Ep.21 「雨、ときどきにゃんこ」
「雨だな……」
「雨ですね……」
千冬を葬ってから1日。
トーキョーへの準備を整えようと目を覚ませば、ザーザーと行く手を阻む雨の声が聞こえた。
廃墟の森を縫うようにして降る雨は、私たちを引き止めているようにすら思えた。
全くの思い上がりである。
「どうしよっかなー」
私は両手両足を天に放って再び横になった。こうやって手持ち無沙汰なとき、今まではどうしていたのだろう。ローゼと出会って、村を出て……思い返せば、最近は慌ただしかった。
一人で居たときは、1日に何件も家を巡っては生存者を探していたな。懐かしいものだ。
「そうじゃん!」
私の眼前に、一筋の光が差し込む。そうだ、私の元々の目的はそれではないか。そうだったはずだ。
「どうした、急に飛び起きて」
「ああネグレ。ちょっと出かけてくるね」
「こんな雨の中でか」
「うん」
街に繰り出そうとする私の肩をネグレが引き留める。
……思ったよりも力が強いな。私の足では到底引き剥がせそうにない。
「あの……ネグレさん? 離してほしいんだけど」
「澄嶺、傘は?」
「折り畳みが一つ」
「そんなんじゃ濡れるだろ。風邪引くぜ?」
「引かないってば」
「引いたらどうすんだって聞いてんだ。前提を間違えんなよ」
「人工知能の生息域が広がってない保証もないんだから。今日はここで大人しくしてなって」
横から京夏が言葉を被せる。
もはや誰も私の外出を許そうとはしなかった。
「そうは言ってもさ、何かしてたいんだよ」
私は暇が嫌いだ。孤独の一言では表し難いドロドロが、私の肺を押しつぶすのである。
それはネグレがいようとも、京夏がいようとも変わらない。
私と彼女らの間には縮められない差があるのだから。
「はぁ……」
私はこの一瞬、考えてはいけないことを考えてしまった。
──もしもこの2人がいなければ、私は自由に動けたのに──
「ニャー」
そうだな、私もそう思うよ。
……ん? 私は今誰に同調したんだ?
「え?」
私たち3人が視線を投げる方向には、ずぶ濡れになった1人の黒猫がいた。水分を纏ったその毛並みは、深緑にも見える。
「ローゼ、行ってこいよ」
「どうして私なんですか」
「ほら、私は動物に怖がられるからさ」
「はぁ……澄嶺がもう行っちゃったよ」
私は彼女……または彼にそっと近づく。刺激しないようにゆっくり、腰を屈めて。
彼女の瞳に浮かぶ繊月と雨が屋根を叩く音が、静かに対峙している。
「初めまして。あなたは?」
「ニャー」
「そう。家族は──」
「にゃ……」
彼女はそっと月を沈めた。
きっと彼女も私と同じなのだろう。行く当てもなく、ただ今日を意味もなく生きていたら偶然、運命の歯車が躍動し始めるような出会いを経験したのだ。
「ローゼ、お湯沸かして。ネグレは魚持ってきてほしい。京夏は……」
「はい、タオル」
「ありがと」
京夏からカラカラのタオルを受け取って、黒猫をワシャワシャと拭く。一切抵抗しないところを見ると、誰かに世話をされているのかもしれない。
「これ食べるか?」
横からネグレがそっと、干した魚の切り身を差し出す。
「!?」
決して素早く差し出したわけではないのに、猫は怯えてタオルに隠れた。優しく撫でると、小刻みに震えているのがわかる。
「ネグレ、やっぱり怖がられてる」
「うるせー。澄嶺からこれ食べさせてやんな」
私が魚をあげると、黒猫は喜んで食べ始めた。いったい、ネグレのどこを怖がっているのだろう?
────
パチパチと焚き火の音が聞こえる。冬の雨は地上の熱を全て奪ってしまうのだ。その足元で、私たち4人と1匹が火を囲んでいる。
「ニャ……」
京夏は黒猫を抱いたまま動かない。元より動物が好きなのだろうが、それ以上に大きいのは『痛み』だ。
彼女に呼びかけようとして、やめる。
白のフーディーに抱かれた黒猫が、大きな欠伸をした。
「それにしても、どこから来たんでしょうかねこの子」
ローゼがみんなにお湯を配りながらそう言う。ありがと、と小さく伝えると、彼女の顔に花が咲いた。
「さあ? 私に聞かれてもな」
「でも拭かれるの嫌がってなかったし、もしかすると飼い主がいるかもしれない」
私はぎゅっと拳を握りしめた。
まさか生存者の兆しが向こうからやってくるとは思わなかった。上手くみんなの意見を誘導すれば、次なる目標が生まれるかもしれない。
「澄嶺、その飼い主を探す気ですか?」
「ええとまあ、そうだね」
思いの外簡単に見透かされてしまった。ローゼの頬が少し膨らむ。
「澄嶺、私たちの目標はあくまでも『トーキョーへの到達』ですよ? 千冬さんを探すのは道中だからよかったとして、飼い主探しは脇道にそれすぎです」
「でも……」
ローゼはやはり、目的遂行に大きな意味を見いだしているらしい。
それでも私は、一人でも多く側にいてくれる人間が欲しいのだ。
静寂と孤独は人生の毒である。
「あ」
黒猫が京夏の腕を抜けて、私の元まで歩み寄ってきた。
可愛らしい上目遣い。
その繊月は私を見つめたまま、何も言わない。
彼女の頭をそっと撫でれば、掌に返ってくる感触が心地良かった。
「ま、やるだけやってみようぜ」
ネグレが足を振り下げながら立ち上がる。黒猫はいつのまにか、私の掌を脱出していた。
「1日探して見つからなかったら終わり、いいだろ?」
「いや、でも……」
「ね、ローゼ。いいでしょ?」
「うーん……」
ローゼは右上を眺めてなにかを想像する。ネグレの示した条件は彼女の理念に仇なすものではなさそうだ。
「なに、どっか行くの?」
黒猫を愛でながら、京夏が私たちの背中に問いかける。
「うん。その子の飼い主を探しに」
「こんな雨の中で?」
彼女がそう言った瞬間、雨音が大きくなる。出鼻をくじかれた私たちは、ただ焚き火を囲んで魚を食べることしかできなかった。
「……」
ローゼは黒猫をじっと見つめる。
彼女は猫に触ろうとして……手を引っ込めた。
この黒い生命体に、ローゼはなにを思うのだろう。
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(投稿が難しいと言ったな、あれば嘘だ。)




