夢の行方
夢の行方
誉那郡と伴華省伴南郡の境の町、銘部。趙李潤晋と周晋の兄弟はその町にいた。二人とも長旅に備えるような旅のいでたちをしている。多くの人で賑わう栄えた銘部の町の小さな休息場で、潤晋と周晋は向かい合って座りなにやら話し込んでいる様子であった。
「晏永の時代も終わりなのですね」
潤晋は少し悲しそうに言った。
「これからだ。本当の時代はこれから始まるんだ」
周晋は強い語調で言った。
潤晋は、周晋の前向きな言葉を聞いて一瞬はっとしたように真顔になったが、すぐにいつもの微笑を浮かべて嬉しそうに周晋の目を真っ直ぐに見つめた。周晋はむきになって言ったことが今更のように恥かしくなって少し顔を赤らめて慌てて目を逸らした。
「そうですね。これから始まる。私たちの夢が」
潤晋はこう言って背筋を伸ばし、底抜けの明るい笑顔で右手の拳に力を入れて見せた。
周晋は横目でそれをちらりと見ると、
「そんな明るい夢でもないけどな。まったく重いもの背負わすな、大昔の大将さんは」
とむくれた顔で言った。
そんな周晋の言葉を受けて潤晋は、
「そうですね。重くて過酷な、けれども人生を賭す価値のある大きな夢です」
と強く言った。
晏永二十一年八月。七代目勇誠国王・第三十一代大成帝国王恭清暢成格が病により逝去し、長男の恭豪志盛高が帝王の座を継ぐことになった。新しい時代の元号は「元幸」とされ、まさに大成帝国の怒涛の時代となった恵治の時代へと続く前兆の時代が始まった。
この年、趙李潤晋は二十四、そして趙李周晋は十六の青年になっていた。両親も仲間も失った兄弟は、二人きりで波乱の時代の幕開けを迎えることになったのだが、正確に言えば、各自はこれから一人きりで趙李家の負った責任をそれぞれの形で果たすことになる。この日は兄弟の別れの日であった。
周晋。これから話す事をよく聞いてください。どのように受け取るか、どのように行動するのか。それは周晋。あなたの意志次第。私にあれこれと口を挟む権利は兄と言えどもありません。しかし、一つだけ。一つだけ約束して下さい。私がこれから話す事は真実です。最後まで聞いて、そして誰にも言わないで下さい。いいね。
およそ三百年も前のことです。涓詠の時代。この大成帝国は乱世の混乱の中にありました。涓詠時代の二百年前の仁徳時代から、大成帝国王の座は代々名門の武家であった和幸家に握られてきました。その和幸家で初めて帝王の座に上り詰めたのは、大成帝国第七代帝王・條政祥殷の配下であった和幸孝秀という人です。和幸孝秀は八代目帝王として譲位すると、元号を仁徳と改号して六十八歳で亡くなるまで、三十二年の間、帝王として大成帝国の政治に尽力しました。その後、大成帝国王の座は、世襲によって和幸家に継がれていくことになりました。初代の和幸孝秀をはじめ、二代目崇繁、三代目季嗣は名王としてその名を知られ、「和幸の名帝」と謳われました。特に三代目の彰次季嗣は「仁総大戦」を見事に鎮め、安泰な布総時代を築き上げた名王としてその名を轟かせた人物です。和幸季嗣は、五十五の時に息子の敬季に帝王の座を譲っているのですが、その敬季が三十五の若さで逝去し、他の男子もいなかったので、再度帝王の座に就いたことでも有名です。その名王・和幸季嗣の死後、一度和幸家の世襲は途絶えたのですが、二代を経て第十五代大成帝国の座に就いたのは、和幸季嗣の叔父・崇延(崇繁の弟)の家系に当たる和幸俊純でした。この頃には薄れかけていた和幸家の名声を取り戻そうと、和幸俊純は様々な改革に取り組みました。けれど、辛うじて平和な時代をとりとめてきた和幸家代々の帝王たちでしたが、その努力を水の泡にしてしまったのは皮肉なことに和幸家の人間でした。
第十六代大成帝国王・和幸純統。彼が政治を担うようになってから、次第に亭国王の権威と信頼は失われていきました。そして十七代・尋純、十八代・尋朗父子が行なった悪政は、帝国民の不満を一気に爆発させました。その傲慢さから帝国の経済状況や公衆衛生を悪化させた和幸純統に対して、尋純・尋朗父子が行なったのは、完全な独裁政治でした。とりわけ和幸尋朗十八代帝王は、完全な軍国主義者であり、帝国民を力で制して、自分に従う軍の拡大に力を注いだのです。帝国民だけでなく、彼に従う純粋な忠臣たちに対しても権力を振りかざし、気に入らない者は次々に消していきました。成賀・成栄の戦いと言われた長い戦争。この過酷な大戦を起こしたのは、言うまでもなく、三代に渡って行なわれた「和幸の悪政」でした。名王・名将として崇められた和幸彰次季嗣が治めた「仁総大戦」以来、百年ぶりの戦が始まり、再び大成帝国は乱世の世へと突入していきました。十八代帝王和幸尋朗が支配する帝国の守り神親国軍邦衛警護隊の横暴が目立ち、大成帝国の中心である親国の国政が崩壊しかけると、その影響で被害を被った周囲の国々が親国に反対し、多くの国を巻き込んで勃発した「成賀・成栄の戦い」。その最中、和幸尋朗の悪政に反旗を翻したのが、当時和幸尋朗の命により争乱鎮圧をするために泰羅国へ遠征されていた洸雅之哉匡治という人です。周晋。あなたも知っているはずです。この帝国の光、匡治王の逸話。父である尚恭様とともに大成帝国の守り神として帝国民の尊敬を集めていた匡治王様は、戦争のない帝国を目指して立ち上がりました。後に、「帝国最後の戦い」と呼ばれた悪と正義の戦い。そう新真大成将軍洸雅の大乱です。
この大規模な戦いは、はじめ洸雅方に勝機があったのですが、和幸尋朗は帝王の権力をかざして配下の者たちを圧迫し、持久戦へとも連れ込みました。しかし次第に和幸方の内部崩壊が始まり、成栄三十四年、和幸家の重臣であった秦巳直靖の裏切りにより和幸尋朗が暗殺され、約五年間に渡って繰り広げられた戦いは終わりを迎えました。
成賀・成栄の戦い終結後、長期にわたる戦争によって深い傷を負った大成帝国は復興に向けて新しい一歩を踏み出すことになりました。帝国に本当の平和を。それが帝国民の切なる願いでした。終戦翌年成栄三十五年。帝国民の強い希望から、洸雅匡治を新帝としてたてようという話が持ち上がったのですが、洸雅匡治様はその要請を頑なに断りました。その代わりに、洸雅匡治は同じ旗の下ともに戦った真尋尚介(元大輝国帝国政務庁副長官)に帝国政治の立て直しを託し、匡治王自身は邦衛警護隊の任を負い、帝国の治安回復に力を尽くしました。そして壊滅的な被害を受けた諸国にも完全復興の兆しが見え始めた成栄四十三年三月。真尋尚介をはじめ多くの再興者たちの希望から、洸雅匡治様は第十九代大成帝国王に就任されました。その後、元号は涓詠と改元されて、二年後の涓詠三年に戦争のない平和帝国の確立を目指して、「中立時統帝国宣言」が提示されました。匡治王はその後も本当の平和を目指して尽力を傾け続けました。
しかし、涓詠十一年。匡治王は帝王の座を親友真尋尚介に譲り、同時に洸雅家の家督を長男亮太邦治様に譲りました。そして旗揚げ当時から忠誠を誓ってくれた軍の一部を引き連れ、壮樹の国へと向かわれたのです。それまで無主国だった壮樹国の初代壮樹衛将(壮樹国王)として、北国に天下の政を見定めるための邦衛軍政監視国・壮樹国の国造りを始めました。以後、壮樹国は帝王や大輝に残してきた邦衛警護隊と連携を取り、軍縮活動、内乱監視と鎮圧、戦犯者の監視という帝国にとって重要な戦後処理と復興の役割を担ってきました。
匡治王様率いる新真軍により帝国全土に平和がもたらされ、大成帝国は良き帝国へと変わっていきました。しかし、洸雅匡治様には一つだけ大きな「不安の種」がありました。それは…筅揆壬党の存在です。あなたも知っているように、筅揆壬党は壮樹国の南方に隣接する無法地帯・壬之原に拠点を置く異民族です。古くから壬之原に住む筅揆族は、古来から帝国には属さず、帝王の配下にはならないという考えによって成り立っていました。現来が戦闘好きの部族で、周囲の領土侵略をしない代わりに、独自の方法で集団の統制を保ってきましたが、それはとても血生臭い醜いものでした。隣国である雄焔国、壮樹国をはじめ帝国側は筅揆壬党を気味悪く思っていたものの、侵略行為をしないこと、また筅揆壬党が一切の交わりを好まないことから、「触れなければ害はない」と考えられてきました。しかし、洸雅匡治様は壮樹国に移ってから筅揆壬党の戦闘技術の高さを知り、また雄焔国が積極的に筅揆壬党に対する警戒態勢をとろうとしなかったため、壮樹国単独に調査を始めました。
洸雅匡治様は晩年、壮樹衛将の座を退官し、極寒の土地と言われていますが壮大な自然に囲まれた壮樹の国で穏やかな生活を送っていました。ところが、匡治王様の不安が的中し、壮樹国を震撼させたある事件が起きたのです。
涓詠二十九年、壮炎の役。戦犯者の保護監視としての役割を受け持ってきた壮樹国でしたが、小さな手違いから一部の罪人が脱獄し壬之原へ逃げ込み、筅揆族との間に殺傷沙汰を起こしたことからこの事件は勃発しました。洸雅匡治様と、壮樹衛将を引き継いだ亮太邦治様は、中立国の立場から悩みに悩んだ末、軍は動員せず話し合いでこの事件を治めようとしましたが失敗に終わってしまいました。壬之原に逃げ込んだ罪人たちは全員ことごとく殺され、怒りの収まらない筅揆壬党は聖域と言われる帝国の宝「壮樹」に火を放ちました。もともと壮樹の南方は特に険しい山岳地帯で人の出入りはない地帯でした。そのため人的な被害は免れたものの、壮樹の森を覆った炎は何日も燃え続け、壮樹の三割が真っ黒の焦土と化してしまったそうです。
筅揆壬党の脅威と人の世に蔓延する戦乱の残酷さを目の当たりにしてきた匡治王は、後世の人々に再び戦乱の脅威が迫った時に備えて、「匡治邦衛遺志伝帖」を著わし残しました。この伝書の名は息子の邦治様によって、匡治様の死後に改名されたものです。匡治様自身は、大成帝国救世伝と呼んでいたそうです。この遺志伝帖には、匡治王をはじめ戦乱で深く傷ついた大成帝国を建て直してきた成栄時代の人々の思いが込められていました。遺志伝帖に託された後世への伝言。
さて、ここからが私たちにとって重要なことです。その遺志伝帖に託された思い。時を経て、私なんかが語るにはあまりに重過ぎる。しかし、私は今、周晋。お前に…語らなければならない。
匡治王はこのように記しました。乱世は終息に向かい、平和の花の芽吹きが始まった。しかし、花もいつか枯れ果てるように、永遠の輝きを保てる人の世はない。より高くより強くあろうとする限り、欲は時に人に道を誤らせ、時に偉大な力を与える。命はすべて平等であり、命の犠牲の上に一部の幸福が成り立つことは許されない。人は己の弱さと闘って、己の前に立ちはだかる困難と闘って初めて強くなれる。つまり弱いのだ。だからこそ過ちを犯し、学んでゆく。時が流れれば、忘れられていくことも多い。犯した過ちも、学び得た事も。そして受けた傷跡も。我が子孫に伝えたい。我々は本当の痛みを知り、本当の誇りを持つことができる戦士であろう。成栄の記憶を遺す。私にはそれしかできず、過去に刻まれた残酷な時も我々が犯してきた過ちも、私には記すことができない。せめて成栄の時代の犠牲となり、志半ばに散っていった多くの命があったことを忘れず、帝国の権力の前になす術もなく、その手を血に染め、良心を失っていった兵士の無念を救いたい。多くの大国間に潜む小さな確執、国民同士の意見のすれ違い。筅揆壬党の脅威。大成帝国は再び、戦乱の世を迎えるだろう。その「時」が来た時、我が子孫の代から帝王を立て、帝国を建て直すことを託す。驕りの下に永き繁栄はない。権力を翳すのではなく、洸雅の誇りをただ貫けばよい。洸雅の誇りとは、「謙虚な正義への忠誠」であると。
この遺志伝帖には、一王九尊将七側臣主の位という言葉が見られます。つまり匡治帝王は再び大成帝国に乱世が訪れた時に、打開策として世襲や権力に囚われない臨時の王を立てよと言っているのです。匡治王が言われたように、人は忘れる生き物なのです。平和な時代を経て、成栄の痛みが忘れ去られた時代に単身立ち上がっても誰もついては来ない。従って、匡治王様は特に信頼にたる九尊将七側臣主の家系を指名したのです。ともに子孫に遺志を伝える仲間です。九尊将には、翔路家・篠田家・隆豊家・楢崎家・斎賀家・蔵澤家・進藤家・舘城家・撰葉家、そして七側臣主には恭家・享極家・嘉治家・浪方家・唐郷家・芥統家。そして我が趙李家…。
潤晋は随分と古ぼけた伝書をゆっくりと閉じ、目の前に静に置いた。そして、右手でその伝書を軽く押して前に差し出した。周晋は強張った顔のまま潤晋の話を聞いていた。目の前に置かれた伝書に目をやると、しばらく黙ってそれを見つめた。
寛琳護精心院で再会し、町の人の白い目を背に受けながら、二人きりの生活が始まってしばらく経ってのことだった。潤晋は周晋を自分の部屋に呼び、父永晋の遺言を弟にも伝えようと決心したのである。
「この匡治王遺志伝帖は、周晋。あなたが持っているべきです」
潤晋は緊張した面持ちで言った。
「俺が…。どうして」
「私より、あなたのほうが相応しい。理由はただそれだけです」
「兄貴。分からないよ」
「どうしてです」
「俺に。趙李家の血を汚した俺にこれを持つ権利はない」
周晋は声を震わせて言った。
「周晋。突然のことで驚いたでしょう。趙李家が身を挺して受け継いできたこの血の誇りを、どのように思いますか。まだ時間はあります。じっくり考えてみてくれませんか」
潤晋は周晋の定まらぬ視線を真っ直ぐに見つめて言った。
周晋は兄の言っていることを理解することができなかった。幼い頃から両親の言うことは聞かず、喧嘩沙汰を起こし両親や兄だけでなく、道場の門弟に迷惑をかけたことも一度や二度ではない。人を信じようとはせず、我がままで、不器用で、そのくせ自分自身にも自信を持てず、ただただ荒れた日々を送ってきた。そしてついには自分に多くの愛情を注ぎ、決して見捨てようとはしなかった両親を失い、己の手で付き人を斬った。後悔はなかった。もちろん喜びも感じなかった。死のうとも思わなかったが、生きる希望も周晋にはなかった。
自分がこうして今息をして生きていることが不思議で仕様がなかった。というよりも生きていることとは一体どういうことなのだろうと日々自問していたのである。
そんな自分に、趙李家の誇りとやらを継げというのか。
周晋はすっかり色気を失った顔で伝書を睨みつけている。潤晋は、そんな弟を見つめていつもの優しい微笑み浮かべた。
「周晋。私が父上から趙李家の定めを聞いたのは十六の時でした。今のあなたと同じ年ですね。私は非常に困惑して父上からこの話を聞いたことを、まるで昨日のように思い出すことができます。それでも整理のできない頭の中で、自分ができることを精一杯やろう。父上のような立派な人間になり、この帝国の平和のために力を尽くしたい、そのように思いました。でもね周晋…。父上のお気持ちは私とは違っていました」
潤晋はこう言うと、再び伝書を自分の手に取り、ゆっくりと紙を捲り始めた。伝書はさすがにかなり古く、所々破れていたり文字が薄れて読めなくなっている箇所もあった。潤晋は伝書を痛めないように優しく捲り、最後の紙面を開いてその手を止めた。
潤晋は開いたまま伝書を床に置くと、
「父上が亡くなる前日のことでした。私は父上に呼ばれて、二人きりで話をしました」
と言った。
「あの時どうしてか、父上は私に頭を下げられたのです」
潤晋は微笑んだままではあったが、少し遠くを見つめるように顔を横に向けた潤晋の瞳には悲しみが滲み出ていた。
「私にはどうして父上が私に頭を下げているのか分かりませんでした。私が父上と向かい合うようにして座った瞬間に、父上はすまない潤晋と言って顔を伏せてしまいました。もしかしたら父上はあの時涙を流しておられたのかも知れません。父上は、もう一度すまない潤晋と言って、その後にこのように続けられました。お前には申し訳なく思うが、どうか周晋に趙李家の誇りを譲ってやってくれ。あの子が生きる道を開けるように」
周晋の頬に一筋の涙が伝った。自分の肩が小刻みに震えていることに周晋は気づいていなかった。
潤晋はそっと周晋の肩に手を置いた。思いがけず薄く感じた周晋の肩。まだ本格的な成長期な迎える前の青少年の肩だった。弟はこの背にどれほど重いものを背負っているのだろうか。潤晋は、手のひらに伝わってくる周晋の肩の震えから読み取れるものを心の底から感じようとした。
「思えばこれが私が父上から聞いた最後の言葉でした。父上の無残なお姿を目にしたのは翌日のことでした。前の晩、私は自分の部屋に閉じ籠って父上が言われた言葉の意味をずっと考えていたのです」
潤晋は、周晋の肩からそっと手を離し、伝書の最後の紙面に書かれた文字を指差した。周晋は涙のあとを手でぶっきらぼうに拭うと、伝書に目を落とした。
古い伝書の最後紙面にはこう書かれている。
趙李の血と誇りを継ぐ者へ
永き世に渡り引き継がれし忠誠の誓い 今こそ果たさん
趙李丞翔永晋
周晋は涙で滲む目で、懐かしい父永晋の力強く書かれた文字をゆっくりとたどるように読んだ。
「永き世に渡り…。これは永渡様、つまり匡治王様の末裔を指します。そしてもう一つ。父上が遺された言葉には、父上が私たちに伝えようとしたある言葉が隠されています。それが何か分かりますか。周晋、それはあなた自身が見つけなければなりません」
潤晋は、声に少し重みをつけて父永晋のまねをして言うと、最後ににこりと笑った。
周晋は、潤晋の笑顔を見つめるとそれまでの肩の震えがおさまったのを感じた。そして少し落ち着きを取り戻してゆっくりと一度だけ深呼吸した。腕を組み、目の前に置かれた伝書に遺された父の言葉を、胸の内で何度も何度も繰り返したどるように読んだ。潤晋は食入るように伝書を見つめる周晋の顔を真っ直ぐに見つめ、周晋が次に発する言葉を静かに待っているようである。その眼差しは、昔と何一つ変わらない、弟を見守り励ましているときのものだった。
静寂が二人を包む。まるで時が経つのを忘れてしまっているかのように、潤晋も周晋も微動だにせず、わずかに二人の呼吸の音がその場の空気を震わしているだけであった。
潤晋はそっと目を閉じた。父と母の顔を思い出す。この頃は、どれだけ努力をしても両親の悲しい顔しか思い出せないでいた。しかし潤晋は、必死に父からの言葉を理解しようとしている弟の真剣な表情を見て、なぜか周晋が父が遺した言葉に暗示されたものを自分自身の言葉で表現してみようとしている今なら、父と母のあの優しい笑顔を思い出せそうな気がしたのである。潤晋の追憶の中で、厳格な父永晋が多くの弟子達に剣術を指南し、稽古を終えると時々汗を拭きながら微笑んでいる。賢くて優しかった母奈緒。道場の片隅で自分が稽古の手を止めるのを待っている。休憩に入ると、すぐに側に寄って来て御精が出ますねと言って微笑んでいる。付き人であった壱次雄大が自分のすぐ斜め後ろにぴたりと付き添い歩いている。多くの弟子たち。みんな、みんな微笑んでいた。
「俺だ…、兄貴」
ふいに発せられた周晋の声が、潤晋の意識を追憶から現実へと引き戻した。潤晋がゆっくりと目を開けると、周晋が真っ直ぐにきれいな黒い瞳で自分を見つめている。こんなにも澄んだ弟の目を見たことがあっただろうか。
「俺の名…、俺の名だ。永き世に渡り、引き継がれし忠誠の誓い。永き世。忠誠の誓い。永誠。趙李永誠。俺の名だ」
たどたどしくはあったが、周晋は一言一言を力強く言った。
潤晋が大きくゆっくりと頷いた。そうだ、その調子だ。潤晋の目がそう言って周晋を鼓舞している。
「この文字はまだ新しい。昔に書かれたものではない。父さんは…。俺に試練を与えたんだ。永誠、今こそ果たせ。俺の体には趙李の血が流れている。それを肝に銘じて、この試練を果たせる者に…なれと。そう言っているんだ」
周晋は拳を強く握りしめて言った。
「周晋、その通りです」
潤晋は嬉しそうに周晋の拳の上に手を乗せて言った。
「父上は、周晋。あなたに、趙李家が受け継いできた誇りを…この帝国を、帝国の民を、そして大切な家族や友人を、醜き争いから守るために、限られた者にだけ許された匡治王の名の元に決起するという名誉のお役目を受けてほしい。そのように思われたのです。そして何より…何よりも、その思いに込められたのは、周晋。お前に生きてほしい。困難を越えて、お前の真っ直ぐな剣で、匡治王様を助けてほしい。生きている喜びを、誰かのために生きる喜びを、感じてほしい。そう願ってその言葉を残された…。私はそのように思います」
いつの間にか、今度は潤晋の頬を涙が伝っていた。
永晋は、母の命を奪われ、自分の付き人を斬り、道場を飛び出して行ったきり戻ってこない周晋のことを心から案じていた。不器用で、我がままで、無鉄砲な子の将来を心から心配していた。そして誰より、周晋の胸の内に潜む強さを、真っ直ぐな心を、人の痛みや苦しみを理解することができる優しさを知っていた。潤晋も周晋も、永晋にとっては最愛の息子である。永晋も悩んだのであろう。初めは、古来からの風習に従い、長男である潤晋に趙李の家督を、そして次男である周晋には宰仙流の剣を継ごうと考えていた。二人の性格や人間性から考えても、それが最も相応しいと感じていた。もとよりそのつもりで、幼い頃から潤晋には長としての心得を叩き込んできたのである。幼い子には酷であったであろう。しかし潤晋もよく耐え、よく弁え、よく学んだ。しかし、趙李家を襲った悲劇が、永晋の将来への備えも彼自身の人生をも狂わせてしまったのである。省民から敬われ、慕われた名省司。また剣術宰仙流の使い手としてもその名を知られた趙李永晋の自殺は、最愛の妻を亡くした悲しみや、息子に人を斬らせてしまった自責の念が原因であったのであろう。しかし、永晋に自決を決意させた最大の原因は、何よりも趙李家の誇りを伝えるものとして自分自身が許せなくなったのではあるまいか。その代わりに、己の命を我が息子に託したのではあるまいか。自分は何も守れなかった。だからせめて生きる理由を見失った息子に、その理由を残したのではあるまいか。
潤晋はたった一文の言葉から、父のそうした思いを感じ取った。父の涙。土下座。そして血溜まりの中で息絶えた父の亡骸から、その切なる願いを感じ取った。誰よりも趙李家の血に誇りを持ち、先祖の想いと平和を願う匡治王に忠誠を誓っていたのは父趙李永晋であった。
潤晋はすっと立ち上がった。そして涙を見せまいとしたのか、ゆっくりと周晋に背を向けた。
「慌てることはない。じっくり考えてみて下さい。あなたの本当の気持ちを整理してみて下さい。でもね…。これだけは忘れないで下さいね」
潤晋は後ろ向きのまま、右手の親指を立てて腕を前に伸ばして言った。
「あなたは独りではありません。決して、独りではありません。遠く離れていても、私たちは血を分けた唯一無二の兄弟なのですから」
潤晋は静かに部屋を出て行った。潤晋は気づかなかったであろうが、周晋は部屋を出ていく潤晋の大きな背に向かって深く頭を下げていた。
「滋柳の隼人と滋柳の人斬りか…。あんたは、滋柳の光だよ」
周晋は呟くように言った。
もう迷いはなかった。自分に何ができるのか分からない。仙石を斬ったあの日から、自分が生きているという感覚もその意味も、すっかり失ってしまった。雨の中、道場を飛び出して何の当てもなく、ただただ逃げ出したい一心で遠くへ遠くへ歩き続けた。二度と戻らぬつもりでいたのだが、何も持たずに飛び出した上に、まだ独りで生きてゆくには不十分なことが多すぎたのである。身につけているものと言えば刀一振り。付き人の血を吸い、手入れもできずにいたので、すっかり錆びつき使いものにはならなかった。周晋は、毎日当てもなくうろつき、日雇いの仕事を嗅ぎ付けては、何とか食いつないでいた。そんな乞食同然の浮浪生活の中でも、周晋は錆びついた刀で型稽古をすることだけは決して怠らなかった。それは物心つく前からの習慣であったのだ。しかし今までは、稽古刀をその手に握った瞬間に完全な無心になって刀を振ることができた。しかし、今は錆びた刀が自分の頭の上でひゅんひゅんと鳴らす音を耳にするたびに、母奈緒の死に顔や、仙石次朗の冷たく死相を帯びた顔が思い出された。そして、一体どこの町であったのか、宰仙流の先代が死んだという噂を耳にして、周晋は気が気でなくなった。あの厳格で、誰からも慕われていた父が、もうこの世にいない。母だけでなく、父までも失ってしまった。心の奥で父の死を信じられないでいた周晋の心の中に、ふと兄はどうしているのだろうという疑問が浮かんできたのである。昔から、優しくて面倒見がよくて、何かと気を遣ってくれる兄が苦手だった。年も離れていて、離れて過ごした時間も長い。それでも心の底のどこかで、その兄に対する尊敬の念があったことを、周晋はここ数年少しずつ感じ始めていたのである。寛琳護精心院で兄の姿を見つけた時、周晋はこの兄だけは失ってはいけない。子供心にそう決めたのであった。
翌朝、周晋は潤晋の部屋を訪ねた。暗い部屋の机の前に座り、周晋が戸を開けるとゆっくりと振り返った潤晋の顔は、一晩中泣いていたのだろう、無精髭が少し伸びて目が真っ赤に腫れていた。
それでも潤晋は、いつもの優しい笑みを浮かべて、
「お早うございます。早いですね。どうぞ、お入り下さい」
と、まるで大切な客人を招き入れるように丁寧に言った。
「俺、父さんの願いを叶えてやろうと思う。どんな苦しい試練でも、乗り越えてみせる。趙李の血が背負った役目を、必ず果たして見せる。そんで、あんたにもいつか認めてもらう」
周晋は、少し躊躇いながらも、大きくはっきりした声でこう言った。昔から変わらない、ぶっきらぼうな言い方ではあったが、その目は真剣そのものであった。
潤晋は、大きな声に少し目を丸くして聞いていたが、ゆっくりと立ち上がると周晋の前に歩を進めた。そして両の手で弟の肩をしっかりと掴むと、底抜けの明るい笑顔で、
「はい。頼みましたよ」
と一言だけ言って、自分の胸に周晋の体を寄せて力強く抱きしめた。
真夏の太陽が、旅路の二人を容赦なく照りつけている。汪善省有数の宿場町であり、商業も盛んで大いに賑わう銘部の町中を、兄弟は肩を並べてただ黙々と歩いていた。暑さで苛立っている周晋の首筋には、大粒の汗が所狭しと並び、周晋は何度も佐納衣(さない。大成帝国の一般的な旅着)の襟元を無理やりに引っ張って、その汗を拭っていた。そのぶっきらぼうに汗を拭く癖も、昔から何にも変わっていない。潤晋は、そんな周晋の仕草を横目で見て、そっと懐かしそうな微笑みを浮かべていた。
銘部の休息所を出発してから数刻も経つと、日も傾き、幾分かじっとりとしていた空気も気にならなくなった。周晋のすっかり伸びきった佐納衣の襟元も一日の役目を終えたようだ。
一言も交わすことなく、ひたすらに歩いている二人の沈黙を破ったのは、どこからか聞こえてきた鐘の音であった。
「銘部の町もここまでですね」
潤晋は足を止めて言った。
銘部の町は、誉那郡と伴南郡の境町である。その郡境には、立派な鐘堂が建ち、旅人に時刻を告げていた。潤晋と周晋は、この銘部の町を離れてすぐに、互いの道を違える約束になっていた。ともに行き先など決まっていなかった。
父の遺志を果たさんがため、故郷滋柳に永遠の別れを告げようと周晋が決意したとき、兄弟の間に言葉など必要なかった。兄にも何か考えがあり、いつかは滋柳を離れようとしていたことを、そして兄弟がともにいてはならないということも、周晋には分かっていた。潤晋は、たとえ遠く離れていてもお前は独りではない。そう言ったのだ。
二人は、大切な思い出と悲しみを互いの胸の中にしまいこみ、住屋も道場も完全に畳んで、故郷を後にした。
帝都汪毅省から真っ直ぐ南下し、汪善省を東西に分け、誉那から伴南にかけて大きく曲がっている汪進街道は、銘部の町で二つに道が分かれている。銘部が宿場町として栄えた所以である。その一筋は汪進香泉筋といい、銘部から伴南郡に入ると東へ東へと真っ直ぐに伸び、堆光省燈義之郡まで続いている。そしてもう一筋は汪進泉神筋といい、伴南に入るとすぐに南下し栄邦省栄道郡まで曲がりくねって続いていた。
「香泉筋は面倒な輩も多いと聞く。くれぐれも気をつけろよ」
周晋は、潤晋の言葉には答えなかった。自分は銘部では宿はとらず先に進む。ここで別れるから、道中くれぐれも気をつけろよと周晋なりの餞別の言葉だったのかも知れない。
「周晋、ありがとう。ここでお別れですね」
潤晋は多言を好まない周晋の性格を知っている。手に持っていた荷物を一度地面に置くと、潤晋は腰に差していた一振りの刀をはずし、周晋に手渡した。
「これをあなたの旅の供に連れて行ってやって下さい」
それは、十数年潤晋が肌身離さず大切にしていた父永晋から贈られた刀であった。名刀中の名刀で、汪善名門の刀鍛冶石澤善臣の作品で、善臣刀と呼ばれる一振りであった。
「でも、兄貴。一振りしか身につけていないのに」
周晋は少し戸惑って聞いた。潤晋は、たった一振りを残し、趙李家が大切に保管してきた名刀は、すべて刀鍛冶の元に返してしまっていたのだ。そして父永晋の遺刀を三振り、自分に授けてくれた。周晋はその兄の行動が意味するところを分かってはいなかったが、たった今兄の口から直接聞かされることになるとは思ってもいなかった。
「よいのです。もう私には必要ないのですから。あなたに使われるほうが喜ぶでしょう」
潤晋は自分に言い聞かせるように頷きながら言った。
「私は趙李の名も捨てます。父上と母上から頂いた趙李翔憲潤晋の名は、自分の胸の奥底にしまいこみ、二度と使いません。私はどこかたどり着いた地で、新しい名を持ち、新しい人生を歩むのです。剣も捨てます。未練はない。周晋、あなたを信じているから。私は私なりに、私の役目を果たすつもりです」
潤晋はそう言って、再び荷物を持ち上げると、
「さあ。日が暮れる前に行きましょう」
と言って周晋の横を歩いていった。
周晋はその時、兄趙李翔憲潤晋の大きさを知った。この兄を失ってはいけない。周晋は何も言わず、潤晋から受け取った刀を腰に差し、しばらく兄の後姿を見つめていた。
二人は伴南郡二見郡に入った。汪進街道の分岐点、二見口。兄弟は向き合って立っていた。優しい顔立ちのわりに、背が高く厚みのある胸を張り、背筋を伸ばして立つ兄を、周晋は見上げた。目の高さもまだ兄には追い付いていない。その兄の目の高さに何とか合わせようとして、周晋は思いっきり背筋を伸ばした。
「周晋。お別れですね。お元気で。忘れないで下さい。あなたはどんな時も独りではありません。そして自分を信じなさい。あなたの生きる道を、まっすぐ進みなさい。さあ、お前の逞しく強い背を見送らせてください」
周晋はゆっくり頷いた。そして一歩後ろに下がり、頭を深く下げた。
「ありがとうございました。匡治王七側臣主・趙李永誠周晋。参ります」
顔を上げおそらく最後になるであろう兄の顔をしっかりと頭の中に焼き付けた。そして、後ろを向き、一目散に駆け出した。夏の夕暮れ。周晋の姿がだんだん小さくなってゆく。
潤晋は、いつまでもいつまでも、弟の後姿を見送っていた。その背には、生きる力が漲っているように見えた。潤晋は、弟の姿が見えなくなっても、その場にずっと立ち尽くしていた。次第に夜の闇が潤晋を包み込んでゆく。もし周晋が振り返っていたら、その兄の姿は夜の闇を、自分の心の闇を照らす、大きな光に見えたのであろう。