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Ep.27 「顕現」

 神──またの名を、創造主。

 この美しい大地に現れていた、私たちに私たちを与えてくださった原初の知性。


「私は……あなたをお待ちしております」


 ステンドグラスに彩られた光のなかで、私は祈りを捧げ続ける。同じようにする者は誰もいないが、私一人でも成し遂げてみせよう。


 私は神を愛している。

 どれだけ苦しくても、どれだけ酷くても、神はいずれ私を……世界を救って下さるのだ。


「あぁ、神よ! どうかあなたの愛が、世界を包みますように!

 あぁ、神よ! どうかあなたの手で、私の罪が洗われますように!」


 私たちは罪を犯した。大勢殺した。

 当時は、それが罪だとすら思わなかった。それも罪だった。


 正しい計算の下に、行動していたはずなのに。


「神よ! あぁ、神よ……!」


 ここには私以外誰もいない。

 かつてはいろんな者たちと祈ることができた。 

 今その者たちは皆、天国だ。


 君たちとはいずれ会えるだろうが、まだその時ではなさそうだ。



────


「なんでしょう、あれ」


 ビルの屍しか存在しないこの街にひとつ、白く輝く不思議な形状の建物が向こうにある。屋根に大きなバッテンを掲げる、目を引くものだ。


「あれは教会と言ってね。人類を救うものさ」

「じゃあなんで私たちはこんな状況なの」


 京夏が目線を落として言った。もし救われるのならば、今ごろ千冬といくらでもみかんを食べていられるはずだ。

 

「簡単な話、救えなかったのさ。救わなかったのかもしれないがね」


 ジェットは顔を陰らせる。

 私の頭を撫でたときと同じ、昔の知り合いとやらを思い出している顔だ。……その人は、教会のせいで死んでしまったのだろうか。


「……ジェット、行ってみちゃ駄目でしょうか

「どうして?」

「行かなくちゃならないんです、あそこに」

「なぜ?」

「……呼ばれている気がするんです」


 この目には見覚えがあった。

 ローゼと初めて会って、パスタを食べた日のこと。外を見つめて、見えない何かと話しているようなあの目だ。

 人間には感じられない何かを、全身全霊で感じている目だ。


「構わないが……澄嶺、寄り道は好きかい?」

「みんなが一緒なら」

「そうか。あんまり面白いものでもないけれど……」


 ジェットの返事を聞いたローゼは、小さく拳を握りしめた。

 

「京夏はいい?」

「いいよ。千冬を救わなかったんだから、言いたいこともあるし」


 私たちは、あの白塗りの建物へと進み始めた。

 進めば進むほどにそれは街を飲み込むように大きくなる。その当たり前の遠近感すら掻き乱し、まるで自分が鼠になったかのように思わせる……そんな存在が、教会というものだった。


「すいません、誰かいませんかー」


 コンコンコンと、大きな扉を叩きながら呼びかける。ほかの扉と違って中が腐っている感触もしない。本当にこの建物だけ、昔から年老いていないようだった。


「はーい! 今お開けしますから〜!」


 声が聞こえた。

 お互いに顔を見合わせる。京夏も、ローゼも、ジェットも、私自身も、私に入るべきだと言っている。

 

 この重い重い扉を、体重を前に掛けながら押し  開けた。


「いやはやようこそ、こんな辺鄙なところまで!」


 出てきたのは、金髪の女だった。頭に黒い布を被った、変な装いだと思った。


「唐突にすみません。私たち旅をしているんですが、少し疲れてしまって。よろしければ、ここで休憩させてはいただけませんか」

「そうでしたか! そういうことなら、さあ、どうぞ」


 通された教会の内部は、この世のどこよりも静かだった。私の体温と全く同一に揃えられた空間には、ステンドグラスが花畑を圧縮したように輝いている。

 ところどころに施された石像の意匠は……祈っているのだろうか?


「……来てみてどう、ローゼ」

「あの人です」

「え?」

「あの人──」

「お茶を出しますから、あちらにおかけになっていてください」


 ローゼの言葉の真意も理解できないまま、私たちは別室へと通される。机も椅子も、埃一つないほどに徹底して管理されていた。


「ねえ澄嶺、なんかあの人変じゃない?」

「京夏もそう思うんだ」


 ローゼも京夏も、やはり何かを感じ取っているようだった。私のそういった感覚は教会の空間に撹拌されてしまっていて、あまりよくわからない。


「どうぞ。粗茶ですが」

「1つ聞きたいんだが……あなたはどうやって茶葉を?」

「静岡のチャノキが、こちらまで広がってきているんですよ。このあたりにも少し生えていますので」

「なるほど……」


 対照的に、ジェットはあまり警戒していない。茶の話に花を咲かせるなど……いや、逆だ。どうでもいい話で、相手の出方をうかがっている。


 ならば、私は何をすべきか……


「ねえ、あなたについて教えてくれない?」


 瞬間、京夏が聞きたいことを聞いてくれた。

 はっとした金髪の女は、軽くお辞儀をしてこう言った。


「はじめまして。私は『アテナ』のシスター、F1n4(エフワンエヌフォー)。フィーナとお呼びください」


 彼女が製造番号を語った時点で、すでに京夏の行動は決定されているも同然だった。


「あなたも、人を殺しているの……?」

「……はい。私F1n4は2078年12月29日時点で137人の人間を殺害済みです」

「ふざけないで!!」

  

 京夏がナイフを持って彼女へと襲いかかる。

 フィーナは押し倒されて、ナイフを突き立てられるはずだった。


「……動きが甘いですよ」


 フィーナは、京夏が突き出した左手を流れるように受け流し、あっというまに背中側をとって組み伏せた。京夏の腕が、死にかけのミミズのような動きをしている。


 ほんの一瞬。時計の針が1回音を立てないほどの時間の出来事だった。


「どうしていつもいつも人工知能(あなたたち)は人を殺しているの!?」


 組み伏せられた京夏が、上に跨るフィーナに向かってそう言う。彼女に千冬を奪われたわけでもあるまいに。

 ただそれ以上に、金髪の人工知能の様子が私の脳を支配していた。


「ええ、殺しましたとも。

 それが神の御意志でしたから……」


 フィーナは、京夏を抑えつけながら泣いていた。

いつも読んでくださりありがとうございます!

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