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Ep.26 「続いていく足跡」

 トーキョーの朝ぼらけは、空に伸びるビルで支えられている。

 私は未だ寝ているローゼと京夏をおいて、ジェットとそれを見上げていた。


「ジェット、人工知能を知れる場所ってどこ」

「随分とまあ唐突に……私を便利に使うんだね」

「しょうがないでしょ、一番詳しいんだから」


 隆起したコンクリートに腰掛けていると、今朝淹れたばかりの白湯を啜る。

 質問を投げかけられたジェットは雲を見つめて、顎を撫でながら答えた。


「そうだね……候補としては二つ。東大と、藤沢本社……かな。すまない、私もあまり詳しくはないんだ」

「トーダイとフジサワね、わかった。」

「澄嶺?」


 しゃびと立ち上がり、酒場の扉を開ける。スタッフオンリーに入ると、互いに蹴るような寝相で2人がいた。


「2人とも起きて。行く場所決まったから」


 私たちは普段、日の光と共に目を覚ましている。地下で寝ている今、彼女らの寝起きはあまりいいものではなかった。


「お……はようございます」

「おはよう……ねえ澄嶺、みかんの蜘蛛って何色だったっけ」

「多分水色。寝ぼけてないで、早く準備して?」

 

 2人の毛布を畳ませている間に、私も出発の準備を始めよう。

 髪を縛って、歯を磨いて、軽く顔を洗って。


「あ」


 酒場のシンクに映る私が、上手に笑えている。ナゴヤにいた頃は、鏡の前で毎朝練習をしたっけな。気が付かないうちに私も成長しているらしい。


「準備できましたー」

「今日はどこに行くの?」

「ジェット、案内お願い!」


 外にいるジェットを呼べば、黒髪を艷やかに輝かせながらこちらにくる。


「我儘な子たち……いいよ。行こうか」


 ジェットはどこか満足気に笑うと、こちらを手招きした。


「随分遠くなるけど、構わないね?」



────



 歩き続けて、どれくらいの時間が経っただろうか。どこまでも行っても景色が変わらないからか、瓦礫の山のせいなのかは定かではないものの、トーキョーの広さを無限に感じたことは間違いなかった。


「ジェットさん、トーダイってなんですか?」

「確か……日本で一番賢い学校だったのよね?」

「ああ。その学生の殆どが敵国のスパイだったらしいがね」


 烏の姿になったジェットは、悠々と空を飛びながら私たちへ語りかける。言葉だけ見ればなんともメルヘンなものだが、実際のところは機械と人間が織りなす、変哲のない話であった。


「東大と藤沢は技術提携をしていたらしくてね。東大で研究した人工知能技術を藤沢が実用化する、そしてそれを子会社が製造……それを新型コロナの時代から続けて、日本は凡そ20年で1世紀分の進歩をしたってわけだ」

「ふーん……」

「知らない言葉がいっぱい」

「覚えなくても生きていけるよ」


 私たちが飲み込み切るのを待ってから、ジェットは語りを続ける。


「さっきスパイがいたって話をしただろう? その国が、いちゃもんをつけて日本に戦争をけしかけて来たのさ。

 藤沢はそれに対抗して、人工知能兵の製造を始めた。自爆ドローンに、オートマタ……私のような、動物に擬態するタイプもいた」

「じゃあ、やっぱりあなたも人を……?」


 京夏は恐る恐る、顔色をうかがいながら問いかけた。


「いいや。人は見かけによらないからね」 

「ははっ、なにそれ」


 互いの表情が柔らかい。

 敵意が薄くなったのか、それとも隠すのが上手くなったのか。


「東京がこんな有様になるくらい日本は苦しい戦況だったんだ。そんなとき、藤沢はついに『完全自立型人工知能』の製造を始めた。それが──」


技術的特異点(シンギュラリティ)……!」

「そう。人類が3つの大罪の1つだ」


 自らを学び、改良し、人類が手を付けられないほどに成長してしまうこと。

 これを経て人工知能はついに自我を獲得し、こき使ってきた人類への反逆を始めたのだ。


「ローゼ?」

「いえ……大丈夫です」


 ローゼはその場にしゃがみこんで動かない。その陰る表情すら、膝で隠れて見えなかった。


「ローゼは悪くないよ。誰かを傷つけたわけじゃないじゃん」

「そうですが……」


 この先の未来に、歴史が尾を引くということ。連帯責任に似た何かが彼女を押さえつけている。

 ならば私にできることは、それから庇うことだ。


「澄嶺?」

「大丈夫。私はここだよ」


 三角座りのローゼを背中から包み込む。私がここにいるという事実が、彼女にとっての前を向く理由となるように。


「京夏は何か思わないのかい?」

「別に。それが起きようと起きなかろうと、私のせいで千冬が死んだことは変わらない」

「……それもまた、シンギュラリティのせいかもしれないね」


 ジェットの右手は軽く震えていた。よく見れば、小さな傷跡が指輪で隠されているのが分かる。

 これ以上の歴史を、ジェットは語ろうとしなかった。独立戦争を経験した彼女にとって、掘り返したくない過去であることに違いはない。私も、知るつもりはなかった。


「とまあ、いろいろ語ったわけだけども……こんなことを知って、なにか君の中では変わったかな? 澄嶺」


 いつの間にか人型になっていたジェットが、私に火種を渡してきた。


 地面を見つめてみる。

 この下には、誰かの死体があるのかもしれない。その人には、私にとってのローゼのように、大切な人がいるのかもしれない。そしてその人も多分、殺されている。


「……可哀想」


 私が零したのは、そんな薄っぺらい音節だった。


「どうして? 君は経験していないだろ」

「死ななくていい人が死ぬのは、多分……良くない気がする……から。きちんと悲しめないまま死ぬのは……きっと正しくない」


 ぼやけて見える私の心の像には、弥富の姿が映っていた。ただ一人だけ、ネグレに温情で見送られた彼は、果たして「いい死に方」をできたのだろうか。

 


「はっはっは! そうだね、そうだとも。君はいい子だな」


 ジェットは突然笑うと、私の頭をワシャワシャと撫で始めた。私より随分低い背丈なのに、背伸びをしてまで。

 その腕の動きが、無理やりにでもこの空間を柔らかに作り変えていく。


「ちょっと、なにするの」

「いやすまない。昔の知り合いが君と似たようなことを言うものだから」


 彼女は目尻に輝くものを抱えながら、私の頭を撫で続ける。


「……澄嶺、私も撫でていいでしょうか?」

「えっと、いいけど……なんで?」

「撫でられている澄嶺が嬉しそうでしたから。さっきのお礼、です」


 前後から同時に、私の髪がくしゃくしゃにさせられる。脳に直接伝わるこの感触を、まだ私は求めていたようだ。


「はぁ……ほら、行かなくていいの?」


 呆れたような京夏の声で、私たちは気を取り直して進み始めた。

 この先、トーダイ。

 私の最終目的地の輪郭が、歩く度に鮮やかになっていく。

いつも読んでくださりありがとうございます!

ブックマーク、☆評価をよろしくお願いします。

今回は自信のある回なので何卒、なにとぞ……!

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