Ep.24 「続き」
向こうからくるガラスの反射、風が運ぶ鉄の匂い。近づけば近づくほどその異様な雰囲気が強くなる。
「あそこ、ですか……」
ローゼが呟くと同時に、私の視線はあの乱立する市街の死骸へと吸い寄せられた。
カナガワやナゴヤとは比べものにならないほどの損壊具合。 あれがシンギュラリティの爆心地であり、人類文明が最も栄えた場所、トーキョー。
「澄嶺、あんな場所に来たがってたの?」
呆れたように京夏はそう言う。確かに、はたから見れば何の価値もないコンクリートの集積場だろう。
「けどここできっと……私は変われる」
篠原さん、弥富、千冬が死んだ。その時に流した涙は、ただの自己防衛に過ぎないものだった。相手を思いやったものでも、死を悲しむものでもない、ただ独りよがりの無責任な涙。
私の側に立つローゼは、トーキョーに手を伸ばしながら向こうを見つめていた。紫の瞳に反射したビルが、瞳孔へと集中線を走らせている。
……彼女は故郷に、何を思うのだろうか。
「澄嶺?」
「あ、あぁ、お待たせ。行こっか」
水たまりを跨いで、トーキョーへと歩き出す。私は人間らしい人間にならなくてはいけない。
────
トーキョーの住人は、割れたガラスと倒れた電柱、客を待ち続ける空のショーウィンドウだった。
「いてっ」
「気をつけてね、まだ右腕痛むでしょ」
「京夏、左手を」
「ありがと」
どれだけ瓦礫の山を乗り越えてもまた山が現れる……到底、人類が暮らしていたとは思えないものになっていた。
ひとまず、拠点にできそうな建物を探して街を巡ることにした。
「うっ……!?」
「ローゼ、どうかした?」
「どうかしてるのは澄嶺だよ。こんなに臭うのに……」
とある建物に足を踏み入れた途端に、2人は鼻を塞いだ。十中八九死体の臭いだろう、やはり嗅ぎ慣れていないようだ。
「別に害があるわけじゃないし、そのうち慣れるよ」
「慣れたくないって言ってるの」
「まあまあ。今日はここでお昼ですか?」
ローゼは取り繕った笑顔をこちらへ向ける。人工知能なのに下手くそな作り笑いだと思った。
「2人は嫌だろうし、別の場所にしようか」
「うーん……」
「もうここにしようよ」
「澄嶺はここじゃないと言っています、ここは駄目です」
少しの間歩き回ってみたものの、安心できそうな場所はなかった。太陽はもう真上まで昇ってしまっている。
「困ったな……」
私たちははっきり言って、生存に必要な食糧を蓄えているわけではない。可及的速やかに拠点を構えたほうが、情報面や生存者の捜索に役立つのだが……
「お前さんたちかい、グリスの言っていた少女たちは!」
知らない声。女だ。
私たちは三角形状に背中を合わせて、周囲を警戒する。こんな廃虚の街にいるだなんて、危険なやつに違いない。
どこにいる、誰だ。
「そんなに警戒しないでくれや、私はお前たちを傷つけないよ」
不意に、大きな影が通過した。
声の主は、頭上にいたのだ。
「鳥が……喋ってる!?」
「……」
「ローゼ?」
私たちの驚きを無視して、ローゼは黙って腕を上げる。そして掌を相手に見せた。
あの烏に似た人語を喋る何かは、私たちの心臓を貫くような視線を降らせている。
何がどうなっている、この状況は。あいつは敵なのか、味方なのか。なぜ私たちの居場所がわかったのか。
疑問は溢れて止まらないが、ここは賭けだ。ローゼの信じた烏を信じる他ない。
「京夏も、ほら」
彼女は渋々私の言葉に従い、無抵抗のポーズをとった。
「ようやく分かってくれたかい、最近の子は駄目だねぇ」
「答えてください、あなたは誰なんですか」
「そう慌てなさんなよ。襲わないって言っただろうさ」
烏はゆっくり瓦礫の山の頂上へ降り立つ。
太陽を背中に受けて後光が差すその姿はまるで、神託を告げる使いのようであった。
「私はジェット。グリスの、まあ……知り合いってところかな」
黒緑の烏は、そう名乗って笑った。
────
「んで、お前たちはどうしてこーんなボロボロの街に来たんだい?」
「ここに住んでる貴方に言われたくないよ」
トーキョーの外れ。森との境目の辺りで私たちは会合を始めた。烏を中心として、鳥かごの要領で包囲している。
「私たち、人工知能について知りにきたんです」
「ほう……それまたどうして?」
「それは……」
ローゼは私にアイコンタクトでパスを出した。彼女自身も気になる様子だった。
「私……今まで、何回か人を見送ってきたんだけどさ」
烏は何も言わない。しかしその目は「続けろ」と言う。
「泣けなかった。いや、泣いたんだけどね?
なんというか、その人のために泣いたんじゃなくて……私が悲しんでいたのはその人の死じゃなくて、もうその人が自分に反応してくれない……ってことだったんだよ」
心で分かっていたものを脳で理解するのに、どれだけの時間を要しただろう。右手を開いても閉じても、実感は掴めない。
ネグレもいないし、言ってしまってもいいか。
「……ローゼは人工知能でさ」
「澄嶺!?」
「大丈夫。私はもう知ってるから」
「京夏まで……」
「私はローゼが死ぬのが怖い。それと同じくらい、ローゼのために泣けないのが怖いの。だから私はここに、人工知能を知りに来た」
私の人生が出した結論は、やはりそれだった。
「澄嶺は、本当にそれでいいんですか。
そりゃ、私も澄嶺の願いを叶えたいです。そのために生まれてきたんですから」
ローゼは拳を握りしめた。
「でも私は、ただの機械なんですよ?」
ローゼはずっと、どうして私がここまでするのか疑問に思っていたようだ。
しかしまあ、その答えというのは昔から決まりきっていて。
「……たとえ機械でも、私の恋人だから」
静かに涙を流したローゼの肩を引き寄せる。この涙もさっきの言葉も、本物である保証などない。けど私にとってローゼが大切なのなら、真偽はそこまで重要ではないと思う。
「はぁはぁ、なるほどね」
烏は左羽で顎を撫でる、そんな素振りをした。
「グリスの言った通りの面白い子だね……よいしょ」
ジェットと名乗った烏は京夏の頭に飛び乗って、羽で向こうを指し示す。京夏は黒い生き物に好かれるようだな。
「ちょっと、なにするの」
「気にしなさんな。さ、進みなさい。良いところへ連れて行ってあげよう」
私たちは疑いつつも、ジェットの言う方向に進んでいく。
敵か味方か。それ『良いところ』に着けばわかることだった。
いつも読んでくださりありがとうございます!
ブックマーク、☆評価をよろしくお願いします。
Twitterなどでの拡散、いつもありがとうございます!




