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開幕

 霧が、世界との境界を塗り潰していました。

 山奥の廃駅。神野千沙子は、自分がなぜここに立っているのかさえ思い出せずにいました。手に残るわずかな熱は、誰かが握ってくれた手の感触。けれど、その主の顔も、自分の名前すらも、霧の中に溶けていくばかり。千沙子はふっくらした手を握り締めて身体の震えを止めようと試みます。肩でおさげ髪が揺れて、豊かな胸元に落ちかかります。

「……私は、だれ?」

 その時、空間が震えました。 闇を切り裂き、咆哮を上げて滑り込んできたのは、重厚な鉄の塊。 漆黒の蒸気機関車――。しかし、その煙突から吐き出されるのは黒煙ではなく、禍々しくも美しい「瑠璃色の霊気。車体に刻まれた紋章は生き物のように蠢き、車輪が回るたびに周囲の草木が枯れ、一瞬で芽吹く。

 それは現世の理を無視した、神々のための監獄にして揺り籠。神霊列車でした。

 千沙子は、逃げるどころか、その圧倒的な存在感に目を奪われました。

 「なんて、きれいなの」

  吸い込まれるようにステップに足をかけ、真鍮の重い扉を開けた、その瞬間。

「死にたがりか、お前は」

 低い声と同時に、凄まじい衝撃が千沙子を襲いました。 首筋に冷たい鉄の感触。黒錆が、抜く手も見せぬ速さで霊剣の切っ先を千沙子の喉元に突きつけていたのです。

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