彼らが必要な仲間に恵まれないのは、俺にとっても残念で酷薄な現実だった。バンド活動には「音楽性の違い」という常套句では語れない、人間同士が交わるがゆえの問題が生じるのは想像に難くない。
俺の内心では鬱々としたものが芽生え始めていたが、ステージも客席もとても和やかだった。即席バンドが組まれたり、スタッフが三線を持ってくれば、手拍子とスタンダードナンバーの合唱が始まる。メンバー募集という目的が一致した人達は少しでも静かな隅の方で婚活さながらの自己PRをしていた。当然、俺も参加者のパフォーマンスをとても楽しんでいた。このようなライブハウスで音楽を肌で感じる機会はしばらく訪れないだろう。
時刻は十時を回っている。いつもなら家から出られない時間だ。だからこそ、いちいち時間を気にする。そろそろ帰るつもりだった。
バンドは、ボーカルの歌が終わってもリフを延々と繰り返して曲を締めようとしない。激しくも不穏で突き抜ける開放感に乏しい演奏だった。ギタリストとベーシストはいつ崩れ落ちるかもわからないほど前のめりになって体を上下に細かく揺らす。うなだれたドラマーは手足だけに宿った意思でプレイしているかのように見えた。
曲が変質していく。テンポがますます速くなっていくように感じられた。だが、それは正確な感覚ではない。では、アンプのボリュームが上がったのかと思えば、やはりあり得ない。スピードや音量を装った、俺の知らない何かが増大している。ドラマーの手足で止め処なくリズムを刻ませ、倒れそうなギタリストとベーシストをステージに立たせているのは、その存在だ。
ついにボーカルのレスポンスが加わった。喉を潰しかねないような悲痛なシャウトで。
俺の視力ではステージ上にいるボーカルの表情を読み解くことが出来ない。ただ、この鬼気迫る演奏を中断させなければ、プレイヤーが何か取り返しのつかない事態に見舞われるのではないかと俺は不安になり、ステージから顔を背けた。
だが、それ以上の何かが起こるわけでもなく、極自然に曲は終わった。
俺はカミイさんに見送られて帰路に着いた。最後に何か尋ねられたようだったが、演奏に遮られてほとんど聞き取れなかった。たぶん、「楽しかったですか?」と聞かれたのかもしれない。最後に俺は曖昧に笑い、曖昧に頷くという嫌な癖で応えてしまった。
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家に着くのは十一時過ぎになりそうだ。夜になった街を狭い歩幅でとぼとぼと歩く。心身共にくたびれていた。
ステージに上がった彼らは夜明けも気にせず、楽器を鳴らし続けられるだろうか。もしかしたら、と思う。もっとも、朝より先に閉店時間が訪れるだろうが。
潮時だろう、と自分に問う。もう昨日までと同じ態度では音楽と付き合えない。俺をライブハウスに向かわせたものは情熱の残滓だった。わかりきった問いかけは続く。家に帰った俺は、ギターに触れるだろうか。
俺は情熱を涸らしていた。彼らと対等なプレイヤーとしてステージに立てないという先入観を今、現実として受け止めた。
携帯電話が落ちていた。夜に溶け込むはずの黒いボディがわざとらしい街灯を受けて、俺の目にとまった。着信ランプは消えている。
昼間見かけた携帯電話は、半日近く経過して尚もその場に落ちていた。途方もない数の人が行き来する街であるというのに。
あの時、着信に気づいた俺が電話に出ていれば、今とは違う未来になっていたかもしれない。あわよくば、持ち主の手に戻っていたかもしれない。昼間のような心苦しさは、もう感じない。
なぜだか俺はまだ家に帰りたくない。それでも狭い歩幅でとぼとぼと歩く。駅に着いたときにちょうど乗れる電車があればいいのだが。




