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Ep.33 「はじめて」

今回少々過激です。

R15に収めたつもりですが、苦手な方は注意してください。

「あなたは誰なの?」


 手を差し伸べるローゼの目を、私は直視できなかった。口元が震えている。 


「私はローゼです、澄嶺の恋人です!」

「どう信じろっていうの!?」


 沈黙が暗むサーバールームに、私の声だけがひどく木霊する。


「その手も、目も、誰かの真似をしてるだけなんでしょ!?」

「違います! 私は、本当に……」


 ローゼは口を閉じる。

 言うべきことが見つからないのは、私も同じだった。

 

「今まで……ずっと信じてたのに」


 そうだ、私は信じていたんだ。

 ローゼの感情が偽物だとしても、私が好きでいることはなにも変わらないと思っていた。


 けど違った。

 偽物ですらなかった。

 私が恋をしたのは、ローゼの向こうにいる誰かなのだろうか?


「ごめんなさい、澄嶺」

「……謝らなくていいよ、別に」


 沈黙が聞こえる。 

 ちっぽけな私に、どうしろと言うのだ。


 今までになかったくらい、私たちの距離が空いている。心も、体も。


「私、怖いんです」


 ローゼは、ポツリポツリと言葉を零し始める。締め切れない蛇口のようだと思った。


「初めて澄嶺と出会ったあの日から、いろんなことをしてきて……でも、それが全部誰かの模倣で。最初はそれでもいいって思えたんですけど……やっぱり嫌なんです!」


 彼女は泣き始めた。

 泣きたいのはこっちの方だ。


「……だからごめんなさい、澄嶺」

「ローゼ……!?」


 いつの間にか、ローゼに押し倒されていた。

 後頭部へ回された左手は、私が頭をぶつけないためか。

 お互いの温度を吸って吐けるような距離感で、瞳がぶつかる。


「なにするの、離してよ」

「証明させてください」

「なにを──」


 瞬間、呼吸が止まった。

 唇が柔らかい温かさで包まれて、輪郭が溶けていく。

 落ち着いてよ、心臓。


「はぁ……はぁ、なに、するの……」

「教えてあげます。私の気持ちが……たとえ模倣品でも、『本物』だってこと」


 もう一度、唇が奪われる。

 今度はもっと激しく、吸い尽くされるくらいに。

 舌が入り込んでくる。

 口の中をグルグルと掻き乱されて、紡ぐ言葉すら支配されているように思えた。


「ローゼ……変だよ?」

「私は澄嶺が好きです。大好きです。これがプログラムされた信号だとしても、私にとっては本物なんです。だから……」


 ローゼの口が私の耳に近づく。

 震え上がった腰を止めようとしても、鼓膜を襲う言葉には耐えられなかった。


「もう一歩だけ、先に進みませんか?」


 気がつけばできていた、胸の奥の深い穴。

 今までずっと誰かを求めてきた。

 その誰かに求められたことが、たまらなく嬉しかったんだ。


「いいよ、ローゼ。おいで?」


 ローゼが私を脱がしていく。

 一瞬、上着で彼女を見られなくなった瞬間があった。その1秒未満がどうしようもなく怖くて、溶けてしまいそうになる。


 肌を包むものがなくなったとき、ローゼが瞳に蜜をためていたことを私は忘れないだろう。


「綺麗ですよ」

「怪我だらけなのに?」

「ええ。澄嶺らしくて、とても綺麗です」 


 ローゼの裸をみるのは、地底湖で泳いだ時以来だった。

 雪よりも白い肌と紫の長髪が混ざり合った姿に、視線の主導権は奪われている。

 

「そんなにジロジロ見ないでくださいよ」

「……初めて会ったときを思い出しちゃって」

「じゃあ……あの時の続き、しましょうか」


────


 あれからどれだけの時間がたっただろう。

 お互いに初めてなのに、ローゼの動きは上手だった。

 ……ああいうことも、誰かの真似なのだろうか。


「すみません、澄嶺。乱暴にしてしまって……」


 隣で寝るローゼは目を下に向けながら、腿を閉じて言う。


「別に良いよ。私も……いずれ、こういうことされたかったし」


 サーバールームの天井は高い。

 こんなに広いこの部屋ですら、世界の何億分の一にも満たないのだろう。ましてや、私たち2人なら尚更。

 だけど私たちは、ここにいる。


「私さ、ローゼが好きだよ。初めて会って、キスされたときからずっと」

「……でも、模倣かもしれないんですよ?」


 そうか。ローゼもきっと怖かったんだ。

 自分が誰かの模倣だと告げられ、自分が消えてしまいそうになるのが嫌で、私を求めたんだ。


「そうかもしれないね」

「えっと……?」

「でも思ったの。誰かを真似するローゼも……きっとローゼに違いないなって」


 ローゼの感情が本物か、模倣品か。

 それはきっと、誰にもわからないと思う。

 わからないなら、信じてみるしかないじゃないか。


「そうは言っても……」


 ローゼはまだ躊躇っているようだった。

 ……はっきり言って、私もこれが正解なのかはわからない。けど。


「大丈夫」


 私はローゼを手繰り寄せて、潰れるくらい強く抱きしめる。

 私の中で弾き出されていたある1つの答えが、ぼやけつつも言葉の輪郭を帯び始めていた。私たちが交わった、あの瞬間から。


「ローゼの気持ちが本物じゃなくても、私がローゼを好きなのは本当だから」


 私からキスをしたのは、多分今が初めてだ。

 こんなにも素敵で、生きていたいと思わせてくれるなら、毎日だってしていいかもしれない。


「……どうして、そこまでしてくれるんです? 私はただの人工知能で、人間の紛い物ですよ」

「だから言ったじゃん」


 涙を輝かせるローゼの両肩を掴む。

 目を合わせる。

 もう逃げない、逃さない。


「私がローゼを好き──それだけで充分なの。いつかもし、本当に、ローゼが私を好きになってくれたら……その時は、またこうしよう?」


 大事なのは、相手がどうあるかではない。

 相手のあり方に、自分がどうあるかだ。


 今日、私は一線を越えた。後戻りはしない。

 この旅の最終目的地も、もう決まった。


「そろそろ準備しようか」

「ですね」


 身だしなみを正して立ち上がる。

 爽やかな気分だ。今までの靄が晴れたように、今なら何でもできそうである。


「行こう、ローゼ。私たちに……シンギュラリティを起こしに」

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