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崩壊世界、人工知能と恋を。  作者: 御門 厳寺
初恋とさよなら
23/34

Ep.23 「お別れ」

 目を覚ましたとき、私以外の寝息が聞こえると安心するものだ。ローゼはもう起きて湯を沸かし、京夏は右腕の調子を確認している。

 私の右ではまだ、青髪の少女が目を閉じたままだ。


「おはようネグレ。もう朝だよ」

「ん……おはよう」

  

 廃倉庫の朝は、存外優雅だ。白湯を啜りながら缶詰を食べ、折れた水道管の水で顔を洗う。

 肌が引き締まると、隣にはローゼがいた。水も滴るいい女、というやつである。


「ローゼ、私準備終わった」

「私も。いつでも行ける」

「私はもう少しかかりそうです。ちょっと待ってて下さい」


 リュックサックはカナガワに来た時よりも随分軽くなっていた。入っているのは釣り竿と麻紐、ファイアスターターくらいである。

 荷物が軽くなる度に、私の人生には深みがます。ここ最近は特にだ。


「寂しくなるなぁ……いつでも戻ってきていいんだからな」

「ありがとう。村じゃいろんなことをさせてもらったよ」


 私が暇を持て余していると、ネグレが側で胡座をかいた。

 私たち4人の旅は、一旦ここで締め括られる。私とローゼ、京夏はトーキョーへ。ネグレはイコイ村へ戻っていつも通りの日常を送ることになる。千冬の奪還を終えた今、私たちを結びつけるのは、せいぜい一緒にご飯を食べた時間くらいだ。

 私たちがこうして話すのも、暫くはこれで最後である。


「あれから……あれ、思ったよりも時間経ってないな」

「そうだね、忙しかったし」

「長いようで短いもんなんだな」

「そんなこと言ってると、すぐ死んじゃうよ?」

「いいよ、私は太く短くがモットーだからな」


 空を眺める。今にも溶けて落ちてきそうな一握りの雲が、北へ北へと流れていった。そうして二つに分かれて、二度と交わることはない。


「本当に……ありがとう。トーキョーでやることが終わったら、村に定住しようと思うんだ」

「ほーん! そいつは嬉しい報告だな。楽しみにしてる」


 彼女はバンバンと私の背中を叩いて笑う。そうか、この溌剌さとも暫しお別れか。


「お待たせしました! 行きましょう」

「2人とも、何話してたの?」

「……なんでも」

「ああ。これからの未来の話だ」


 廃倉庫を出発して北へと進む。話すことと言えば、昔話ばかりだ。


「京夏も村の一員なんだからな?」

「一瞬しかいなかったのに?」

「時間じゃねえよ、ここだここ」


 ネグレは大きく張った胸を拳で叩いてみせる。その様子がなにか面白くって、気がつけば口角が上がっていた。


「それじゃあ、この辺で」

「おう! 3人とも元気でな」

「ネグレもお元気で」

「心配すんな。ローゼもしっかりな」

「2人ほど長くはなかったけど、その……ありがとう。あの時止めてくれて」

「知らねえなそんなこと。京夏は京夏だろ」


 4人で顔を見合わせる。各々の表情は下手くそな似顔絵のようで、揺らいでいるものだった。

 一頻り頷きあった後、私たち3人はまた北へ進む。ネグレは西へ。もう後戻りはできない。


「じゃあなーー!!」


 背中から響く大声に、私は高く手を振った。

 次に会うときは、私が人のために泣けるようになったときだ。

 トーキョーへの道のりは、一歩ずつ歩かれる。



────ネグレ視点


「こんなに静かだったっけな」


 私が森を歩いて思ったことは、この一言に尽きるものだった。あの頃はもっと騒がしくて、村からカナガワまでなどあっという間だったのに、今じゃあ小石を蹴った音にすら驚かされてしまう。

 鳥の鳴き声も、草の調べも聞こえない。きっと冬のせいだ。


 短い旅だが楽しかった。

 知らないものを知れたし、見たことのないものを見られた。勿論危ない橋も渡ってきたが、それも含めて旅だった。


「……飯にすっか」


 普段なら、澄嶺がパッと火をつけてくれる。私とローゼで燃料を探して、そして京夏が「ありがとう」と言うんだ。

 けど今は、適度な木と枝を擦り合わせて火を生むしかない。


「はぁ……」


 どれだけ溜息をついたって、世界はウンともスンとも言わない。

 「一緒に村に戻りたい」と言えたなら、少しはこの空も青く見えたのだろうか。


「……帰るか」


 今日の昼飯はいいや。夜、遅くても明け方には村に着くだろうし、そこで適当に作ってもらおう。


 こんな甘い考えをしていた私をぶん殴りたくなるほどに、目の前の光景は最悪だった。


「は……?」


 夕焼けの綺麗な私の村は、見たことのない赤色で染め上げられていた。

 死人のような足取りで一歩ずつ、村へ入る。その赤を指でひと掬いすると、粘度の高い液体が垂れていった。


 血だ。


「ゔぁぁぁあ!!!」


 理解した瞬間に、私は私自身を地に打ち付けていた。皮膚を擦りむいても、骨が折れそうになっても、地を叩くことをやめなかった。


 全員死んでいたんだ。スゥナも、コズエも、憲俊もマイもアオイも、全員死んでる。


「お、ぉあ……!」


 私は吐いた。痛みも苦みも関係ない。ただ吐き出した。


「な、なんで、こうなった……おい! 

 誰か……教えてくれよ……!!」


 私がどれだけ叫んでも、どれだけ吠えても、誰も答えてくれない。火にかけられたままの鍋も、出しっぱなしのおもちゃもそのままなのに。人の声だけが聞こえない。


 聞こえるのは、忌まわしい機械の駆動音だけだった。


 1人の人工知能が私へ銃口を向けている。


「お前らか……お前らが私の村を!!!」

「そうです。私たちが殺しました」

「なんで、こんなことを……」

「人間がただ生きるように、我々も殺すのです」


「ふざけんなよ……!!」


 そいつの銃を奪いかかる。当然躱されるし撃たれるが、もはやそれすらも感じない。

 撃たれた右腕を大きく振りかぶって、あいつをぶん殴った。その隙に銃を奪い、マウントポジションを確保する。


「貴方の感情は不合理極まりないですね」

「知らねえよ、クソ機械」


 私はそいつの脳天を撃ち抜いて黙らせる。銃声に反応して続々とやってくるが、私に対しては警戒するだけで発砲しない。


「殺すなら殺してくれよ、なぁ!?」


 あいつらが撃ってこないなら、こちらが撃つまで。

 気がつけば私は奴らを殲滅していた。


「ゔっっ!?」


 それと同時に、全身を強烈な痛みが襲う。意識がなかっただけで、ちゃんと被弾していたんだ。


 普段ならすぐに誰かが駆けつけてくれるのに。

 この世界に、私だけみたいだ。


「う……あぁぁ」


 気がつけば泣いていた。

 もうここには誰もいないんだ。私が生まれ育ったこの村はもう、私を見てくれないのか?


「なん、で……私を置いてくんだよ!!」

 

 そもそも、どうしてこんな辺鄙な山の中まで人工知能が襲いに来たんだ。30年も平和だったというのに。


「あ……?」


 目の前には、右腕を撃たれて悶えたまま死んだハルトがいた。触れれば、まだ温かい。ああ、こんなことになるのなら、もっと沢山遊んでやればよかった。

 

「右、腕……?」


 私は、撃たれたばかりの右腕を見る。残ってしまった銃弾を無理やり引き抜くと、あの光景が思い出された。


 そうだ、京夏だ。

 京夏が逃げてくるときに、人工知能を連れてきてしまったんだ。

 いや、これはわざとじゃない。

 じゃあ憎むべき相手は誰なんだ?

  

「そうか……そうだったのか!!」


 澄嶺とローゼだ。

 ローゼは私を怯えていた。バレるか不安だったんだ。そしてそれを澄嶺はコソコソ隠しやがった。


 ローゼは廃工場に突入するとき「私は敵対されない」と言ったな。そりゃあそうだ、だってあいつも人工知能だったんだから。

 澄嶺は道に迷ったふりをして、ローゼと一緒にこの村に来た。そして、この村に人工知能を誘き寄せたんだ。


「はは……なんだよ、全部嘘かよ…」


 何が定住したいだ、馬鹿馬鹿しい。お前が全部壊したんだろ。


 村を出た。残る血の足跡が、私を地獄へ連れて行く。

 ごめんね、みんな。

 私は今から、人殺しになるよ。


『初恋とさよなら』完

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