↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
PR

出会いが空から降ってきて

作者: くだか南
掲載日:2026/07/24

女はバスを待っていた。

男は道に迷っていた。

「彼女」は空を見上げていた。

ありふれた街角の、ありふれた日常だった。

男は地図を片手にバス停へと向かった。

バスを待っている女に、道を尋ねるためである。

「すみません」

男は声をかけた。

「はい?」

女は振り返った。

2人の目があった。

その時、男と女の間に、何かが通り過ぎた。

上から下へ。

厭な衝撃音が響いた。

男と女が最初に感じたのは、目の前を落下する風と速度だった。

そして、顔にぶつかる液体の温度。

男は動けなかった。

足元に転がっているモノを見て、感覚が麻痺していた。

それは全裸の人間だった。

落下して地面に叩きつけられたのだ。

地面に衝突した姿勢のまま、全く動かない。

若い女性──、少女に見える。

「彼女」は俯せの状態で、顔を男の方に向けていた。

短い金髪の頭。

体と地面の間からは、どんどん血が流れ出している。

「彼女」が全裸で落下してきた事は異常だったが、さらに不死然だったのは、背中に白いシャツが一枚纏わり付いていた事だった。

きちんと着ているわけではなく、シャツの袖を背中から首の下にまわして結んでいるようだ。

(マントか?)

男が反射的に思った時、

ガツ!

ドォ

何かがぶつかる音がした。

地面に転がった「彼女」の向こうで、バスを待っていた女が倒れていた。

ショックで気を失ったのだろうか、倒れて、バス停のベンチに頭をぶつけたらしい。

横たわった女のこめかみから、血が流れていた。

男は「彼女」を飛び越えた。

女に駆け寄り、背広のポケットに入れていたハンカチで、女のこめかみを押さえた。

すぐにハンカチに血が染みこむ。

男は叫んだ。

「誰か!、救急車を!、誰か!」


野次馬が遠巻きに見守っている中、救急車とパトカーが、間を置かずにやって来た。

男は、ただ、女の傷にハンカチをあてているだけだった。

頭をぶつけた人間は、動かしてはいけない、とくに、頭部は動かさない。

その程度の、医学知識とも呼べない知識しか、男には無かった。

だから、真っ赤な手で、血を吸い込んだハンカチを、女のこめかみに当て続ける事しか出来なかった。

女はすぐに救急車に乗せられた。

「彼女」の周囲にはブルーシートが張られ、もう、「彼女」の姿は見えない。

男は、頭がぼうっとして、ただ突っ立っているだけだった。

「大丈夫ですか?」

すぐ近くで声がした。

男は、しばらく反応出来なかった。

「大丈夫ですか?」

2度目で、それが自分に向けられた声だと認識した。

「あ、はい、大丈夫です」

男は声のした方を向いた。

若い警察官だった。

警察官は、男の真っ赤な手や、服に飛び散った血を見て、ゆっくり、優しく話しかける。

「そのままでは、お話も出来ませんから、とりあえず、手を洗いましょう、近くの警察署までパトカーでお送りしますから」

男は自分の手を見た。

真っ赤な手。

女の血だ。

嫌悪感のようなものは無かった、だが、異常な状況だとは認識できた。

「お願いします」

男は、パトカーの後部座席に乗りながら、ハンカチを持っていない事に気づいた。


警察署で手や顔を洗い、自販機で温かい缶コーヒーを飲んだら、だいぶ落ち着いた。

通報者は、事件現場の向かいのアパートの住人だった。

たまたま、向かいの雑居ビルの屋上に、人が立っているのを見た。

全裸のようだった。

そして、次の瞬間には、その全裸の人は、屋上から落ちた。

しばらく、心と体が動かなかった。

「誰か!、救急車を!、誰か!」

外から聞こえてきた叫び声で我に返り、電話に飛びついた。


警察署での手続きを終えたところで、男は一人の警察官に呼ばれた。

現場で男に声をかけた若い警察官だ。

「救急車で運ばれた女性ですけど、意識が戻ったそうで、大事は無いと、あちらから連絡が入りました」

「そうですか、それは、良かった」

「はい、それで、あなたに、助けてくれたお礼がしたいと」

警察官が言うには、女は男にお礼がしたいが、頭を打った事による精密検査の関係で、しばらくは入院する事が決まった。

退院したらすぐにお礼に伺いたいので、警察経由で、連絡先を交換出来ないか、と言う事だった。

「それと」

「はい」

「あなたのハンカチは、洗っても血の染みは落ちそうにないので、弁償させてほしい、との事です」

「ああ、あのハンカチ、救急車に乗せられてたんですね」

「それで、どうしますか?、お名前と電話番号は預かってますが?」

「ええと、あの人は、明日も入院してるんですね?」

「そうですね」

「じゃあ、こちらから、お見舞いに行くと伝えて下さい、明日の午前中にでも」

「はい、しばらくお待ちください」

警察官の表情が、少し優しくなった気がした。


「彼女」は自殺だった。

複数の人間が、「彼女」が雑居ビルの屋上に一人でいるのを見ていた。

裸の「彼女」が、錆びた金網をこえるのを見ていた人もいた。

「彼女」は、一人で、屋上の縁を蹴り、落ちた。

雑居ビルは4階で、屋上は5階部分に相当する。

それよりも高い建物は周りには無く、屋上から落ちる「彼女」を下から見上げた人達は、一瞬、「彼女」が空に駆け上がるように見えたと言う。

警察が雑居ビルの屋上に駆けつけると、そこには、畳まれた「彼女」の服と下着と、綺麗に揃えられた靴が並んでいた。

遺書と思われる物が、服のポケットに入っていた。


翌日、男は病院に向かった。

女の名前と病室は、警察経由で受け取っていた。

病室の入り口から中を覗くと、窓際のベッドに昨日の女がいた。

頭に包帯を巻いた女が、ベッドの上で上半身をおこし、新聞を開いている。

「おはようございます」

男は歩きながら、窓際の女に声をかけた。

女は振り向く。

女は男の顔を見て、少し考える表情をした。

すぐに、男に向かって微笑んだ。

「昨日の人、ですね?」

女は新聞を畳んだ。

「はい」

男は応える。

「昨日は、ありがとうございました」

男の方へ体を向け、頭を下げる。

「いえ、大した事は」

女が顔を上げた。

男は言葉がつまった。

女が、泣いていたからだ。

女の両の目から、涙が溢れていた。

「あれ?、どうしたんだろ」

無理やり作ったような笑顔で、女がポロポロと涙を流している。

「あれ、んんう、う、う、ぅう、あ」

「大丈夫ですよ」

男は優しく声をかける。

「ああぁ、うぁぁぁあ!」

大声で女が泣き出した。

「大丈夫、大丈夫」

優しく、優しく声をかける。

目の前でわんわん泣いて女を見ながら、この人は、自分にとって、特別な人だと、男は思った。

運命の出会いだと思った。


新聞によると、自殺した少女は16才で、定期的に精神科へ通院していたらしい。

少女が飛び降りた雑居ビルは、取り壊しが決まった、ほぼ無人のビルで、誰でも屋上に上がる事が出来たと言う。


女が退院してからも、二人はたまに会って話をした。

やがて話すだけではない仲になり、半年を過ぎた頃には、互いの両親への挨拶も済ませていた。

二人は、二人の明るい未来を見ていた。

二人で結婚式の式場と日取りを決めた。

全てが順調に進んだ。

結婚式が間近に迫った頃、男は女との出会いを思い出していた。

二人の間に「彼女」が落ちてこなければ、この出会いは無かった。

結果的に二人を結ぶきっかけになった「彼女」は、自ら死を選んだ。

その間近にいた自分達は幸せなり、結婚しようとしている。

男の中には、小さな小さな罪悪感のようなモノがあった。

なぜ「彼女」は死を選んだんだろう……

男はこの機会に、初めて、「彼女」に線香を上げようと決めた。

あの事件の後、「彼女」の親から、謝罪の手紙を警察経由で貰っていた。

そこに、住所や電話番号も書いてあった。

電話でアポイントを取り、翌日、一人で「彼女」の家に向かった。

この事は女には内緒にしていた。

「彼女」のコトは、あの日、病室で女が大泣きした後も、あえて話題にはしていなかったからだ。


その家は、立派な屋敷だった。

上品な両親が、男を迎えてくれた。

男は仏壇に手を合わせた。

仏壇には「彼女」の写真が立てられていた。写真の「彼女」は笑顔で、少し浮き世離れしたような美少女に見えた。

軽い世間話になった。

そこで男は、あの時の女と結婚する事を話した。

「彼女」の両親は、少し驚いた様子で顔を見合わせた。

父親が頷いた。

母親は仏壇の引き出しから、封筒を取り出し、男の前に置いた。父親は男を見た。

「読んでもらえますか?」

「これは?」

「娘の遺書、です、あの日、あの娘のポケットに入っていました」

「いいんですか?」

「はい、是非あなたに読んでほしいんです」

男は封筒を手に取って、中から便箋を取り出した。

両親を一度見て、畳まれていた便箋を開く。

丸い字でこう書いてあった。


ーーーーーーーーーーーーーーー


私は天使になる

私は天使になって天国にいくの

空にいくの

私は天使になって

愛のキューピッドになるの


ーーーーーーーーーーーーーーー


男はしばらく便箋を見つめた後、小さく呟いた。

「あのシャツは天使の羽根だったのか…」





「出会いが空から降ってきて」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。