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Ep.32 「ログ:001」

「結局、なんにもなかったですね……」


 2階、3階と探索を終えても、両手は空のままだった。5人そろって階段に座り、汚れてしまった天井を見上げる。


 はなから期待などはしていなかった。していなかったが、せめてアテナへの手掛かりはあると思っていた。


「次は、フジサワだったっけ?」

「そうなるね。東大になにもない以上、望みをかけるならそこだ」

「では早速出立いたしますか?」


 みんなは次の目的地について話を進めているが、私はまだ諦めきれていない。


「ごめん。私はまだここを探索してたい」

「そうはいっても、もう探索しつくしたでしょ」

「そうだけど。まだここにいたいの」


 合理的な理由など、どこにもない。

 ただ「なんとなく」まだいるべきだと思った。


「まあ好きにするといい。じゃあ私たちは、夕飯の食材でも探しにいこうか。2時間後にここで集まろう。行くよ、2人とも」


 ジェットはフィーナと京夏を連れて、エントランスへと歩き出していった。途中、振り返った彼女と目が合ったが、あの柔らかい瞳が何を語っているかはわからなかった。


「久しぶりに、2人きりですね」

「そうだね……なんか、懐かしい」

「私たちが出会ってから、もう随分経ちましたしね……」


 階段に腰掛けたまま、とりとめのないことを話してしまった。

 続けていたい気持ちもあるが、我儘を聞いてもらっている以上実行しなくては。


「……弔い、してあげましょうか」


 突然、ローゼが立ち上がった。

 死体が床を埋めるエントランスへ駆け出して、血で赤く染まった人々を抱き上げる。


「……したいの?」

「千冬を弔ったとき……少し、感じたので」


 なにを?

 そう聞く前に、彼女は死体たちの血を拭い始めていた。

 一昔前なら、これを無駄だと思っていたのたろうか。


「……私も手伝うよ」


 鼠や虫の食い跡のせいで、彼らの顔は殆どわからない。骨が見えているものもチラホラある。

 血を拭いて、服を整えてやった。手は……弥富のように、胸の上で組んでおこう。


「ん……?」


 この死体、首になにか下げているようだ。

 赤い紐で繋がれたカードが、プラスチックのパスケースに入れられている。


「どこかのキーだよ、これ」


 裏面にあるのは「管理員 佐竹」の文字。

 管轄は地下1階……!


「そうだ、地下だよ!」


 そうか。学校に地下室があるかもしれないという前提が、私たちには足りなかったんだ。

 自然に口角が上がってしまう。

 やはり残ってよかった。これはもしかすると……もしかするかもしれない。


「早く行こうローゼ、こっち!」

「待ってくださいよ澄嶺!」


 私は夢中で廊下を駆け抜けて、階段を滑り落ちるように下った。

 掴めるかもしれないんだ。感情の起源が!


────


 地下1階。

 当然ながらライトはつかず、太陽も届かない。歩く度に暗闇が私たちを包み込んでいく。


「あぁ、くっそ……ローゼ、替えの電池って」

「それなら、ここにありますよ」


 懐中電灯の明かりをつけると、そこには巨大なサーバールームが広がっていた。


 身長の何倍のところまでサーバーが立っていて、配線が百足のように床を這っている。凡そ縦横300台はあるだろうか。その殆どが死に絶えているが、それでも圧巻だった。


 間違いない、ここならきっとアテナに、人工知能の感情に辿り着ける。


「暗いし、手繋ごっか」

「澄嶺……少し痛いですよ」

「え、あ、ごめん」


 細い明かりで照らしながら、サーバールームの探索を続ける。足音が幾重にも反響して、複雑な迷路のような感覚さえ覚えた。

 暗闇に2人きりでいると、イコイ村の洞窟デートを思い出す。たしか風邪を引いてしまったか。


「澄嶺は知りたいことを全部知ったら、その後はどうするんですか?」


 手持ち無沙汰になった私たちが話すのは、いつも未来のことだった。


「イコイ村に定住して、1ヶ月に1回くらいは生存者を探す……こんなふうに暮らしたい」

「そこに私はいてもいいのでしょうか」


 最近、ローゼがより人間らしくなってきた気がする。私以外の人間と触れたおかげで、学習が進んだのだろうか。


 ローゼを握る手が汗ばんでしまう。

 緊張……もしくは、恥じらい?


「もちろん。いつでも私たちは一緒だよ」

「そんなことを言ってくれると──澄嶺、これを」


 ローゼはまた闇を指す。その方向に懐中電灯を向けると、目の前には巨大なモニターが取り付けられていた。


「こんなの、他にあったっけ」

「いいえ……ここだけです」


 モニターの足元には、タッチパネルのようなものがところ狭しと並べられている。古典コミックで言うところの、総督などが使いそうな雰囲気だった。


「押してみますか?」

「……やるっきゃないよね」


 私は、中央に据えられた赤色のパネルに掌で触れた。すると、ボワンという音とともにモニターが淡く光った。


「……始めまして、未来の研究者たち」


 男の声が聞こえた。

 映像は映っていないが、音声はまだ生き残っていたらしい。


「僕の名前は今崎。フジサワで人工知能の研究をしてる。このログは、僕が死んでしまったときに次の世代へ研究を引き渡すためのものだ。東大か藤沢で、見てるのかな?

 ……もしかしたら、斉藤か巳坂、お前らかもな!」


 男は笑っている。

 斉藤も巳坂も、私は知らない。

 

「さて、僕が研究してる分野についてだが。まあ簡単に言えば、より人間らしくするという目的がある」

「人間らしく!?」


 私は思わずタッチパネルに身を乗り出して、何も映っていないモニターに顔を近づけていた。

 この今崎という男、間違いなくシンギュラリティに深く関係しているはずだ。


「君たちの世代はもう、少子高齢化は解決されているかな? いるなら僕の研究はいらなくなるね。

 子どもがいない、パートナーがいない、そう言う人たちの寂しさを癒したくて、僕は人工知能に人間の感情をくっつけたいんだ」


 その人のための人工知能が、人類を滅ぼしてしまったんだ。なんと皮肉な結末だろう。


「ひとまず、人工知能に感情を搭載する方法と理論から話すよ。詳しくは論文を読んでくれればいいけど……どうせ軍に消されているだろうから。じゃあ手始めに、これはまだ仮説段階だが、人間の感情は恐怖、報酬、生存本能からなる複雑な電気信号と考えている。これは数兆の会話ログからラーニングされたもので──」


 その後も、今崎の長い話は続く。

 期待に反して、今崎は至極真っ当に研究の引き継ぎを依頼していた。


 結局、再生された音声の最後まで、シンギュラリティやアテナについてはなにも語られなかった。


「あぁ……やっぱり、期待なんてするもんじゃないね」

「まあまあ。とりあえず、エントランスに戻りましょうか」


 使えない音声の野郎を置いて、私たちはサーバールームを後にする。

 その時流れたこの音声が、私の人生を変えることになるなど、まだ見当もつかなかった。

 

「ああそれと、言い忘れていたことが1つあったんだった。

 君たちの世代の人工知能はきっと、美男美女の姿だと思う。でも、いくら彼らが甘い言葉を囁いても、その感情や言動は『誰かの模倣に過ぎない偽物』ってことを忘れないでくれよ。それじゃあ」


「え……いや、そんな……」


 意識が落下した。心が認めたくないものがそこにある。

 今、なんて?

 人工知能の感情が、誰かの模倣?

 本物でも、作り物でもなく、誰かが言ったことを繰り返してるだけ……?


「澄嶺、大丈夫──」

「ローゼ」


 崩れ落ちた私に、ローゼは手を差し伸べてくれている。


「あなたは誰なの?」

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