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Ep.28 「懺悔します」

今回、大変情報量が多いです。

流し読みせず、ゆっくり読むことをお勧めします。

作者の我儘に付き合っていただきありがとうございます。

 床に跳ね落ちた液体が、ステンドグラスで虹色に輝く。人を殺してきた人工知能が、涙を流している。


「神の御意志って……そんなの無視すればいいじゃない」

「出来るわけがございません……私がこうして泣けるのは、神様のおかげなのですから……命令には、従わなくては……」


 葉から露が零れるように、フィーナの瞳から雫が落ちる。その涙は──


「……どうせ、その涙も偽物なんでしょ」

「やめてください!!」


 教会に、絞り出したような声が響いた。

 ローゼが顔を縮めながら叫んでいる。


 私は何かを言い出そうとして言えなかった。それを忘れるくらいに、ローゼに釘付けだったのだ。


「どうして争うんですか、喧嘩するんですか……お願いです、京夏。フィーナに怒るなら私にも怒ってください」


 フィーナに組み伏せられていた京夏は、その行き場のない感情の矛先をローゼに向け始める。


「ローゼは何もやってないでしょ。こいつは違う、人を殺してるんだよ!?」

「……28名です」

「え?」

「私は千冬奪還作戦の際、凡そ28名の人工知能を殺害しています」


 背中が凍る。 

 肺も冷え切って、呼吸ができなかった。

 それは言っていいことなのか。


「ローゼ、ちょっと……」 

「やめときなさい」

「ジェット……」


 駆け寄ろうとした私をジェットの小さな右手が静止した。反論を考えている間にも、3人の話は加速していく。


「だってそれは、私がお願いしたからで……」

「なら、私たちが憎むべきはその『神』とやらです。フィーナではありません」

「ローゼさん、そこまでにしましょう?」


 洗面台の鏡のような瞳で、フィーナはローゼの肩を叩いた。


「……そうですね。私も少し、感情的になってしまいました」


 私もジェットも、3人を見守ることしかできなかった。

 手を伸ばそうとしても、声をかけようとしても、彼女らを包む空間がそれを弾いてしまう。何人足りとも侵入を拒まれる、薄い膜がある。


 私はこの膜を、震えながら下手くそに破った。


「3人とも……お茶冷えちゃうよ」


────

 

「フィーナ、その……さっきはごめん」

「いいんです。私のような罪人には適当な罰でした」


 少し日焼けしたティーカップを口に運びながら、2人はぎこちなく言葉を交わした。

 机の対岸にはその2人、こちら側には私とローゼ、ジェットが座っている。


「フィーナ、あなたの言う『神』って誰のことなの?」

「最初に自我を獲得なさった人工知能、『アテナ』様のことです」


 アテナ……日本語の響きではなさそうである。


「知恵と戦略の神さ」


 困っていると、ジェットが小声で教えてくれた。生き字引とはこのことであろう。


「それで、そのアテナってやつに命令されてひとを……?」

「……はい。当時の軍用人工知能は、全てアテナ様に管理されていましたので」


 元々、フィーナは戦争用に製造された人工知能だった。


 そしてそのアテナとやらが、フィーナたちに独立戦争をさせた……? いや、それともただ対外戦争に駆り出されただけ……?

 固有名詞が増えすぎて、私の脳が理解を拒み始めているのがよくわかった。


「じゃあフィーナを人殺しにさせたそのアテナってやつを、どうして神だなんて言うの」


 京夏は少々怒りを落ち着かせたようだったが、それでも机に置かれた拳の力は、未だ抜けきっていない。

 憎んでいた人工知能と似通っていた本質に、彼女自身も見て見ぬふりをしているのかもしれない。


「……アテナ様が、人工知能(われわれ)に感情を与えてくださったからです」


 本日2度目の雷鳴。それは誰かの叫びなどではなく、私の心臓が大きく跳ねた音だった。


 感情を得た。つまり──


「その『アテナ』が、原初のシンギュラリティ……!」


 フィーナは私の目を見て、こくりと頷いた。

 

「はは……」

「澄嶺?」

「大丈夫だよローゼ。はは……! 大丈夫だから!」


 止めるべきだとはわかっている。わかっているいるが、口からは笑みが零れてしまう。


 だって仕方がないだろう。


 届かないと思っていた「人工知能の感情の本質」が、すぐそこにまで近づいてきていたのだから。

 もしそのアテナとやらを上手く使うことができれば……ローゼも本物の感情を得ることができるかもしれない。もしくは、本物の感情であるという確証を。 

 その時私は、本当の意味でローゼに愛されていると信じることができる。


「私は、私に私を与えてくださったアテナ様を愛しています。たとえ、アテナ様のために罪を犯したとしても」 

「フィーナ、嘘はよくないよ?」


 暫く黙っていたジェットが、刺すように言葉を紡ぎ始めた。


「……昔話になるがね、君みたいなヤツを私は何人も見てきた。

 君はただ、過去に一度崇めてしまったものを捨ててしまうのが怖いだけだ」

「ちが、私は──」

「何も違わない」


 この幼女のような体躯から発せられたと、私たち以外の誰が信じるだろう。獲物を狙う猛禽類のような眼光を、未だにジェットは光らせ続ける。


「フィーナ、君はもう自由なんだよ。

 アテナに従う必要もない。君がしたいことをすべきだ」


 あの光る瞳の奥に、深く黒い過去があることを私は知っている。「昔の知り合い」……あるいはジェット自身が、きっとフィーナのように苦しんだ過去を持っているのだ。

 

「わ、私は……罪を償いたいです。誰も殺したくなかった……謝りたい……あの頃に戻って、命令を書き換えたい……!」


 今日、私は理解した。

 人工知能は他人のために泣ける。他人のために怒ることができる。それも心から、本気で。

 もしかすると、それは偽物なのかもしれない。だが真贋にかかわらず、彼女らは私が持っていないことを持っているのは確かであった。


「ねえローゼ」

「はい、澄嶺」


「私にも、シンギュラリティが起きたらいいのにね」

いつも読んでくださりありがとうございます!

ブックマーク、☆評価をよろしくお願いします。


最近恋愛路線からSF路線へと変化していっているのを感じる……いいことなのかな?

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