事件から一年後 ― 失った十年
事件から一年が経ったことを、ユキは特別な感慨もなく知った。
ニュースにもならず、季節の話題にもならず、誰かが区切りを教えてくれるわけでもない。ただ、カレンダーをめくる癖が消えたことで、それを理解した。
十一月は普通に寒くなり、十二月は普通に忙しかった。
それだけのことだった。
あの頃、眠れない夜が続いた記憶はある。玄関の鍵を二度確認し、足音に耳を澄ませ、スマートフォンを伏せて眠ることができなかった時期も、確かにあった。
けれど今は、鍵を閉めたかどうかを思い出そうともしない。確認しないのではなく、気にならなくなった。
危険が去ったというより、生活が戻ったのだと、ユキは思う。
名前を思い出そうとすれば、思い出せる。
けれど、思い出そうとしない。
それは意識的な拒絶ではなく、必要がなくなったからだった。
感情は、役目を終えると静かになる。
執着も、恐怖も、恋愛感情も、すべて同じだった。
リビングのテーブルには、娘の参考書が積まれている。二〇二六年の受験を無事終え大学生になった娘のものだ。すべてが予定通りの進み具合だ。
失ったものを数えようとしたこともあった。
時間、言葉、気力、信頼。
けれど今は、残ったものの方がはっきり見える。
静かな夜。
誰からも連絡は来ない。
来ないことに、説明も理由もいらない。
ユキはスマートフォンを手に取るが、画面を見ることなく伏せる。
誰かと繋がるためではなく、切るためでもない。
ただ、そこにあるから触っただけだ。
これから先、誰かと出会う可能性はあるだろう。
けれど、それは「埋め合わせ」ではない。
寂しさの補填でも、過去の修正でもない。
もし次があるとしたら――
堂々と名前を呼び、日付を隠さず、時間を盗まずに会える人。
それだけで十分だった。
ユキはカーテンを閉め、部屋の灯りを落とす。
今日という一日は、何事もなく終わった。
そしてそれは、彼女にとって何より確かな証明だった。
人生は続く。
特別ではなく、穏やかに。
もう、誰の影も連れてこない。
一方たくまは、
以前より静かな部屋に住んでいる。
家具は必要最低限。
カレンダーは、めくられないまま止まることがある。
時間が止まったわけではない。
ただ、進め方を失っただけだった。
彼はようやく知った。
あの関係は、
「失ってはいけないもの」ではなく、
「最初から、持ってはいけないもの」だった。
——完——




