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Ep.25 「アジト」

 烏──ジェットの案内に従って、私たちは歩き続ける。地下鉄のトンネルを通り抜ければ、『良いところ』へと辿り着くことができた。


「どうだい、趣があるだろう?」

「えぇ、まあ……」

「私は好きだよ、こういうところ」

「あなたは世辞が上手いね」


 辿り着いたのは、地下街の一角にある酒場のようなところだった。チョコレートのような扉に、光るランプ。随分長生きな建物らしかった。


「ただいま」

「お邪魔します……」


 扉の向こう側は、私の常識から大きくはずれたものだった。


 目を細めてしまうほどに明るかったのだ。

 ここは地下、日光が届くはずもない。しかし、吊るされたランプが、眩しいくらいに私たちを照らしている。星空を圧縮したような空間だった。


「ここがジェットさんのお家ですか?」

「そんなところかな。さあ、座りなよ」


 私たちはジェットに言われるがまま、酒場のカウンター席に腰掛けた。棚に飾られた酒瓶の数々が、私の顔をうねらせて反射している。


「それで、結局あなたは誰なの。喋る烏をどう信用しろって話」


 京夏が声を固くしてそう言った。

 私たちはまだ、彼女が敵か味方か精査している最中だということを忘れてはいけない。


「……自己紹介、しようか」


 ジェットがそう言うと、彼女の体が不自然に躍動し、変形し始めた。


「え!?」

「ローゼもこういうことする?」

「いえ、たぶん……無理です」


 ギシャギシャと駆動音を鳴らしながら、メビウスの輪をねじるようにして変わっていく。

 そうしてジェットはついに、幼い少女の外見へと収まった。


「な、何がどうなってるの……」 

「おや、以外といい反応をするね。見たことないのかな?」

「人工知能に……答える義理はない」


 京夏がナイフを取り出して、少女を床に押さえつけて馬乗りになる。いつ喉に刺してもおかしくない状況だ。


「やめなよ?」


 ……今の声は、本当に少女から発せられた声なのだろうか。少なくとも、私が経験してきた「圧」とは比べものにならない。


「まだ子どもだろう。罪を背負うには早すぎる」

「もう1人死なせてる、1人も2人も変わらない」

「変わるさ、断言するとも」

「京夏、抑えてください!」


 ローゼが京夏の左手を取る。ナイフを奪って、向こうへ放り投げた。 


「ローゼ……」

「落ち着いて。勝てるビジョンがあるわけじゃないでしょ」

「澄嶺まで!」

「……本題に戻ろうか」


 ジェットはいつの間にかお立ち台を運んできていた。そしてその上に立ち、カウンターの向かい側で陣をなしている。


「私の名はジェット。こんな見た目だが、君の憎む人工知能とはまるで違う『元人間』さ」

「へえ、そうなん──」

「人間!?」


 また京夏が声を上げた。目を丸くして、腕に力が入っていない様子である。


「……」


 ローゼはさも当たり前かのように、出された水を飲み干す。

 しかしその視線は、ジェットを蜂の巣にするほど鋭く、それでいて満遍ない。少なくとも、私に向けたことはないだろう。

 「人間と機械の中間地点」に、何かを見いだしていることは間違いなかった。


「私は、体はロボットかもしれないが、ここは人間さ」


 そう言いながら、ジェットは頭を差した。

 なるほど、篠原さんと同じタイプのようだ。


「どういうこと? そんなのできっこないでしょ。人間が機械の体で生きるだなんて」

「出来たんだよ。独立戦争前の人類なら」


 私たちの知らない人類文明の全容。ジェットはその一部を生きていた張本人なのだ。


「なんやかんやで死にかけていたんだが、記憶と人格をデータ化してこのボディに移したってわけ」


「えっとつまり、ジェットは鳥だけど人間で、でも体は機械……?」

Exactly(その通り)

「わっかんない……」

「わかる必要もないさ」


 ジェットは、その小さな体躯に見合わない大きさの焼酎を煽る。黒曜石のような髪から、酒の匂いがした。


「まだ質問は終わってないよ。どうしてあなたは私たちを連れてきたの」


 私は身を乗り出して、カウンター越しに彼女を見つめる。私の視界から絶対に逃がしてやるものか。


「子どもたちに、危険な目に遭ってほしくなかったのさ」

「私たちより幼い見た目なのにですか?」

「ああ……君たちも、このような外見の年齢で死にたくはないだろう?」


 死。

 今までは当たり前で、恐れるに足らなかったもの。それが今では、こんなにも私の心臓を揺らしている。


「すまない、質問には答えたつもりだよ」

「そうだね」


 酒場は静かだ。

 グラスが揺れる微かな音すら、幾重にも反響している。


「澄嶺、京夏。この人は信じてもいいじゃないでしょうか……少なくとも、敵ではないと思います」


 ローゼは重たそうに唇を開いた。目線に下向きの角度をつけながら、それでいて火の燃え盛る瞳で。


「本当に!? だって、この人は──」


 京夏はそう言いかけて、そこで黙った。

 ジェットは人工知能でもあり、人間でもある。


「私は良いと思うよ。昔、似た人にお世話になったことがあるから」

「……澄嶺が、そこまで言うなら」


「これはこれは、どうもありがとう」


 ジェットはくいっと酒を一口呑んで、笑った。


「君たちは拠点を探していたんだろう? ここを使うといい」

「いいの?」

「いいとも」


 見知らぬ大人の見知らぬ優しさ。ナゴヤ地区以来の感触だ。心地は……悪くないかもしれない。


「3人とも、お腹は空いていないかい? 

 ご飯にしようか」


 ジェットはカウンターの奥から、白色の根っこを持つ草と、緑色の玉を運んできた。初めて見るものだ。


「それは?」

「……驚いた、大根も南瓜も知らないとは」

「食べられるんですか?」

「食べられるから出すんだろう」


 ジェットが厨房に立った。ダイコンとやらを刻む小気味よい音が、酒場には響いている。


「……なんか、思ってたよりも世界っていろいろだね」


 京夏は大層疲れたように、カウンターに体を預けてそう言った。

 

「気持ちはわかるよ。ずっと千冬とカナガワだったんだから、なおさら」

「うん。生まれてから、ずっと一緒だった」


 昨日の今日で、多くのことが起きた。

 ネグレと分かれて、トーキョーに到着して、喋る烏と出会って。

 ローゼと出会う前の人生が嘘のように、一日一日の密度が高い。


「京夏にとって、千冬は、その……どんな存在でしたか?」

「……難しいな」


 ローゼは、まるで研究者のように質問を繰り出した。興味というより、辞書を引くような。

 もしくは、義務感に近いものかもしれない。私と同じように、「知らなくてはいけない」という焦りにも似た使命だ。


「少なくとも、家族ではあったよ」

「『カゾク』?」


 ローゼは「家族」という音節について、悩んでいるようだった。彼女の家族……もとい所有者はもう、自爆ドローンで殺害されている。


「まあつまり、世界で一番大切ってこと」


 そのセリフを聞いたジェットが、ふふっと笑ったのを私は見逃さなかった。


「さあ3人とも、出来たよ」


 カウンターに出された、ダイコンと南瓜を甘辛く炒めたもの。

 初めて食べる甘い草に舌鼓を打ちながら、トーキョーでの昼を過ごした。

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