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ソイラテベンティとアメリカーノトールー十年の誤読ー  作者: fudo_akira


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6/6

事件から一年後 ― 失った十年

 事件から一年が経ったことを、ユキは特別な感慨もなく知った。

 ニュースにもならず、季節の話題にもならず、誰かが区切りを教えてくれるわけでもない。ただ、カレンダーをめくる癖が消えたことで、それを理解した。


 十一月は普通に寒くなり、十二月は普通に忙しかった。

 それだけのことだった。


 あの頃、眠れない夜が続いた記憶はある。玄関の鍵を二度確認し、足音に耳を澄ませ、スマートフォンを伏せて眠ることができなかった時期も、確かにあった。

 けれど今は、鍵を閉めたかどうかを思い出そうともしない。確認しないのではなく、気にならなくなった。


 危険が去ったというより、生活が戻ったのだと、ユキは思う。


 名前を思い出そうとすれば、思い出せる。

 けれど、思い出そうとしない。

 それは意識的な拒絶ではなく、必要がなくなったからだった。


 感情は、役目を終えると静かになる。

 執着も、恐怖も、恋愛感情も、すべて同じだった。


 リビングのテーブルには、娘の参考書が積まれている。二〇二六年の受験を無事終え大学生になった娘のものだ。すべてが予定通りの進み具合だ。

 

 失ったものを数えようとしたこともあった。

 時間、言葉、気力、信頼。

 けれど今は、残ったものの方がはっきり見える。


 静かな夜。

 誰からも連絡は来ない。

 来ないことに、説明も理由もいらない。


 ユキはスマートフォンを手に取るが、画面を見ることなく伏せる。

 誰かと繋がるためではなく、切るためでもない。

 ただ、そこにあるから触っただけだ。


 これから先、誰かと出会う可能性はあるだろう。

 けれど、それは「埋め合わせ」ではない。

 寂しさの補填でも、過去の修正でもない。


 もし次があるとしたら――

 堂々と名前を呼び、日付を隠さず、時間を盗まずに会える人。

 それだけで十分だった。


 ユキはカーテンを閉め、部屋の灯りを落とす。

 今日という一日は、何事もなく終わった。

 そしてそれは、彼女にとって何より確かな証明だった。


 人生は続く。

 特別ではなく、穏やかに。

 もう、誰の影も連れてこない。


 一方たくまは、


 以前より静かな部屋に住んでいる。

 家具は必要最低限。

 カレンダーは、めくられないまま止まることがある。


 時間が止まったわけではない。

 ただ、進め方を失っただけだった。


 彼はようやく知った。

 あの関係は、

 「失ってはいけないもの」ではなく、

 「最初から、持ってはいけないもの」だった。


——完——

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