表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ハレルヤおでんは愛の味

作者: 舞茸 満
掲載日:2026/03/02

おでん屋台を営む母の訃報に、遠方から帰った私。高齢の身体でなぜ屋台を引き続けたのか…葬儀を通して、私が知らなかった母の姿が明かされる。



「お母さんが亡くなったの。すぐに帰ってきて」


 仕事中、妻からの急な知らせが私に届いた。遠方で単身赴任中の私は職場に忌引届を出し、夕方の新幹線に飛び乗った。母は神経痛を患っている他には、目立った大病はこれまで無かった。はやる気持ちと裏腹に、私はまだ現実感が乏しいままだった。


 父が亡くなってから三年、母は最期まで自宅でおでんを仕込んでいた。


「おでんを待ってくれている子たちがいるからね」


 それは、私が幼い頃からおでん屋台のリヤカーを引いていた両親の口癖だった。まるで合言葉のようだった。


 私はなかなか帰省できず、最後に母に会ったのは、父の三回忌だった。


「ご飯食べてるのかい?」


 会えばいつもその言葉から始まる。


「忙しくても、ちゃんと食べるんだよ」


 別れ際に聞いた生前の母の声は、それが最後になってしまった。


「分かってるよ」


 生意気だったと振り返る頃にはもう遅い。


 駅から両親が住んでいた自宅アパートまでは、タクシーで向かった。支払いを終えてタクシーを降りると、アパートの敷地に両親が使っていたおでん屋台のリヤカーが置かれていた。年季が入り、ところどころ補修跡のある古びた車体は主を失い、貧相に見えた。私を育ててくれた両親の屋台だが、それを恥ずかしいと思った時期もあった。


 玄関の扉を開けると、出汁の香りが私の鼻に届く。部屋にすっかり染み付いているようだ。この香りは、思い出として私の脳裏を刺激し、幼い頃からの記憶が蘇ってきた。昆布と鰹節でじっくり時間をかけた出汁の香りは、それだけで味覚すら反応してしまう程だった。


 公園に出していた両親の屋台は、放課後の時間を過ぎると沢山の子供達で賑わっていた。おでんは少し甘めの風味が特徴で、一番人気は味の染みた玉子と大根だった。毎回沢山仕込みをしても、季節を問わずいつもすぐに売り切れた。


 高齢の両親に年金生活では苦しかろうと、私は生活の足しになる程度の仕送りもしていた。父が亡くなってからも、母が一人でリヤカーを引いていた。お客さんの多くが子供や学生だった事から、殆ど赤字のような金額で売っていた。お小遣い程度の金額で、お腹いっぱい食べて欲しいという想いは理解していたが、大した儲けにもならず、老体に鞭を打って働き続けることに私は反対だった。


「儲からないんだから、もうやめたら良いだろ」


 会えばいつも最後はこんな話になる。母がずっと働き詰めだった事を思うと、せめて神経痛の治療に専念をして、ゆっくり過ごして欲しかった。




 毎年の帰省すらしなかった私は、母へのせめてもの罪滅ぼしに、小さいながらも通夜式を執り行うことにした。両親は洗礼を受けたプロテスタントのクリスチャンだった。棺に眠る母の首には、生前から身につけていた十字架のネックレスがかけられている。


 葬儀は、両親が生前洗礼を受けた教会で執り行うことにした。私が教会へ赴くと、礼拝堂には既に母の棺が安置されていた。花で飾られた祭壇には、母の遺影が置かれている。妻が自宅のアルバムから写真を探し出し、スマートフォンに画像添付をして私に送ってくれた。


「この写真が良さそうだけど……」


 少し若い時の写真だったが、割烹着を着ているもので、私の記憶にある最も母らしい写真だった。この遺影に映る母にも、首から十字架のネックレスが下げられている。


 葬儀の準備は、私が赴任先から戻るまでに、ほぼ妻が手配をしてくれていた。通夜式は私と妻、少数の親戚が出席する家族葬とした。私は年老いた両親の個人的な付き合いを殆ど知らない。近所の人もほぼ来ないだろう。通夜式は静かに執り行われるはず……だった。


 牧師先生の司式で始まった通夜式は、讃美歌を歌った後、説教に移っていた。ふいに、教会の入口がざわついていることに気づいた。見れば、多くの子供やその保護者と思われる大人、社会人になりたての様な若者たちが大勢居た。中には作業着を着た金髪の男女まで。牧師先生の奥様が、来られた人の対応をして下さった。


「皆様、弔問にお越し下さったそうですよ」


 誰も来る筈がないと思っていた私は驚いたが、礼拝堂へ次々に弔問の方々が入ってきた。


 焼香をしないキリスト教式の通夜に慣れていない人々からは、戸惑いも見受けられた。私が牧師先生の顔を見ると「まぁまぁ」と微笑んで手を振る動作をした。


 作業着の若い男女が祭壇の前まで来た。二人とも髪は金髪で、現場からそのまま来たようだ。私は彼らの出で立ちに、少々身構えた。青年は線香が無いことに気づくと、柏手を打った。 


「それは神社だよバカ」


 彼女は青年を小突いた。彼女は強引に彼を抱えて外へ連れ出した。弔問者の列から、押し殺した笑い声が聞こえていた。


 通夜式が終わり、弔問に来ていただいた方々へ、お礼として大広間で軽食を振る舞うことにした。弔問客が多い為、妻が牧師先生の奥様と手分けして、サンドウィッチや寿司などを既に手配していた。大広間は、通夜式の教会とは思えない程に賑やかな声が溢れていた。 


 妻に促され、私は遺族代表として挨拶をした。これまでのお礼を伝えた上、多くの弔問客が来られた事に驚いていることを正直に伝えた。その後、色々なお話を聞くことになった。


「はんぺんおいちかったぁ」


「味の染みた大根、最高でした」


 おでんの感想だけでなく、男女も年代も関係なく語られたのは、私の知らない、両親の姿だった。皆から「お父さん」「お母さん」と呼ばれていたことも。


「なんか言いなよ!」


 先程の作業着の女子が彼を叩いた。サンドイッチを頬張っていた彼は、叩かれた反動で吹いてしまった。周囲に笑いが起きる。


「ウチら時々学校抜け出して、おでん食べに行ってました。お母さんに『学校は卒業しなくちゃダメよ』って、よく言われました」


 作業着の女子は語ってくれた。私をいつも心配していた母らしい言葉に思えた。


 気づくと、妻が大きな鍋を持って広間に現れていた。両親から聞いていたレシピを元に、通夜に合わせておでんを作っていた。昨夜から仕込み、このタイミングに合わせて礼拝堂脇のキッチンで温め直したようだ。


「さあ、どうぞ。お母さんのおでんにはまだ追いつきませんけど」


 妻は照れながらそう話し、おでんを次々と取り分けた。部屋の中は、鍋から立ち昇る湯気に乗って、出汁の香りで包まれた。


「うまい!これぞ、おふくろの味!」


「美味しい、後でレシピ教えて欲しいです」


 香りにつられて私も大根とはんぺんを口にした。甘めの出汁が舌に染み渡り、口の中に余韻が残る。はんぺんはふわふわとした食感があり、大根は噛むごとに、口いっぱいに味が染み出してくる。この懐かしい香りと味は、かつて家族で食卓を囲んでいた記憶を蘇らせた。どれほど時間が経とうとも、五感は記憶を忘れない。


「やるなぁ、美味しいよ」


 妻は安心した様な微笑みを浮かべた。


 子供たちは割り箸やフォークを使い、熱いおでんに息を吹きかけながら頬張っていた。母がいつも言っていた『お腹いっぱい食べて欲しい』という願いが、目の前で実現しているようだった。鍋はあっという間に空になり、子供たちは皆満足げな表情を浮かべていた。


 その後、私と妻は中座し礼拝堂へ戻った。予め取り分けたおでんを、母の遺影に備えるためだった。


「母さん、カミさんのおでんだよ」


「『まだまだ』って言われるかな」


 妻は少し恐縮した表情になっていた。母ならきっと、このおでんを誉めただろう。もっと元気な時に、こんなやり取りをしたかったなと思う。今となっては、感想が聞けない事が悔やまれてならない。


 まもなく教会を閉める時間になる。弔問の参列者の方々が次々と帰りだし、お一人お一人を妻と共に見送った。大勢の方の姿に、儲かりもしない屋台を両親が続けていた理由が少しずつだが理解できた様な気がした。私は、祭壇で微笑む母の遺影に目をやった。


 その晩は、両親が過ごしたアパートで私たちは休むことにした。妻は時々この部屋で、おでんの仕込みを手伝っていた。


「今夜のおでんは美味かった。懐かしい味だったよ」


 私の正直な感想だった。


「レシピ通りに作っても、追いつけない何かがあるのよ」


 妻は自ら付けていたレシピノートを私に見せた。


「お母さん、季節ごとに味を変えていたのよ。夏はさっぱりめ、冬はコクを強め。きっと、子供たちの体調を考えていたのね。」


 妻の味は、両親が作り続けてきた味に限りなく近づいていた。それでも「追いつけない何か」とは、もしかしたらそのあたりにあるのかもしれない。真剣に追いかけている妻に、私は敬意を持った。


 告別式の朝、空はきれいに澄み渡っていた。私達が教会に着くと、一人の女性が立っていた。声をかけると、彼女も子供の頃、両親のおでん屋台に来てくださっていたそうだ。


「学校帰りにご両親の屋台に皆で集まってました。遊んだり、宿題をしたり……」


 私は彼女の言葉に頷いた。両親の屋台は、ただの「おでん屋台」ではなく、子供たちがいつも集える「場所」だったのだ。


 礼拝堂へ牧師先生が見えた。告別式まで時間があり、別室で色々お話をすることにした。牧師先生の奥様がコーヒーを淹れて下さった。部屋には深いコーヒーの香りが広がった。


 私は昨日の通夜式に来られた方々を思い、もう少し生前の両親に会っておくべきだったと、後悔が胸によぎった事を告白した。


「お気持ちはよく分かります。親という存在は、いつまでも元気なものと、どこかで思っているものです。悲しみが癒されるよう、お祈りします」


 告別式が開式された。讃美歌を歌い、牧師先生が説教をして下さった。平日の今日は参列者も少なく、近所の人が見えたくらいだった。


 いよいよ別れの時が来た。棺の蓋を開け、母を囲むようにいっぱいの花を入れた。母の顔は眠る様に穏やかで、きれいに化粧されていた。こんな母の顔を見たのはいつ以来だろう。しかし、皺とあかぎれだらけの手は、母の生き様そのものだった。毎日おでんの仕込みに明け暮れて、夏も冬も重たいリヤカーを引き続けた。子供たちの喜ぶ顔が、痛みも辛さも忘れさせていたのだろうか。私は冷たくなったその手に自分の手を重ねた。


「こんなになるまで働いて……」


 私は初めて落涙した。


 教会の外には霊柩車が待っていた。ミニバンタイプをストレッチした車体の長いものだった。助手席には牧師先生、後部座席に私、妻が乗った。これから火葬場へ向かう。私の席の隣には母の棺が安置されている。


 火葬場へ向かう途中、霊柩車はコースを変更した。聞けば、妻がドライバーへ頼んだとのこと。気づくと、とある公園の前で止まっていた。そこは両親が屋台を出していた公園だ。今日も子供たちが元気に走り回っている。子供たちが楽しそうに屋台を囲み、それを見守る両親の在りし日の姿を、しばし私は思い浮かべていた。


 火葬場に到着し、母の棺が炉に入れられた。永遠の別れだ。もう母の姿を目にすることは二度と出来ない。


 煙突から立ち昇る一筋の煙をぼんやりと私は見つめていた。天国へ旅立った母のお骨を抱き、私たちはタクシーでアパートへ戻ることにした。今後、相続の手続きなど、色々やらなければならない。その大半を妻に依頼しなければならず、申し訳無さもあり気分が重かった。


 そして、屋台をどうするか。あの古い屋台は、両親が生きた証でもある。考えるほど名残り惜しい気持ちもあるが、私は処分する方向で考えている。これだけは、妻ではなく、私がやらなければならない。


 私達がアパート前でタクシーを降り、敷地に入ると思わず歩みを止めた。両親が引いていた屋台は、花やお酒、寄せ書きで埋め尽くされていた。寄せ書きの中には、お金に困っていた際に、代金を受け取らずにおでんをいただいたという内容のもの、子供の拙い字で書かれたメッセージや絵。置かれていた封筒を開けると、幾らかのお金と手紙が入っていた。


「あの時はありがとうございました。今年就職したので、出世払いです!」


「天国でも、美味しいおでん作って下さい!」


 暑い夏も寒い冬も、皆が集える場所を作りたいという両親の思いが屋台に存在していたと私は感じた。


「おでんを待っている子たちがいるからね」


 お金さえあれば良いと私は思っていた。効率重視の世の中で、おでんを売っても裕福に暮らせない。苦労も努力も報われない両親が不憫でならなかった。しかし、私の目の前にあるみすぼらしい、ただ古いだけに見えていた屋台は、これまで私が知らなかった両親の愛と誇りに満ち溢れていた。。


 処分しようと心に決めた屋台を前に、私はしばらくの時間、動けなくなった。


 部屋に入り、妻がほうじ茶を淹れてくれた。


「屋台、しばらく残そうかな……」


 屋台を処分するつもりであった事を妻には話していなかった。そして、今葛藤が生じている事も率直に伝えた。


 私は両親が使っていた鍋を取り出した。妻は驚きと心配が交錯している表情だ。


「急にどうしたの?」


「俺もおでん作ってみようと思ってさ」


 妻が書き留めていたレシピノートを開いた。喪服の上着を脱ぎ、腕をまくって昆布と鰹節を煮詰め、みりんを足す。冷蔵庫に残っていた大根やたまご、練り物に味を染み込ませていく。レシピを見たところで、とても両親の味どころか、通夜に振る舞ってくれた妻の味にも遠く及ばない。それでも私は、味の再現に真剣だった。


 妻は時々、母が作るおでんの味見もしていた。生前にレシピを聞いていただけでなく、味覚の面でも私より妻の方が味を正確に覚えているだろう……少し悔しいが。


 火を止めて、おでんを三皿に取り分けた。一皿は両親の遺影の前に。もう二皿は妻と私の分だ。


「よし、出来たぞ!」


 妻は大根に箸を入れ、一口分に切った。大根から薄いきつね色の汁が流れ出てきた。口に運ぶ。


「どう?」


 私は妻の答えを待ちながら、やや緊張していた。しばらく考えている様子の妻は目を閉じている。


 目を開けて、私に一言。


「まだまだですな」


 微笑む妻の答えに、私も小さく笑った。




 終

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ