Ep.9 「便り」
「あの……ネグレさん?」
「どうした?」
翌朝、村を案内してもらっている時にローゼは口を開いた。相変わらず何かに怯えているようだ。
「なんだか、村の人の目線が……」
「ああ、あれな」
昨夜もああだった。猜疑的で、冷たく、心臓を貫くような目線の雨は今日も横殴りである。
「あの人たちって……」
「やめとけよ、あんま見るな」
「怪しい……」
「ママ、あの人たち誰ー?」
「知らんぷりしなさい」
やはり村というのは何時の時代も、排他的な成分を多分に含むらしい。それが白昼の下に晒されれば、ローゼも見て見ぬふりをはできないようだった。
「当たり前だが、この村の連中はみんな、人工知能を心から嫌ってる。私を含めてな。だから外の世界のお前らを疑ってるんだよ。ま、いずれ心を開くだろうさ」
ネグレの言葉を受けて、やはりローゼは顔を曇らせた。
“あれ”は言葉を経ずとも、視線、態度、振る舞い……ありとあらゆる要素から滲み出てしまうもの。
それにあてられて、ローゼは怯えていたのだ。
「ローゼは、悪くないんだからね」
「ありがとう、ございます……」
「悪いのは全部、“昔の”人工知能なんだから」
ローゼと足を絡めるくらい近くまで抱き寄せて、背中を擦る。
そうすれば少しくらいは、安心できるだろう。
「おーいネグレ! ちょっと手伝ってくれ!」
「おう今行く! 悪いな、ここからは私の仕事が始まるんだ」
「おっちゃん」という言葉がよく似合う村の男から呼ばれたネグレは、顔の前で手を合わせると、すぐにそちらの方へ消えてしまった。高い位置で結われた青髪が、流星の尾のようだった。
「あ、あの……」
私たちがぼうっとその軌跡を眺めていると、足元から掠れた声がした。
目を落としてみると、随分と年をとった、腰の曲がった老人が私たちに話しかけてきたようだった。
「どうしたんですか?」
咄嗟にローゼは腰を落として、同じ目線で会話を始めた。初対面の人間との会話は、彼女に任せたほうがうまくいく。
「お二人は外の世界から来たんですよね?」
「はい」
「なら、外の世界に出れるのですね?」
「ええ、まあ……」
ローゼは困ったようにこちらに視線を送ってきた。私に助けを求められても困る。
「実はあなた方に一つ、お願いがありましてね……」
老人はそっと、手招きをした。
「ついてきてください。話をしましょうか」
「どうする……?」
「取り敢えず、行ってみましょうか」
私とローゼは恐る恐る、老人の背中を追うのだった。
────
私たちを畳の敷かれた客間に案内すると、老人は丁寧な挨拶をした。
「私は弥富という者です。お二人とも、遠路遥々ようこそお越しくださった」
その姿は初めて見るもので、まるで美術館で浮世絵を観たときのような感覚に陥った。
慌てて私たちもペコリと挨拶する。
老人の家は、畑の真ん中にある、随分立派な家だった。他がコンクリート造りなのに比べてここは木造なので、もしかすると前史のさらに前史──昭和からの生き残りかもしれない。
「さて、本題です。あなた方には……妻の捜索をお願いされてほしいのです」
「奥さん……ですか?」
彼はそっと俯いて、小さく呼吸をした。
潤む瞳には、過ぎ去った思い出が映って見える。
「私は麓の街の出身なんですがね……人工知能たちの独立戦争が起きたとき、妻とはぐれてしまって……」
上擦った声だった。
「もう、生きちゃあいないってことは分かりきってるんです。でもせめて……妻に伝えたいことがあるんです。私はもう年ですから、山を降りることはできません。どうか……お願いできませんか」
彼は箪笥から、一つの茶封筒を取り出して私たちに差し出した。
受け取っていいものか、私は一瞬だけ悩んだ。私は生存者を探したいし、トーキョーに行きたい。死者を探すなど、私の目的と真逆のことに思えたのだ。
「……必ず見つけて、これを届けます」
だが私はそれを受け取った。
受け取るべきでないことはとうに理解している。だが、受け取らなくてはならない義務感を何処かに感じてしまったのだ。
一つは、麓の街に生存者がいるかもしれないという淡い期待から。
もう一つは、私が死んでローゼから手紙をもらえたのなら、きっと嬉しいから。
私は、私がしたいと思ったことをしなくてはならない。
「澄嶺、いいのですか?」
ローゼは私を見つめる。
私に、「早くトーキョーへ行け」とでも言うように。無論、そうすべきなのは理解している。
「うん。私はこうしたいの」
「行かないんですか?」
「行くよ。でも、少しだけ遠回りするつもり」
「ありがとう……ございます」
弥富さんは私の手をシワシワの手で握って、握手をした。
ねちっこい笑みだった。
先程まではあれほど朗らかだったのに、まるで獲物が罠にかかったかのような表情をしている。
長めの握手、動かない瞳。彼に握られた手から、悪寒が背筋まで伝わってくるような感覚。これは……
「手紙……」
「ローゼ?」
意識をそちらへ無理やり向けて、寒さから逃れる。
「いえ、少し不思議なんです」
「なにが?」
手紙を見つめる彼女の目は、私に向けるものとは違っていた。理解できない異文化を目にしたような、そんな視線である。
──
「おうお前ら、弥富のじいさんに用だったのか?」
弥富邸を出ると、ちょうどネグレに遭遇した。なにやら彼女の体が土汚れと葉、傷で上書きされている。野生児という言葉がピッタリの見た目だ。
「どうしたの? そんなボロボロになって」
「んぁ、すぐに分かるさ」
彼女は不思議と得意げだが、生憎私は反応できずにいる。想像と違う表情だったのか、ネグレは話を変えた。
「それで、弥富のじいさんと何話してたんだ?」
「そんなに気になりますか」
ローゼは不機嫌に問い返した。彼女がこのようなのは初めてである。少なくとも、私にこんな態度は見せなかった。
八つ当たり……だろうか。
「えっと、この手紙を届けて欲しいって」
私はポケットに入れた茶封筒をネグレへ渡す。
「届けるってどこに?」
「? 麓の街みたいだけど」
「麓!?」
ネグレの驚嘆の声が、山彦となって2回分聞こえた。目を点にしたあと、私の肩をブルブルと揺さぶる。
「あそこはまだ! 人工知能でいっぱいなんだぞ!」
「ちょっと、落ち着いて……」
「お前、死ぬ気か」
「そんなつもりは……」
ネグレは声を裏返しながら、ものすごい剣幕で叫ぶ。昨日今日は姉御のように振る舞っていた彼女が、こんなふうになるほどシンギュラリティは恐ろしかったのだろうか?
「そんなつもりって……人工知能は──」
「じゃあなんで貴方は私たちと出会ったんですか」
熱くなったネグレをローゼが制止する。
「人工知能」というワードに反応したであろうことを、私は心の奥に仕舞うことしかできなかった。
ネグレは咳払いをして話を戻す。バツの悪そうな顔がどうにも似合わないと思った。
「いやまあ、あの人はなんだ、癖が強いんだよ。村の連中からも不人気さ」
「そうなの?」
思わず聞き返してしまった。
物腰柔らかで礼儀正しい老人という第一印象を裏切られた今、彼に対する興味はほんのちょっぴり増している。
「ああ、村の奴を誰も寄せ付けないんだ。話しかけても無視するか、怒鳴り散らすかのどっちかでよぉ……」
「な、るほど……」
私はその理由をなんとなく理解していた。
この村に逃げてきてからの数十年、誰とも馴染めずに、喪った妻を思っていたのだろう。
母が死んでから数日間、雨音も花の匂いも日光も、全てが鬱陶しかったことを思い出した。
ではなぜ、あんなにも恍惚とした顔をしていたのだろうか?
「まあ悪い奴じゃないから、仲良くしてやってくれよな」
「うん、まあ……そのつもり」
曖昧模糊な、ふわふわとした返事しかできずにいた。
「おーい、ネグレちゃーん! 持ってきたぞー!」
「おお、おっちゃん! ありがとうな」
山の入り口から、先ほどの「おっちゃん」が降りてきた。
肩に担いでいるのは……鹿、だろうか?
「なんだあれって感じだな」
「はい、初めて見るものですから……」
ローゼはあの茶色い四肢をもつ生き物に、好奇心と恐怖を感じているようだった。
最近は失念していたが、ローゼはこの世界のことをあまりよく知らないのだ。私がよく教えてあげねばならない。
「あれはな、私とおっちゃんで獲った鹿さ。デカいだろ」
ネグレが誇らしげだったのは、あのトロフィーを掲げたからに違いなかった。
確かに立派だ。あれだけあれば3日……いや、5日は生きていける。
「持ってみるか?」
「ちょ……」
おっちゃんは担いでいた鹿をドスンと私の両腕に乗せる。
「懐かしいなぁ、この重さも……」
「澄嶺もシカを獲ったことがあるんですか?」
「うん。小さい頃に、お母さんと」
「お母さん、ね……」
私が空を見上げて思い出している間にネグレはなにか言ったようだが、私の耳がそれを細かく解することはなかった。
私の両手にはネグレとローゼがいる。
私はこれを、どれだけ長く保てるだろうか。
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2026年もどうぞ、「崩壊世界、人工知能と恋を。」をよろしくお願いいたします!




