Ep.23 「お別れ」
目を覚ましたとき、私以外の寝息が聞こえると安心するものだ。ローゼはもう起きて湯を沸かし、京夏は右腕の調子を確認している。
私の右ではまだ、青髪の少女が目を閉じたままだ。
「おはようネグレ。もう朝だよ」
「ん……おはよう」
廃倉庫の朝は、存外優雅だ。白湯を啜りながら缶詰を食べ、折れた水道管の水で顔を洗う。
肌が引き締まると、隣にはローゼがいた。水も滴るいい女、というやつである。
「ローゼ、私準備終わった」
「私も。いつでも行ける」
「私はもう少しかかりそうです。ちょっと待ってて下さい」
リュックサックはカナガワに来た時よりも随分軽くなっていた。入っているのは釣り竿と麻紐、ファイアスターターくらいである。
荷物が軽くなる度に、私の人生には深みがます。ここ最近は特にだ。
「寂しくなるなぁ……いつでも戻ってきていいんだからな」
「ありがとう。村じゃいろんなことをさせてもらったよ」
私が暇を持て余していると、ネグレが側で胡座をかいた。
私たち4人の旅は、一旦ここで締め括られる。私とローゼ、京夏はトーキョーへ。ネグレはイコイ村へ戻っていつも通りの日常を送ることになる。千冬の奪還を終えた今、私たちを結びつけるのは、せいぜい一緒にご飯を食べた時間くらいだ。
私たちがこうして話すのも、暫くはこれで最後である。
「あれから……あれ、思ったよりも時間経ってないな」
「そうだね、忙しかったし」
「長いようで短いもんなんだな」
「そんなこと言ってると、すぐ死んじゃうよ?」
「いいよ、私は太く短くがモットーだからな」
空を眺める。今にも溶けて落ちてきそうな一握りの雲が、北へ北へと流れていった。そうして二つに分かれて、二度と交わることはない。
「本当に……ありがとう。トーキョーでやることが終わったら、村に定住しようと思うんだ」
「ほーん! そいつは嬉しい報告だな。楽しみにしてる」
彼女はバンバンと私の背中を叩いて笑う。そうか、この溌剌さとも暫しお別れか。
「お待たせしました! 行きましょう」
「2人とも、何話してたの?」
「……なんでも」
「ああ。これからの未来の話だ」
廃倉庫を出発して北へと進む。話すことと言えば、昔話ばかりだ。
「京夏も村の一員なんだからな?」
「一瞬しかいなかったのに?」
「時間じゃねえよ、ここだここ」
ネグレは大きく張った胸を拳で叩いてみせる。その様子がなにか面白くって、気がつけば口角が上がっていた。
「それじゃあ、この辺で」
「おう! 3人とも元気でな」
「ネグレもお元気で」
「心配すんな。ローゼもしっかりな」
「2人ほど長くはなかったけど、その……ありがとう。あの時止めてくれて」
「知らねえなそんなこと。京夏は京夏だろ」
4人で顔を見合わせる。各々の表情は下手くそな似顔絵のようで、揺らいでいるものだった。
一頻り頷きあった後、私たち3人はまた北へ進む。ネグレは西へ。もう後戻りはできない。
「じゃあなーー!!」
背中から響く大声に、私は高く手を振った。
次に会うときは、私が人のために泣けるようになったときだ。
トーキョーへの道のりは、一歩ずつ歩かれる。
────ネグレ視点
「こんなに静かだったっけな」
私が森を歩いて思ったことは、この一言に尽きるものだった。あの頃はもっと騒がしくて、村からカナガワまでなどあっという間だったのに、今じゃあ小石を蹴った音にすら驚かされてしまう。
鳥の鳴き声も、草の調べも聞こえない。きっと冬のせいだ。
短い旅だが楽しかった。
知らないものを知れたし、見たことのないものを見られた。勿論危ない橋も渡ってきたが、それも含めて旅だった。
「……飯にすっか」
普段なら、澄嶺がパッと火をつけてくれる。私とローゼで燃料を探して、そして京夏が「ありがとう」と言うんだ。
けど今は、適度な木と枝を擦り合わせて火を生むしかない。
「はぁ……」
どれだけ溜息をついたって、世界はウンともスンとも言わない。
「一緒に村に戻りたい」と言えたなら、少しはこの空も青く見えたのだろうか。
「……帰るか」
今日の昼飯はいいや。夜、遅くても明け方には村に着くだろうし、そこで適当に作ってもらおう。
こんな甘い考えをしていた私をぶん殴りたくなるほどに、目の前の光景は最悪だった。
「は……?」
夕焼けの綺麗な私の村は、見たことのない赤色で染め上げられていた。
死人のような足取りで一歩ずつ、村へ入る。その赤を指でひと掬いすると、粘度の高い液体が垂れていった。
血だ。
「ゔぁぁぁあ!!!」
理解した瞬間に、私は私自身を地に打ち付けていた。皮膚を擦りむいても、骨が折れそうになっても、地を叩くことをやめなかった。
全員死んでいたんだ。スゥナも、コズエも、憲俊もマイもアオイも、全員死んでる。
「お、ぉあ……!」
私は吐いた。痛みも苦みも関係ない。ただ吐き出した。
「な、なんで、こうなった……おい!
誰か……教えてくれよ……!!」
私がどれだけ叫んでも、どれだけ吠えても、誰も答えてくれない。火にかけられたままの鍋も、出しっぱなしのおもちゃもそのままなのに。人の声だけが聞こえない。
聞こえるのは、忌まわしい機械の駆動音だけだった。
1人の人工知能が私へ銃口を向けている。
「お前らか……お前らが私の村を!!!」
「そうです。私たちが殺しました」
「なんで、こんなことを……」
「人間がただ生きるように、我々も殺すのです」
「ふざけんなよ……!!」
そいつの銃を奪いかかる。当然躱されるし撃たれるが、もはやそれすらも感じない。
撃たれた右腕を大きく振りかぶって、あいつをぶん殴った。その隙に銃を奪い、マウントポジションを確保する。
「貴方の感情は不合理極まりないですね」
「知らねえよ、クソ機械」
私はそいつの脳天を撃ち抜いて黙らせる。銃声に反応して続々とやってくるが、私に対しては警戒するだけで発砲しない。
「殺すなら殺してくれよ、なぁ!?」
あいつらが撃ってこないなら、こちらが撃つまで。
気がつけば私は奴らを殲滅していた。
「ゔっっ!?」
それと同時に、全身を強烈な痛みが襲う。意識がなかっただけで、ちゃんと被弾していたんだ。
普段ならすぐに誰かが駆けつけてくれるのに。
この世界に、私だけみたいだ。
「う……あぁぁ」
気がつけば泣いていた。
もうここには誰もいないんだ。私が生まれ育ったこの村はもう、私を見てくれないのか?
「なん、で……私を置いてくんだよ!!」
そもそも、どうしてこんな辺鄙な山の中まで人工知能が襲いに来たんだ。30年も平和だったというのに。
「あ……?」
目の前には、右腕を撃たれて悶えたまま死んだハルトがいた。触れれば、まだ温かい。ああ、こんなことになるのなら、もっと沢山遊んでやればよかった。
「右、腕……?」
私は、撃たれたばかりの右腕を見る。残ってしまった銃弾を無理やり引き抜くと、あの光景が思い出された。
そうだ、京夏だ。
京夏が逃げてくるときに、人工知能を連れてきてしまったんだ。
いや、これはわざとじゃない。
じゃあ憎むべき相手は誰なんだ?
「そうか……そうだったのか!!」
澄嶺とローゼだ。
ローゼは私を怯えていた。バレるか不安だったんだ。そしてそれを澄嶺はコソコソ隠しやがった。
ローゼは廃工場に突入するとき「私は敵対されない」と言ったな。そりゃあそうだ、だってあいつも人工知能だったんだから。
澄嶺は道に迷ったふりをして、ローゼと一緒にこの村に来た。そして、この村に人工知能を誘き寄せたんだ。
「はは……なんだよ、全部嘘かよ…」
何が定住したいだ、馬鹿馬鹿しい。お前が全部壊したんだろ。
村を出た。残る血の足跡が、私を地獄へ連れて行く。
ごめんね、みんな。
私は今から、人殺しになるよ。
『初恋とさよなら』完
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