照れ屋な彼
「ねぇねぇ」
「ん?」
「私のこと、好き?」
「……なんだよ、いきなり」
春の暖かい陽射しと、少し冷たい風が程よく心地よい昼下がり、私は桜の木が何本も連なる遊歩道を彼と一緒に歩いていた。
「いや、私のこと好きなのかなぁ、って」
「……」
いつも通り、彼が困ったような顔をして頬を掻く。彼は困るといつも頬を掻くのだ。
「どうなの?」
「……どうしても答えなきゃ駄目か?」
「ダメ」
「でも、今、外だしさ」
「別に周りに人もいないじゃない」
これもいつも通り、彼は答えるのを渋る。
「そうは言ってもな……」
「じー」
「……」
「じー」
「そういう擬音は口で言うもんじゃないぞ」
「告白のときは言ってくれたのになぁ」
「……まぁ、あの時はな」
「言ってくれたのになぁ!」
「…なんか今日はやけに粘るな」
「だって、今日で一年だよ!」
そう、私は彼と付き合ってから、今日で丁度一年になるのだ。記念日なのだ。今日もいつも通り言わずに終わり、なんてことにはさせない。
「さぁ、どうなの」
「ええと……」
「……」
「…また後にしないか」
「え?」
彼が困ったような顔のまま言う。
「なんていうか、いきなりそういうこと言うのもな…」
「心の準備?」
「そんなとこかな」
「……必ず、後で、だよ」
ぷいっ、と顔を背け、大股で歩く。慌てて彼も歩く速度を上げる。私はずんずん歩いていく。
別に、彼が私を好きかどうかを疑ってるわけじゃない。彼はただ照れ屋なだけというのも理解している。が、やはり言葉にしてほしいと思うのも、また女心というものである。
前に言葉にしてくれたのは半年前。半年記念日だ、ということで言ってくれた。というか私が言わせた。
そして、そんな私はやはり一年の記念日にも言葉にしてほしいのである。
と、後ろから追いついた彼が私の手を掴んだ。
「おい、あんま急ぐなよ。ヒールだろ」
彼が私の足元を指しながら言う。
私はその言葉には答えず、唇を尖らせながらその手をぎゅっと握り返した。
「よし、着いた」
しばらく歩いて、大きなショッピングモールに到着した。今日はここで彼と買い物をするのだ。映画館もあるので、もちろん映画も見る。
「久しぶりだね、ここに来るのも」
「ああ、確かにそうだな」
「映画、何時からなの?」
「ええと……5時からだな」
5時か。今が3時なので時間は十分にある。
「それじゃあ、先に私の服見にいこっか」
「そうだな。その後本屋さんよろしくな」
「はーい」
私は彼の手を引いて服屋に入っていった。
「この服かなぁ、それともこっちかなぁ」
私は、多くの女の子がやるように、服選びに悩んでいた。
「ねぇ、どっちがいいかな?」
「右」
こういうとき、彼は迷わず即答する。
「右かぁ、いやでも左も良くない?」
「じゃあ聞くなよ」
いつもこうなるからだ。私もその通りだと思うが、まぁとりあえず悩みたくなるのだ。
「まぁまぁそんなこと言わずに、左はどう?」
「俺は右だ。後、そろそろ時間気にしておいてくれよ」
「え?もうそんな時間?」
「いや、まだ余裕あるけど、一応な」
彼は何事にも少し時間に余裕を持つタイプの人だ。私も遅刻するよりかはそっちのほうがいいので、彼の時間計画には乗ることにしている。
そうと決まれば、右の服をとり、レジへ向かう。
その時、ふとあることを思い出した。
「ねぇ、この後ちょっと寄りたいとこがあるんだけど」
「ん?」
会計をしながら彼に聞く。
「ここってアクセサリー屋さんがあったでしょ?あそこに行きたいの」
「ああ……会ったな、そういうとこ」
「そうそう、この前チラッと見たときに、すっごいかわいいネックレスがあったの。それ見たいんだ」
「ああ、まぁそれはいいけど、お金あるのか?」
「う……今なくなったけど…まぁ、見るだけね」
服の入った袋を受け取る。
「じゃあその間に本屋見にいって良いか?」
「え?ああ、うん、いいよもちろん」
「じゃ、映画館の前で」
「うん」
そう言って私は彼と別れて、アクセサリー屋に向かった。
「ええと……ああ、あったあった」
この前見かけたアクセサリー屋を見つけた。
……一緒に見たかったなぁ
ふと、そんなことを考えてしまう。
もちろん我儘だって分かってる。彼だって本屋に行きたいのだし。でも映画の後でもいいじゃないか。いやそれを言ったら私もだけどさ…
そんなことをうだうだと考え、そんな我儘を考える自分に少しうんざりする。
気にするなと自分に言い聞かせ、前に見たネックレスを探す。
「あれ?」
無い。前見たときはこの辺にあった気がするんだけどなぁ。
「あの、すいません」
「はい?どうなさいました?」
そばに店員さんがいたので聞いてみる。
「あの、ここに前ネックレスがありませんでした?」
「ネックレスですか?」
「はい、ちっちゃいハートが丸の中に入ってて、かわいらしい感じの…」
「ああ、はいあのネックレスですね」
こんな漠然とした聞き方でも分かるのか、さすがプロ。
「申し訳ありません、あのネックレスは他のお客様がお買い上げになりまして」
「あ、そうなんですか…」
まぁ仕方ないか、前に見てから随分日も経っている。
別に買うつもりがあったわけでもないので、無くても別に問題は無い。
負け惜しみのように心でつぶやいて、私は映画館へ向かうことにした。
「良い映画だったねぇ!」
「ああ、感動的だったな」
私は彼と笑いながら映画館をでてきた。
あまり期待もしてなかった映画だったのだが、ひどく感動的で、とても良い作品であった。
「ハッピーエンドでよかったぁ」
「お前はハッピーエンドが大好きだよな」
「単純なのかな?」
「ははは、そうだな」
「あ、否定してほしかったな!」
「ごめんごめん」
服の入った袋を振り子のように振りながら話す。
彼も笑いながら話している。
なんだかんだで、彼もハッピーエンド派なのだ。
その時、ふと前を歩くカップルが目に入った。
彼らもさっきの映画を見た後なのだろうか、幸せそうな顔をして歩いている。
彼女が彼氏の顔を見ながら、笑って腕を組む。そのまま歩いていく。
「ねぇねぇ」
「ん?」
「あれやってみない?」
前のカップルを指す。
「あれって……腕?」
「うん」
「う~ん…」
やっぱり彼は困った顔をする。いつも通り。
「なんてね、冗談だよ」
「え?」
「分かってるよ、さすがに恥ずかしいよね」
分かってる。彼が恥ずかしがることぐらい分かってる。
頼んだ自分が悪いのだ。
「じゃ、手はつなご」
そう言って、彼の手を掴む。
これぐらいなら、大丈夫なはずだ。
彼は恥ずかしがりながらも握り返してきた。
「あ、そうだ」
「どうした」
「アクセサリー見にいこ!」
やっぱり彼と見て回りたいな、と思い提案した。
あのネックレスは無かったが、他のものでまたいいものが見つかるかもしれない。
「え、さっき見たんじゃないのか?」
「あんまりしっかり見てないし、君と見にいきたいと思ったの」
「そうか……」
彼が頬を掻いている。
「どうしたの?」
「いや、別に……」
「……いやなの?」
彼が困ったような顔をする。
「嫌っていうか……」
「なに?」
「今日はやめとかないか」
すっ、と自分の心が冷たくなるのを感じた。
「…少しだけ行こうよ、ね」
「でも、時間も遅いしな」
「軽く一周するだけだからさ」
「今度じゃ駄目なのか?」
「今度じゃなきゃいやなの?」
「……なぁ、怒ってる?」
彼に言われて、自分が怒っていることを自覚する。
こんなことで怒るんじゃない。彼は別に間違ったことは言ってない。些細なことじゃないか。
分かってはいるけど、胸からこみ上げる言葉が爆発しないようにするのが精一杯だった。
「…怒ってるかもしれない」
「ごめん、言い過ぎたよ」
「別に、何も言い過ぎてないよ」
「そんなに行きたかったのか?」
「うん」
「じゃあ、また来よう。今日は帰ろ」
駄目だ。自分でもどうしようもない感情が沸いてくる。
「じゃあいいよ、帰ろう」
きっぱりと言い放った。
何か言いたそうな彼の手を乱暴に離し、大股で歩きだした。
昼にやった歩き方よりも、もっと早く歩く。突然のことで動き出せていない彼を置いて、出口から出て行く。
私は怒ってる。もう知るか。
つん、としてきた涙腺がそれ以上刺激されないように、自分に言い聞かせながら、歩きにくいヒールで、もう暗くなった道を歩く。
「おい、待ってくれ!」
急いで走ってくる彼が、後ろから声をかけて来る。
無視して更に歩幅を大きくする。
「待てってば!」
追いついた彼が、買い物袋を持ってない方の手を掴む。
その手を振り払って、それから、立ち止まる。
お互いが少し息切れをしていた。
「……あんま急ぐなよ」
「……」
「なぁ、こっち向いてくれないか?」
「やだ」
「頼むよ」
「やだ!」
もうここまできたら意地だ。少し、涙声になりそうだけど、断固として告げる。
「絶対向かないから!」
「……分かったよ、じゃあそっち向いたままで良いから、とりあえずこれだけ」
彼が後ろからもう一度手を取ってきた。
「え、なに」
「いいから」
後ろ手に何かを掴まされる。
それからまた、彼が手を離した。
「なに、これ」
「とりあえず見てくれないか」
四角い、小さな箱だ。
目の前に持ってきて見る。
白い小さな箱。蓋があるのを取ってみる。
「……なに、これ」
完全に涙声になっているのが分かる。
「いや、ネックレス」
「……知ってるよ」
「お前、前来たときそれ見てたろ」
「……」
ちっちゃいハートが丸の中に入っていて、かわいらしい感じのネックレス。
私が店員さんに言ってた特長の通りのものだった。
「一応記念日だし、渡しとこうと思って。ごめん、それをこの前買いにきたから、あんまアクセサリー屋に行きたくなかったんだよ」
「……」
「別に怒らせたかったわけじゃないんだ。また来よう、次来たときはいくらでも見るから」
「……もういいよ」
「ごめん、怒らないでくれよ。お前と一緒に見て回りたいしさ」
「もういいの!!」
こらえきれず、彼のほうを向き、そのまま抱きつく。
完全に涙腺は耐え切れなかったが、それを見られないように抱きつく。
「お、おい、人が」
「いないでしょ!」
もう、これくらいの我儘は言ってやる。
「……」
「……」
そしてお互い黙る。
私が何か言うべきなのだろうが、何を言うべきかも全然出てこない。
その時、彼が口を開いた。
「あのさ……」
「…」
私は黙っている。
「一年間、ありがとうな」
彼が腕を背中に添えてくる。
「ほんと、こんな俺と付き合ってくれて感謝してる」
「……」
私だって、こんな女と付き合ってくれて感謝してる。
「……お前が言ってほしいこと、言ってやれないようなやつでごめん」
「……」
言われなくても、通じてる。
「ただ……告白したときのことは守るから。だから……」
『お前のことが大好きだ。絶対大切にする。付き合ってくれ。』
ガチガチに緊張した彼が真っ赤な顔で言った台詞は今でも覚えてる。
「だからその……」
「もういいよ!」
涙をぼろぼろと零しながら、彼の顔を見上げた。
そこには顔が少し赤く、でもちょっと不安そうな彼の顔があった。
「ごめん、泣かないでくれ。謝るから」
「いいの」
「悪かった、お前のこと分かってやれなくて……」
「嬉し泣きだから、いいの!」
勢いで言い、恥ずかしくなって彼の胸に顔をうずめる。
「…知ってるもん」
「え?」
ええいままよ、という思いで彼の胸に更に顔を押し付け言う。
「あなたが私を大切にしてることぐらい知ってるもん!」
いつも私のことを考えてくれて。私がいじけてもヒールだから急ぐな、なんて心配してくれて。私がちょっとだけ見ただけのネックレスまで覚えていてくれて。理不尽に怒っても、泣いてる私の心配をしてくれて。
こんな私を、本当に大切に思ってくれてることが、痛いほど分かる。
私のことを一番に分かってるのは、間違いなく彼だと思う。
「ごめんなさいぃ」
周りの友達みたいに化粧してなくて良かった。私は子供みたいに泣きながら、しばらく彼に謝り続けた。
「ああ、泣いた泣いた」
「お前、泣きすぎ。俺の服とか考えろよな」
「ごめんってば。散々謝ったじゃん」
「服のことじゃないんだろう」
泣きはらした目で、笑いながら二人で歩く。胸でネックレスが踊る。
繋いだ手をぎゅっと握ると、彼も握り返してくる。それだけで十分だ。
そんなことを思い、また他愛もない話をする。
そうこうしてる内に、私の家の前に着いた。
「じゃあ、今日はお疲れ」
そう言って、彼が手を離す。
その手に少し名残惜しさを感じ、彼の顔を見る。
すると、彼は頬を掻いていた。
「ん?どうしたの」
「え、いや、その…」
何か言いたそうである。
「……」
「ええとだな…」
なにやら口の中でごにょごにょと言っている彼。よく見ると、顔が赤い。
「どうしたの?」
「いや、ちょっと言いにくい事というか……」
「もう言っちゃいなよ。また私が泣くことになるよ」
彼は私が泣いた事に少なからぬ責任を感じてるらしく、痛いところを突かれた、という表情をした。
そして決意をしたらしく、二、三度深呼吸をした。
「ふぅ……よし」
そして私の顔を見る。
「ええとだな……」
「なに?」
「お前には今まで、やっぱりつらい思いをさせたかなぁ、と思うんだ」
別に辛いとまでは言わないが、とりあえず話を聞く。
「だからさ、今回は俺から言うよ」
「何を?」
「折角の、一年の記念日だしさ」
「うん」
とても真剣な表情。そして真っ赤な顔。自分の中の勇気を総動員させているようなその表情は、私に告白してきたあの時の顔にそっくりだった。
「…大好きだ……キス…しないか」
ともすれば裏返りそうな声で言われた言葉に、今度は私の顔がどうしようもなく赤くなった。
あの時と同じ。案外私も、照れ屋なのかもしれない。
お読みいただきありがとうございます。
久しぶりの投稿、何か恋愛ものを書きたくなり、このような話に。
感想、批評、よろしくお願いします。